僕の勝手なBest30【井上陽水編】:第1位『帰れない二人』。夜露の底で重なる体温と、引き返せない時間の重さ

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第1位は『帰れない二人』です

いよいよ、最後の1曲となってしまいました。

陽水の数多くの楽曲を聴き、それぞれの名曲に心を震わせてきたつもりですが、この『帰れない二人』だけは、僕の中で全く異なる特別な響きを持ち続けています。

あの静かなギターの爪弾きが聴こえてくるだけで、肌に触れる夜の冷気や、言葉にならない切なさが、当時の質感のまま鮮明に蘇ってくるのです。

もちろん、井上陽水という不世出の歌い手が残してきた名作は、どれも甲乙つけがたいものばかりです。これまでに紹介してきた全ての楽曲群は、聴く人の好みやその時の心の傾きによって、容易に評価や順位が入れ替わるものだと思っています。
今回発表してきたすべての順位は、あくまで「僕の勝手なBest30」に過ぎません。

ですから、もし「なぜあの曲がこの順位なのだ」「こちらの曲の方が上ではないか」と思う方がいても、そこは何卒ご勘弁をいただきたいと思います。これは僕という一個人の人生が、陽水の音楽とどのように関わってきたかという、極めて私的な記録にすぎないからです。

その広大な軌跡の中でも、この『帰れない二人』だけは、僕にとってどうしても外すことのできない不変の原点として存在しています。

超訳:言葉の奥にある景色

夜霧が肌を刺すように冷たく冷え込む中で、寄り添う二人の声はかすかに震えています。
愛を告げようとしたまさにその瞬間に、街の明かりがふっと消え去り、世界は深い闇に包まれます。
帰る場所を失った二人を置き去りにするように、星さえも夜空の向こうへ去ろうとしています。
互いに結んだ手のぬくもりだけが確かな現実であるのに、冷たい夜の時間は二人を激しく追い詰めていくのです。

💡 あわせて読みたい: 公式の原曲歌詞はこちら (外部サイトへ移動します)

まずはYouTube動画でお聴きください

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楽曲名:帰れない二人
歌唱:井上陽水
作詞・作曲:井上陽水・忌野清志郎
編曲:星勝
初出:1973年9月21日発売シングル「心もよう」のB面曲
アルバム収録:1973年12月1日発売アルバム『氷の世界』収録曲

アルバム『氷の世界』収録のオリジナル音源です。 下の画像をクリックしてください。

1973年の空気をまとった「帰れない二人」は、夜の冷たさと二人の心細さを、静かな歌声の中に閉じ込めています。
派手な盛り上がりではなく、消えゆく街の灯のように、聴いたあとも余韻だけが長く残ります。

次は、1982年3月7日、NHKホールでのライブ音源です。
下の画像をクリックしてください。

1982年3月7日、NHKホールでのライブ音源です。
スタジオ録音の繊細な静けさとは違い、陽水の声の揺れと会場の空気が、「帰れない二人」の夜をより生々しく浮かび上がらせます。

1991年8月25日、海の中道海浜公園野外劇場での井上陽水&忌野清志郎によるライブ動画です。
下の画像をクリックしてください。

井上陽水と忌野清志郎が同じステージでこの曲を歌うことで、作品の奥にある友情と創作の温度がにじみ出ます。
オリジナル音源の静かな孤独とは違い、二人の声が重なることで、曲の切なさに温かい生命感が加わります。

(※当ブログでは公式による配信ではないものは、著作権上の配慮に基づき、動画の直接埋め込みではなく、独自に用意した画像から外部サイトへリンクする形式を採用しております。)

記憶の底に眠る、あの頃の光景とサッカー部の部室

不思議なもので、この曲のイントロが流れ出すと、僕の脳裏には決まってある特定の風景が鮮明に浮かび上がってきます。

それは曲が発表された当時の街並みや時代の空気ではなく、なぜか僕自身の中学校時代の部活動(サッカー部)や、あの泥にまみれた部室の光景なのです。

当時はまだ本当の恋愛なんて何も知らず、かといって思春期の真ん中で、誰もが「恋に恋する季節」を過ごしていました。夕暮れ時、練習が終わった部室の片隅で、まだ見ぬ理想の女性像や、いつか訪れるであろう恋への漠然とした憧れを胸に抱いていた、あの頃のどこか甘酸っぱい空気感。

