僕の勝手なBest30 【井上陽水編】:第18位『チエちゃん』〜快晴の空に隠された割り切れない喪失の情景〜

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第18位は『チエちゃん』です

井上陽水という希代の表現者が描く世界は、時に美しい迷宮のようです。1973年発売の歴史的名盤『氷の世界』のA面4曲目に収められたこの曲は、数ある陽水の作品群の中でも、僕にとってどうしても外せない愛着のある一曲です。

軽快でポップ、どこかカントリー調の爽やかなサウンドに乗せて歌われるのは、あまりにも唐突で、そしてあまりにも深い「別れ」の気配。そこには、有無を言わさぬ独特の存在感が漂っています。

今回はこの曲が持つ、明るさと背中合わせの孤独、そ​​して「異国への旅立ち」と「この世との永遠の別れ」の双方が二重写しになった歌詞の深層について、僕なりの視点でじっくりと解き明かしていきたいと思います。

『チエちゃん』の世界観(超訳)

ひまわり畑の記憶みたいに、あの子は夏の日に遠くへ行ってしまった。
さよならも言えないまま、誰にも見送られず、空へ消えていった。
悲しいとき、海や風や言葉になって、誰かの心をそっと癒している。
知らない町へ行ったのか、どこかに住みついたのか、帰るつもりはあるのか。
どうして君は、一人でまぶしい空へ消えてしまったの。

まずはYouTube動画でお聞きください

スタジオ録音盤です。下の画像をクリックしてください。

クレジット
井上陽水「チエちゃん」
作詞・作曲:井上陽水/編曲:星勝、ニック・ハリソン
1973年発売のアルバム『氷の世界』収録曲。

2行解説
夏の日に飛び去った「あの娘」への喪失感を、明るくまぶしい風景の中に封じ込めた一曲。
童謡のようなやさしい語り口で、別れ、旅立ち、死別​のようにも読める余韻を残します。

ライブ音源です。下の画像をクリックしてください。

クレジット
井上陽水「チエちゃん」
作詞・作曲:井上陽水
ライブ映像:氷の世界ツアー2014
2行解説
アルバム版の素朴さを残しながら、年齢を重ねた声が「あの娘」の不在をさらに深く響かせるライブ版。明るいメロディの奥に、夏の日の別れと、戻らない時間への静かなまなざしが残ります。

(※インターネット上に存在する井上陽水氏の音源は、公式による配信ではないものが大半を占めています。そのため当ブログでは、著作権上の配慮に基づき、動画の直接埋め込みではなく、独自に用意した画像から外部サイトへリンクする形式を採用しております。)

『チエちゃん』を巡る違和感の正体

ポップな音像と、あまりに不穏な物語

この曲を初めて耳にしたとき、多くの人がまずその親しみやすいメロディラインに惹かれるはずです。からりと晴れ渡った夏の情景を想起させる、軽妙なアコースティックギターの音色。星勝氏によるアレンジは、アメリカン・フォークロックのような爽快さをまとっています。

しかし、その心地よいリズムに身を任せながら言葉を追っていくと、にわかに胸のざわつきを覚え始めます。歌われている内容は、その爽快なサウンドの裏側に潜む、一人の少女の「唐突な消失」だからです。

誰に告げることも、誰に見送られることもなく、ひまわり模様の機体に乗り込んで空へと消えたチエちゃん。このあまりにも対照的な「音の明るさ」と「詩が内包する底知れぬ寂しさ」のギャップこそが、聴き手の心に消えない棘(とげ)を突き刺します。

「ひまわり模様の飛行機」という暗号

冒頭に登場する「ひまわり模様の飛行機」というフレーズは、一見するとおとぎ話のようなポップな可愛らしさを持っています。しかし、これが実在の何かを指しているのか、それとも完全なファンタジーなのかによって、楽曲の景色は一変します。

当時の時代背景を鑑みても、このような派手な塗装を施した民間航空機が日常的に飛んでいたとは考えにくいものです。となれば、これは彼女の旅立ちを美化するための、主人公の脳内にある哀しいフィルターなのかもしれません。

あるいは、強烈な夏の陽射しそのものが、飛行機にひまわりの幻影を映し出したとも解釈できます。いずれにせよ、このキャッチーな言葉選びの裏には、現実を直視することを拒むような、主観的な歪みが潜んでいるように思えてなりません。

二重写しになる「海外」と「天国」への旅立ち

ロードムービーとしての異国への旅

歌詞を素直に追っていくと、そこには飛行機、海岸、水着、海を渡るといった、きわめて物理的で現実的なキーワードが並んでいます。

見知らぬ町からさらに遠くの町へ、何かを見つけるために誰にも言わずふらりと海外へ飛び立ってしまった自由な女の子。残された主人公が「あっちの海は冷たいばかりじゃないから、言葉が通じなくても体当たりで頑張れよ」と、遠い異国へエールを送っているロードムービーのような解釈が、まずは成り立ちます。

しかし、陽水の凄みはここからです。すべての言葉が、もう一つの解釈——「この世からの消失(死)」へと、見事に反転する仕掛けが施されているのです。

「まぶしい空」へ消えた彼女への、悲痛な叫び

「誰にも見送られずに ひとりで空へ、まぶしい空へ 消えてしまった」というフレーズは、あまりにも美しく、同時にどこか現実感が希薄です。

もし彼女の旅立ちが「天国への他界」だとしたら、ひまわり模様の飛行機とは、あまりの若すぎる別れを受け入れられない主人公が、悲しみの果てに見た「まばゆい幻影」のように思えてきます。

