【井上陽水の歴史】はこちら!
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はじめに:僕にとっての井上陽水という音楽
5月17日にスタートし、基本毎日1曲ずつその魅力を掘り下げてきた連載企画「僕の勝手なBest30【井上陽水編】」。トータルで1ヶ月超にわたる濃密な旅となりました。

第10位に同率で2曲が並んだため、結果として「実質31曲」というボリュームになりましたが、今回無事に総括を迎えることができました。
本編31曲に加え、アルバム(氷の世界)の完結を目的とした特別編の2曲まで、長らくお付き合いいただき本当にありがとうございました。
今回は、この31曲の選曲結果を振り返りながら、僕にとって「井上陽水という音楽」が何であったのかを、改めて紐解いてみたいと思います。
選曲データが証明する、僕と陽水の距離感
浮き彫りになった「1972〜1974年」という季節
今回、選び抜いた31曲を改めてデータとして眺めてみたとき、そこには驚くほど明確な「偏り」が生じていました。
全31曲のうち、デビューアルバム『断絶』(1972年)から『二色の独楽』(1974年)までの、わずか3年間にリリースされた初期作品が、実に26曲。全体の83.9%という圧倒的な割合を占めていたのです。
さらに言えば、あの金字塔である『氷の世界』からは、アルバム全13曲中11曲がベスト30にランクインするという結果になりました。

50年を超える陽水の長いキャリア全体から見れば、これは極めて初期に偏ったランキングと言えます。しかし、僕にとってこの結果は、仕組まれた分析などではなく、自分の音楽体験にどこまでも忠実であったことの、何よりの証左だと感じています。
『招待状のないショー』で完結した、僕の中の陽水
一個人のリスナーとして邦楽・洋楽を幅広く聴いてきた僕ですが、井上陽水のすべての時代のすべての楽曲を網羅してきたわけではありません。僕が最も彼の音楽を聴き込み、その世界観にどっぷりと浸かっていたのは、まさにこの1972年から1974年にかけての時期の作品でした。
正直に申し上げれば、僕の中で井上陽水というアーティストは、1976年のアルバム『招待状のないショー』のあたりで、ひとつの区切りを迎えています。
後年、彼の歌唱スタイルや音楽性が変化していくにつれ、自然と彼の新しいアルバムを追いかけることはなくなっていきました。もちろん、時折耳にする『少年時代』のように、普遍的な名曲として心に残り、今回のベストに選んだ楽曲もあります。しかし、かつてのように「アルバムを丸ごと擦り切れるほど聴く」という熱量は、初期の作品群にこそ捧げられたものでした。
長髪を揺らし、サングラスの奥から鋭く、あるいはどこか冷徹で内省的な視線を社会に投げかけていた、あの瑞々しい抒情性に満ちた初期の陽水。それこそが、僕が出会い、僕の中に深く刻み込まれた「井上陽水」のすべてだったのです。

結果として現れた「初期への大集中」と『氷の世界』の高い採用率は、僕が彼の音楽と最も濃密に向き合っていた記憶のグラデーションそのものと言えます。
それでは、僕にとっての「絶対的な陽水」が詰まった愛すべき31曲を、リリースの時系列に沿ってアルバムごとに振り返ってみましょう。
時系列で振り返る「僕の勝手なBest30」全31曲
1972年:衝撃のデビューと初期の抒情
アルバム『断絶』より

4位:傘がない 都会の冷漠さと、それに抗う個人の純粋な衝動を鮮烈に描き出した、初期陽水の金字塔。重厚なアコースティック・ギターの刻みと、焦燥感を煽るボーカルは、いつ聴いても当時の空気を一瞬で蘇らせます。
10位:愛は君 荒々しいフォークロックのイメージが強い初期において、陽水が持つ卓越したメロディセンスと瑞々しいバラードの才能が早くも開花していた隠れた名曲。切なくも美しい旋律が心に深く残ります。
11位:人生が二度あれば 親の老いを見つめる冷徹なまでの観察眼と、若さゆえの残酷な叙情が同居した初期の傑作。この重みと深い哀愁は、年齢を重ねた今だからこそ、より一層リアルな響きを持って胸に迫ってきます。
20位:白いカーネーション 淡々としたアコースティックの響きの中に、静謐な孤独感と儚さが美しく溶け込んだ一曲。初期陽水ならではの、言葉選びのセンスと内省的な世界観が凝縮されています。
アルバム『陽水II センチメンタル』より