おそらく僕の記憶の中でイメージが重なるのは、部活動が夕方から夜にかけての時間帯だったからでしょう。刻一刻と翳りゆく夕日の、あの少しセンチメンタルな感覚が、この曲のまとう夜露の情景や、掴みどころのない恋心の揺れと、どこか深いところで響き合って一つの記憶となっているのだと思います。

星勝による素晴らしいアレンジや陽水の丁寧な歌声は、時に聴き手の心に眠るこうした淡い季節の記憶を呼び覚まします。音楽というのは、作り手の意図を遥かに超えて、聴く者それぞれの人生の原風景に、そっと寄り添う力を持っているのかもしれません。

シングル『心もよう』のB面という、贅沢すぎる大傑作

ここで、この曲が世に出た当時の象徴的なエピソードにも触れておかなければなりません。

ご存知の通り、『帰れない二人』は、陽水の大ヒットシングル『心もよう』のB面(カップリング曲)として産声を上げました。しかしこの選曲を巡っては、当時ポリドール・レコードで陽水のディレクターを務めていた川瀬泰雄氏と、陽水本人との間で、どちらをA面にするべきかという熱い議論が交わされていたのです。

陽水自身はこの『帰れない二人』の持つ先進的な響きと仕上がりに強い愛着を感じており、どうしてもこちらをA面にしたいと強く主張していました。

しかし、担当ディレクターであった川瀬氏は「ヒットの要素がすべて詰まっているのは『心もよう』だ」と一歩も引かず、自身の判断を貫き通しました。

結果として川瀬氏の目利き通りに『心もよう』がA面となり、時代を席巻する大ヒットを記録することになります。しかし、歌い手本人がそれほどまでに「勝負曲」として世に出したがっていたという事実こそが、この曲の質の高さを証明しています。

これほどの名曲を裏面にそっと忍ばせることになったという結果論も含めて、当時の陽水が持っていた底知れない才能の凄みを感じずにはいられないのです。

夜露の冷たさと消えゆく街灯が描き出す、凄絶な情景描写

この楽曲の真の凄さは、聴き手を一瞬にして「凍えるような夜の密室」へと引きずり込む、圧倒的な情景描写のリアリティにあります。

冒頭から歌われる、予想以上の夜露の冷たさと、それに震える二人の声という設定だけで、私たちは二人の物理的な距離の近さと、それとは裏腹な心の細さを肌で感じることになります。

特に鳥肌が立つほど見事なのが、「僕は君を・・・と、言いかけた時、街の灯りが消えました」という劇的な展開です。

それまで二人を辛うじて照らしていた日常の風景が突如として奪われ、世界にはただ二人と、重なり合う呼吸の音だけが取り残される。この映画のワンシーンのような鮮烈なコントラストが、言葉の超訳を通じて私たちの脳裏に強烈な映像を結び落とします。

さらに、二人が置かれた状況を追い詰めるように、天上の星までもが静かに遠ざかっていきます。(もう星は、帰ろうとしてる・・・」)
街は静かに眠り続け、まるで他人事のような夢を見ている中で、二人の手と手のぬくもりだけが、この世界で唯一信用できる確かな現実として浮かび上がってくるのです。

この、優しくもどこか哀しい緊迫感こそが、この曲を唯一無二の名曲たらしめている理由に他なりません。

天才二人が夜の片隅で分け合った、創作の火を巡る経緯

この『帰れない二人』という楽曲を語る上で、外せないのが、井上陽水と忌野清志郎という、日本の音楽史に燦然と輝く二大天才による共同制作(共作)のドラマです。

当時、まだフォークの世界で頭角を現し始めたばかりの若き二人が、同じ時代に巡り合い、一つの部屋で机を並べるようにしてこの曲を創り上げていった経緯には、奇跡的な美しさがあります。

きっかけは、清志郎が所属していたRCサクセションの当時の事務所に、陽水が頻繁に出入りしていたことでした。

お互いの才能を認め合っていた二人は、ある夜、一緒にギターを爪弾きながらメロディと熱を分け合うようにして言葉を紡ぎ出していきます。

前半の抒情的なメロディを清志郎が、それに続くドラマチックな展開を陽水が引き受ける形で、それぞれの個性が一つの毛布を分け合うようにして溶け合っていきました。

まだ何者でもなかった彼らが、夜の片隅で純粋に音楽と向き合い、手探りで一つの名曲を完成させていったその空気感こそが、この曲の背景に流れるどこか心細くも温かい独特の情緒を生み出しているのでしょう。

後年、彼らが同じステージでこの曲をデュエットした際に見せたあの笑顔の奥には、この若き日の瑞々しい創作の記憶が、確かに息づいていたのだと思います。(上にある3本目の動画ですね!)