そう捉えたとき、中盤の「お日様に体を見せつけてやれ」という過激なフレーズは、意味合いをガラリと変えます。魂だけになって透明になってしまった彼女に対して、「もう一度、あの生々しい肉体を持って生きてくれ」という、引き裂かれるような祈りに聞こえてくるのです。

「どこかに住みついたまま帰ってこないつもりなの?」という問いかけも、彼女の死を未だに受け入れられず、「どこかで元気に生きていると思いたい」と願う、残された者の切ない往生際の悪さが滲んでいるように見えてなりません。

陽水は、からりと晴れた夏の青空の下でポップなメロディを鳴らしながら、生と死の境界線(むこうの海岸)を曖昧にするような、どこか輪郭のぼやけた、しかし決定的な不在の哀しみを濃厚に漂わせているのです。

主人公の視点に見る「歪み」と「願望」

「何かを見つけて戻ってくるの?」に潜む独白

物語の終盤に向けて、歌詞は主人公から彼女への問いかけの形を強く帯びていきます。「見知らぬ町から遠くの町へ 何かを見つけて戻ってくるの?」という一節は、一見すると旅人を思いやる純粋な疑問のように響きます。

しかし、ここには残された側の強い執着と、目の前にある現実に対する拒絶が混在しているように思えてなりません。彼女が自らの意志で、誰にも告げずに去っていったという厳然たる事実。それを前にしながらも、戻ってくるのと言葉にせずにはいられない主人公の姿がそこにあります。

ここには、割り切れない現実をどうにかして自分の納得のいく物語に落とし込もうとする、哀しいあがきが見え隠れします。もし彼女の旅立ちが、この世との永遠の別れを意味しているのだとしたら、この問いかけの切なさはさらに深まるはずです。

戻るはずのない相手に対して、あたかも少し遠くの町へ出かけているだけだと言い聞かせるかのような独白。それは、聴き手の胸を強く締め付けます。

帰ってこないつもりなの?という諦念

続いて投げかけられる、それともどこかに住みついたまま帰ってこないつもりなのという言葉には、先ほどの微かな期待から一転して、静かな覚悟が滲んでいます。

彼女の不在がもはや一時的なものではないという予感や、自分の手の届かない場所へ行ってしまったという無力感が、そこには漂っています。それと同時に、どこかで彼女を責めるような口調になってしまう複雑な感情までもが、この短い問いかけの中にすべて内包されているのを感じます。

ここには単に寂しいという一言だけでは片付けられない、人間の生々しい未練が凝縮されています。陽水は、美しいカントリー調のリズムに乗せて、この諦めきれない人間の業のようなものを淡々と、しかし鮮烈に描き出しているのです。

『チエちゃん』がアルバム『氷の世界』で果たす役割

A面4曲目という絶妙な配置

ここで少し視点を広げ、アルバム『氷の世界』におけるこの曲の配置について考えてみたいと思います。本作は、冒頭の『あかずの踏切り』から始まり、緊迫感のある『はじまり』、そして大ヒット曲『帰れない二人』へと続く、非常に濃密な流れを持っています。

その直後に滑り込んでくるのが、この『チエちゃん』という楽曲です。前曲までの重厚でドラマチックな空気感を、一瞬にして爽やかなアコースティックの音色で塗り替えるその手鮮やかさは、アルバム全体のダイナミズムを生み出す上で極めて重要な役割を果たしています。

しかし、単なる箸休めのポップスで終わらないのが、やはり井上陽水というアーティストの底知れなさです。耳馴染みの良いサウンドでリスナーの警戒を解きながら、その実、最も深くて割り切れない喪失の物語を聴き手の心に滑り込ませているのです。

サウンドがもたらすカタルシス

星勝氏による素晴らしいアレンジは、歌詞の持つ重さを巧みに中和し、むしろ一種の爽快感へと昇華させています。

もしこの歌詞が、マイナーコードの暗いフォークソングとして歌われていたなら、僕たちはこれほどまでに何度もこの曲を聴き返したいとは思わなかったかもしれません。快晴の空のようなサウンドがあるからこそ、僕たちはその奥にある孤独や別れの痛みを、どこか救いのあるものとして受け入れることができるのではないでしょうか。

終わりに

『チエちゃん』という楽曲は、聴くたびに異なる表情を見せてくれる不思議な作品です。ある時は、遠い異国へと旅立った友を想う爽やかなロードムービーのように、またある時は、二度と会えない人への断ち切れない想いを描いた哀悼の詩のように、僕たちの心に迫ってきます。

陽水が仕掛けたこの二重写しの迷宮は、僕たちに明確な答えを提示しません。ただ、からりと晴れた夏の青空と、ひまわり模様の飛行機という強烈なヴィジュアルだけを、僕たちの脳裏に鮮烈に焼き付けます。

人生という時間のグラデーションを経て、この『チエちゃん』という音楽に向き合うとき、僕たちは陽水が仕掛けた未完の問いかけに、再び心地よく惑わされることになります。

星勝の弾けるようなアレンジと、陽水の気だるくも鮮烈な声。あのどこまでもカラリとした夏の音像を耳にするたび、割り切れない空白を抱えたまま、僕の思考はあの日ひまわり模様の空へと消えた彼女の行方を、今も新鮮に追い続けてしまうのです。

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