僕の勝手なBest30 【井上陽水編】:第10位『愛は君』〜現実を忘れさせるほど一途な、美しきユートピア〜

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第10位は『愛は君』です

いよいよこの曲からはBest10に入っていきます。どの楽曲も秀逸ですので、ぜひ漏らさず読んで聴いていただきたいと思います。

大好きな井上陽水の曲をこうして自分なりに選んでいると、彼が作ってきた音楽の引き出しの多さに、一人のファンとしてただただ圧倒されてしまいます。

ある時は都会の片隅の人間模様を少し皮肉を交えて切り取り、またある時は言葉の響きそのもので不思議な景色を見せてくれる。本当につかみどころがない、だからこそ目が離せない歌い手です。

そんな彼が1972年にデビューアルバム『断絶』で発表した『愛は君』は、僕にとって、彼のたくさんの名曲の中でも少しばかり不思議な佇まいを持った、お気に入りの一曲です。

飾り気のないポップスの到達点

この曲を久しぶりにレコードの針を落とすようにじっくりと聴き返すとき、僕の胸には、どこか静かで、それでいてとても新鮮な風が吹き抜けるのを感じます。

「アンドレ・カンドレ」から「井上陽水」へと名義を変え、まさに彼がここから独自の音楽世界を築き上げていこうとする、キャリアの原点で生まれた楽曲ですが、すでに陽水流ポップスのエッセンスが鮮やかに凝縮されていると僕は思っています。

耳触りはどこまでも優しく、木漏れ日のように甘美なメロディが流れていきます。しかし、その心地よさに身を委ねて言葉を追っていくと、普段の何気ない景色が、少しずつ形を変えていくような奇妙な感覚に包まれます。

この歌が静かに提示する、視界のすべてが大切な存在で満たされていくような「愛」のあり方は、僕たちが日常で使い古している言葉の枠には、どうにも収まりきらない何かを秘めているようです。

それはどこか、以前このブログでもご紹介した山崎まさよしの『全部、君だった。』の世界にも通じる、世界のすべてがある一人の存在へと融解していくような心地よい浮遊感を、僕たちに味あわせてくれます。

超訳:歌詞の世界観

愛は空や海や鳥や花のように、世界のあらゆる場所にある。
でも僕にとって、その愛のすべては君へ向かっている。
君の笑顔が好きで、君のそばを離れたくない。
僕は自分の全部を君に渡したいほど、本気で君を愛している。

まずはYouTube動画3本をお聴きください

こちらではレコード会社による公式音源から、貴重なライブ音源まで、それぞれの時代で異なる『愛は君』を聴き比べることができます。陽水の歌声が持つ確かな説得力を、ぜひ体感してみてください。

いずれもタイトルは「愛は君」で、作詞作曲:井上陽水 原曲の編曲者:星勝です。

当初のスタジオ録音盤です。下の画像をクリックしてください。

クレジット
曲名:愛は君
歌:井上陽水
作詞・作曲:井上陽水
編曲:星勝
収録:アルバム『断絶』
関連情報:1994年放送のドラマ『スチュワーデスの恋人』主題歌としても登録されています。

2行解説
「愛は空、愛は海」と、愛を自然のあらゆる存在に広げながら、最後には「愛は君」へ収束させる、非常にまっすぐなラブソングです。井上陽水初期の作品らしく、単純な言葉の反復の中に、素朴さと少し不思議な浮遊感が同居しています。

次は公式音源です。

クレジット
音源:Live at 新宿厚生年金会館 / 1973年4月14日
収録アルバム:『陽水ライヴ もどり道』
リマスター:2018年
アルバム情報:1973年7月1日発売、全14曲・56分のライブアルバムとして配信されています。

2行解説
『断絶』収録曲「愛は君」を、1973年4月14日の新宿厚生年金会館ライブで歌った音源です。
スタジオ版よりも語りかけるような素朴さが前に出ており、「愛は君」というまっすぐな結論が、ライブならではの近さで響きます。

弾き語りバージョンです。下の画像をクリックしてください。

クレジット
形式:弾き語りライブ音源
時期:2007年
備考:「弾き語りパッション」関連音源
2行解説
1972年の『断絶』収録曲「愛は君」を、後年の井上陽水が弾き語りで歌ったライブ音源です。
若い頃の素朴な告白調とは違い、2007年版では声の余裕と間の取り方によって、愛の言葉がより深く、淡々と響いています。

(※インターネット上に存在する井上陽水氏の音源は、公式による配信ではないものが大半を占めています。そのため当ブログでは、著作権上の配慮に基づき、公式動画以外の動画は直接埋め込みではなく、独自に用意した画像から外部サイトへリンクする形式を採用しております。)

シンプルという名の不思議な迷宮

名詞の並列がもたらす、言葉の融解

この楽曲に触れた誰もが、まず心に留めるのは、サビの部分でこれでもかと繰り返される名詞の連呼でしょう。

ここには「空」「海」「鳥」「花」「星」「風」という、小学校の国語の教科書に出てくるような、極めてシンプルで普遍的な自然の言葉が並べられています。 そしてそれらがすべて、等しく「愛」という主語と同じ地平で結ばれていきます。