7位:東へ西へ 「ガンバレ」というフレーズが持つ、単なる応援歌ではない独特の皮肉と疾走感。日常の焦燥感を独自のポップセンスで昇華した、初期陽水の底知れぬダイナミズムを感じさせる名曲です。
8位:あどけない君のしぐさ 素朴でどこか哀愁を帯びたメロディに、初期特有の繊細な恋心が描かれた隠れた佳作。聴き進むほどに、当時のフォークが持っていた純粋な空気感がじんわりと広がります。
9位:紙飛行機 空に舞うような軽快なメロディの中に、どこか寂しげな陰影を忍ばせる手腕は見事。陽水にしか書けない独自の比喩と、キャッチーなフォークサウンドが絶妙に融合しています。
14位:能古島の片思い 大分からもほど近い博多湾の島を舞台にした、美しくも切ない情景描写が秀逸な一曲。異国情緒とローカルな抒情が同居したメロディは、福岡に4年住んでいた僕にとって、特別な愛着を感じさせる存在です。
16位:つめたい部屋の世界地図 部屋という狭い空間から世界を見つめる、若者特有の孤独と内省がリアルに描かれた名曲。冷んやりとした空気感の中に、当時の陽水が抱いていたであろう鋭い感性が光ります。
22位:神無月にかこまれて 秋の深まりゆく季節感と、言葉の響きを巧みに操る陽水マジックが随所に光る楽曲。どこか寓話的な世界観でありながら、一度聴いたら耳を離れない独特のメロディが魅力です。
28位:夏まつり 賑やかなお祭りの風景の裏側に潜む、一瞬の静寂や切なさを切り取った初期の隠れた名作。短くも鮮烈な印象を残す、日本の原風景的な情緒が宿っています。
1973年:時代を席巻した大躍進の季節
1973年シングル(A面・B面)
6位:夢の中へ 陽水の名を日本中に知らしめた、あまりにもポップで軽快な大ヒットシングル。しかし、その陽気なステップの裏側には、どこか煙に巻くような彼独特の不条理な視線が隠されています。
15位:いつの間にか少女は 『夢の中へ』のB面でありながら、A面を凌駕するほどの瑞々しい詩情を湛えた傑作。少女から大人へと移り変わる瞬間の儚さを、これ以上ないほど繊細に描き出しています。
金字塔・アルバム『氷の世界』より

1位:帰れない二人 忌野清志郎との共作によって生まれた、僕のランキングの頂点に君臨する究極のバラード。美しく流れるような旋律と、夜の静寂の中に溶けてゆく二人の距離感が、言葉にできないほどの深い感動を呼び起こします。
2位:白い一日 小椋佳の作詞に陽水が曲をつけた、1位に迫る絶対的な名曲。無駄な音を一切削ぎ落とした静謐な世界観の中で、陽水の圧倒的なボーカルの凄みと抒情性が、聴く者の心を震わせます。
3位:心もよう 「寂しさのつれづれに」の歌い出しから一気に引き込まれる、初期陽水のパブリックイメージを決定づけた大傑作。これぞ陽水という哀愁のメロディと、完璧なまでのフォークの形がここにあります。
10位:Fun アルバムにファンキーな躍動感をもたらす、言葉遊びとリズムの妙が楽しい隠れた名曲。シリアスな抒情性だけでなく、こうした洒脱なポップセンスもまた、このアルバムを特別なものにしています。
12位:氷の世界 ミリオンセラーアルバムのタイトルチューンであり、当時の社会の不条理をファンキーなカッティングギターに乗せて吐き出す先鋭的な一曲。鋭利な言葉の刃が、今聴いても全く色褪せていません。
13位:自己嫌悪 人間が誰しも抱える内面の泥臭い感情を、冷徹かつコミカルに歌い上げたナンバー。自身の内面をシニカルに見つめる視線は、この時代の陽水ならではの真骨頂です。
17位:桜三月散歩道 どこかサイケデリックで演劇的な香りを漂わせる、アルバムのアクセントとなる楽曲。春のうららかさの裏にある狂気や、一筋縄ではいかない陽水の世界観が炸裂しています。
18位:チエちゃん 特定の名前を呼びかけるノスタルジックなセンチメンタリズムと、どこか切ないアコースティックな響き。聴くたびに、懐かしい過去の記憶の断片が呼び起こされるような名曲です。
19位:小春おばさん 日常の一コマを切り取りながらも、ドラマチックな展開を見せるメロディラインが秀逸。親しみやすさの中に、陽水独特の少しひねった視点が心地よいスパイスとなっています。
23位:おやすみ アルバムの終盤を優しく、しかしどこか深い孤独感で包み込む子守唄のようなバラード。美しい余韻を残す陽水の甘く切ないボーカルが、心に深く染み渡ります。
25位:あかずの踏切り アルバムの幕開けを飾る、疾走感と焦燥感に満ちたアコースティック・ロック。迫り来るようなリズムとボーカルが、これから始まる偉大なアルバムへの期待感を最高潮に高めてくれます。
1974〜1976年:過渡期と僕の中のひとつの完結
アルバム『二色の独楽』より