時代を決定づけた、密やかな音像の佇まい

星勝による編曲(アレンジ)についても、ここで少しだけ触れておきたいと思います。この曲のサウンドは、過度な装飾を排し、アコースティックギターの繊細な響きとストリングスの柔らかな波を重ね合わせることで、あの夜霧の風景を見事に描き出しています。

フォークからニューミュージックへと時代が大きく動いていく激動の1970年代初頭において、この密やかで格調高い音の仕立て方は、一線を画す存在感を放っていました。多くを語りすぎず、歌い手の声の揺れを最大限に活かしたこのアプローチが、半世紀を経た今聴いても古びない、普遍的な佇まいをこの曲に与えているのです。

終わりなき旅の途中で、陽水の音楽が僕にくれたもの

これで、僕が勝手に選ばせていただいた「井上陽水・名曲Best30」のすべてをご紹介し終えたことになります。

こうして30位から1位までの楽曲を改めて振り返ってみると、それは単に音楽の優劣を競う作業ではなく、僕自身のこれまでの歩みや、それぞれの時代で見てきた風景をもう一度手繰り寄せるような、果てしない時間旅行のようでもありました。

陽水が描く音楽の世界は、時に迷宮のように深く、時に鏡のように聴き手自身の内面を映し出します。ある時は都会の孤独を鋭く抉り出し、またある時は、僕が中学生の頃にグラウンドで感じたあの夕闇のセンチメンタルな感覚のように、誰もが胸の奥に眠らせている原風景をそっと呼び覚ましてくれるのです。

彼の歌声に耳を傾けている時間だけは、日々の慌ただしさから離れ、自分自身の本質的な感情と静かに向き合うことができました。

ランキングという形式をとってはいますが、冒頭でも申し上げた通り、順位自体にはそれほどの意味はありません。どの楽曲も、僕の人生のそれぞれの季節にそこにいて、確かな体温を与えてくれたかけがえのない存在ばかりです。

皆さんの心の中にも、きっとそれぞれにとっての「第1位」があり、それを聴くたびに蘇る大切な記憶の風景があるのではないでしょうか。

僕の勝手な独り言のようなこのシリーズに、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。陽水が残してくれた素晴らしい音楽の数々は、これからも形を変えながら、僕たちの行く手を密やかに、そこはかとなく温かく照らし続けてくれるに違いありません。

夜霧が晴れたその先にある、新しい音楽の景色を探す旅は、これからもまだまだ続いていきます。

余談:「心もよう」のA面選択は、本当に正解だったのか?

この記事を締めくくるにあたり、当時の音楽史に思いを馳せる一つの歴史的な「もしも」を書き添えておきます。

それは、もし当時、周囲の反対を押し切って陽水の主張通りに『帰れない二人』がA面としてリリースされていたら、一体どうなっていただろうか、という問いです。

世間一般の音楽史では、「ヒットの要素が詰まっている」と見抜いて『心もよう』を大プッシュしたディレクター・川瀬泰雄氏の判断がミリオンセラーを叩き出したため、結果論としてその選択こそが「大正解だった」と語られることがほとんどです。

しかし、当時の陽水が放っていた圧倒的な求心力を思えば、あのイントロの静かな爪弾きと「僕は君を……」という鮮烈なフレーズがシングル盤の顔としてラジオから流れてきたとしても、当時の若者たちは同じように心を撃ち抜かれていたのではないか、とも思えて破綻しません。
もしかしたら、日本のニューミュージックへの地殻変動がさらに早まっていた可能性すらあります。

とはいえ、実際に『帰れない二人』がA面として世に出たわけではない以上、どちらの選択が正しかったのかという問いに、本当の正解などありません。

ビジネスとしての確かな果実をもたらした川瀬氏の目利きと、アーティストとして時代の先を見据えていた陽水の天才的な直感。そのどちらが上だったのかは、今となっては誰にもわからない永遠の謎です。だからこそ、B面にこの大傑作が隠されているという歴史の巡り合わせが、半世紀を経た今でも僕たちの心を惹きつけてやまないのかもしれません。

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