一般的な歌の世界であれば、「君への想いは海のようだ」という風に、自分の気持ちを説明するための道具として自然物が使われることが大半です。しかし、ここでの陽水はそうした飾りを一切用いません。ただ、目の前にある景色と、自分たちの存在を、そのまま大きな一つの箱に詰め込んでいくような書き方をしています。

  • 空も海も、鳥も花も、すべてが同じひとつの命であるという視点
  • 突き詰めていけば、「僕」も「君」も、その巨大な循環の一部に過ぎないという気付き
  • 言葉本来の意味が少しずつ薄れ、ただ美しい音の響きとして胸に満ちていく感覚

すべてが愛という言葉で満たされたその空間は、一見すると幸福な世界のようであり、同時に、日々の細かな悩みや雑音をすべて忘れさせてくれるような、どこか不思議な静けさを湛えています。

直球の言葉が持つ、ひそやかな迫力

陽水のこれまでの歩みを辿ってみても、「君の笑顔が僕は好きだよ」あるいは「とっても愛しているよ」といった、ここまで混じり気のないストレートな愛情表現に出会うことは多くありません。彼はどちらかといえば、少し斜めから情景を切り取ったり、比喩の中に本心を隠したりすることに長けた作家だからです。

それだけに、この曲の行間で歌われる「僕は本当に愛しているよ」という告白は、かえって聴き手の胸にまっすぐ、重みを持って響いてきます。何かを深く考えたり、あれこれと理由を並べ立てたりすることを、すべて手放してしまったかのような、不思議な一途さがあるのです。

中学時代に初めてこの曲を耳にしたとき、僕はそのあまりにてらいのない表現に、少しばかりの気恥ずかしさを覚えたものでした。しかし、年齢を重ねるごとにこの曲の持つ意味が少しずつ分かり始め、このシンプルさの裏にある、一切の迷いがない佇まいに、思わず深く聴き入ってしまいます。

この『愛は君』が描き出す世界には、世俗の駆け引きや、大人の事情といったものは一滴も混ざり込みません。ただ「愛している」というシンプルな事実だけが、静かに、しかし確固たる存在感を持ってそこに置かれているのです。

『愛は君』における音像の仕掛け

心地よいテンポの中に宿る、確かな演奏

本作の編曲は、初期の陽水サウンドを手がけた星勝氏によるものです。

一聴すると、手拍子を合わせたくなるような心地よいミディアムテンポのポップスとして組み立てられています。しかし、注意深く耳を澄ませてみると、ベースラインをはじめとするリズム隊がどっしりと底を支えていることに気づきます。

この安定したリズムがあるからこそ、甘いメロディや歌詞の世界が軽くなりすぎず、聴き手の心へと静かに着地するのです。

このリズム隊の上で、特に印象的な役割を果たしているのが、アコースティック・ギターの細やかなカッティングと、要所で顔を出すエレキ・ギターのオブリガート(助奏)です。決して歌の邪魔をすることなく、しかし陽水の歌声がふっと途切れる瞬間に、絶妙なフレーズを滑り込ませてきます。

無駄な音のないシンプルな楽器構成だからこそ、陽水の言葉一つひとつが、濁らずにまっすぐ耳へと届くのです。

時代を超えて響く、声の説得力

今回、1972年のスタジオ原盤、1973年の『もどり道』でのライブ、そして2007年の弾き語りと、3つの異なる時代の音源を聴き比べていただきました。

そこで改めて気づかされたのは、井上陽水という歌い手が持つ「声」そのものの圧倒的な変化と、それなのに全く色褪せない楽曲の芯の強さです。

若い頃のどこか脆く、ひたむきなフォーク・シンガーとしての歌声から、経験を重ねて圧倒的な余裕と深みを湛えた大人の歌声へ。歌い方は時代とともに変わっていっても、この『愛は君』という楽曲が内包する「てらいのない世界」は、少しも揺らぐことがありません。

むしろ、彼が多くの複雑な楽曲を生み出してきた長いキャリアを知れば知るほど、この原点にあるシンプルさが、いかに純粋で、いかに奇跡的なバランスで形作られていたのかが浮き彫りになってきます。

総評:僕にとっての『愛は君』

井上陽水の音楽の魅力は、その一筋縄ではいかない複雑さや、妖艶な言葉遊びにあると評されることが少なくありません。確かにそれも彼の真骨頂です。

しかし、この第10位に選んだ『愛は君』を聴くたびに、僕は彼が持つもう一つの本質――誰もが知っている言葉だけで、誰にも真似できない純度の高いポップスを創り上げてしまう、天才的なメロディメーカーとしての姿――に立ち返らざるを得ません。

「愛は君」

この言葉に込められた、迷いのないストレートな響きは、これからも僕の心の中で、色褪せることなく鳴り響き続けるに違いありません。

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