26位:闇夜の国から ポリドール在籍最後のアルバムの空気を伝える、どこか浮遊感のあるポップなナンバー。初期のフォーク路線から、より広範なロック・ポップスへと舵を切り始めた時代の息吹を感じます。
27位:ゼンマイじかけのカブト虫 機械的なタイトルとは裏腹に、初期に通じる内省的でどこか物悲しい抒情が胸を打つ一曲。変わりゆく時代の中で、変わらない陽水の核心部分に触れたような安心感があります。
アルバム『招待状のないショー』より
24位:青空、ひとりきり 僕にとって「アルバム単位で聴き込んだ陽水」の事実上の終着点となった作品からの選曲。軽快なアレンジの中に漂う、どこか冷めた孤独感は、あの時代の陽水が放っていた最後の輝きのようにも思えます。
後年と提供曲:時を超えて心に残った名曲たち

5位:少年時代 アルバムを追わなくなった後年の陽水作品において、完全に別格として僕の心に刻まれた不朽の名曲。日本の夏、失われた美しい記憶を呼び覚ますメロディは、音楽の教科書に残るべき美しさです。
21位:ワインレッドの心 安全地帯への提供曲であり、セルフカバーによって陽水の「歌謡ポップスの魔術師」としての側面を決定づけた大ヒット曲。このあたりからの歌唱スタイルの変化は、僕が彼と距離を置くきっかけにもなりましたが、楽曲自体の完成度の高さは認めざるを得ません。
29位:アジアの純真 PUFFYへ提供され、社会現象となったポップ・ナンバー。意味から解放されたナンセンスな歌詞と、圧倒的にキャッチーなメロディは、陽水の天才的な遊び心が時代と完璧に結実した結果と言えます。
30位:ダンスはうまく踊れない 石川セリ(陽水の妻)への提供曲であり、シンプルながらも妖艶で気怠いムードが漂う名バラード。陽水が持つ、女性の心情をクールに描き出すソングライティングの底力を見せつけられる一曲です。
おわりに:僕の記憶に生き続ける「あの時代の井上陽水」
こうしてリリース順に31曲を振り返ってみると、僕がなぜこれほどまでに初期の陽水に惹かれ、そしてなぜ『招待状のないショー』のあたりで彼を追うのをやめたのか、その理由が自分自身でもはっきりと腑に落ちます。
僕が好きだったのは、フォークという時代の熱気の中で、誰よりも冷徹に、そして誰よりも美しく孤独を歌っていた、あの3年間の井上陽水だったのです。

後年、彼がエンターテイナーとして、あるいはポップスの巨匠として独自の進化を遂げていく姿は、僕が求めた「瑞々しい抒情」とは少し違う場所へと向かっていました。だからこそ、僕はあえて新しい彼を聴かないという選択をしました。
しかし、今回1ヶ月あまりの時間をかけて彼と向き合い、ほぼ毎日1曲ずつその世界を言葉にしていく中で、確信したことがあります。
たとえその後の歩む道が違ったとしても、僕が一番多感で、音楽を最も濃密に吸い込んでいたあの時代に、井上陽水という不世出の天才がいたこと。そして、彼の作った『氷の世界』をはじめとする傑作群が、今も僕の心の中で全く色褪せずに鳴り響いているということ。
その事実だけで、僕の音楽人生は十分に豊かであったということです。
僕の記憶の中で、今も変わらず眩い輝きを放ち君臨し続ける、愛すべき、そして絶対的な初期の井上陽水へ。最高の31曲とともに過ごしたこの濃密な時間に、深い感謝を込めて、この総括を締めくくりたいと思います。

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