🎧 この記事を音声で楽しむ
この記事の要点を、ナレーションで手軽に確認できます。
本文を読む前に、『乳母車』の雰囲気や記事全体の流れをつかみたい方におすすめです。
🎵 日本語ナレーション
この記事の内容を日本語で紹介する音声です。
🎶 英語ナレーション
この記事の内容を英語で紹介する音声です。
音声を先に聴くことで、『乳母車』の世界観と記事の要点をよりつかみやすくなります。
第6位は、『乳母車』です。
「乳母車」は、阿久悠が作詞、森田公一が作曲し、1975年5月21日に菅原洋一の歌で発表された作品です。編曲は川口真。森田公一とトップギャランもこの曲を歌っています。
大ヒット曲として広く知られた作品ではありませんが、同年の第17回日本レコード大賞では、阿久悠が「乳母車」で作詩賞を受賞しました。さらに森田公一は、自らトップギャランと歌った「下宿屋」で作曲賞を受賞しています。
僕が今回のminiBest7で取り上げるのは、森田公一とトップギャランによる「乳母車」です。

晴れた日の坂道を並んで歩く男女。一方は手ぶらで、もう一方は乳母車を押している。その簡潔な情景だけで、二人の間を隔てる三年間が見えてきます。
超訳
晴れた坂道を、あの人と肩を並べて歩く。
手ぶらの僕と、乳母車を押すあの人には、三年という月日が横たわっている。
変わらない横顔を見送りながら、戻れない時間をぼんやりと思う。
そして僕は、ひとりオーバーの襟を立てて歩き出す。
💡 あわせて読みたい: 公式の原曲歌詞はこちら (外部サイトへ移動します)
まずは、森田公一が歌う「乳母車」をお聴きください。
(※公式動画ではないため、画像にリンクさせています。画像をクリックしてお聴きください)

クレジット
作詞:阿久悠/作曲:森田公一
2行解説
三年という歳月を隔てた男女を、晴れた日の坂道と一台の乳母車を通して描いた一曲。
昔と変わらない横顔と、すでに変わってしまった現在との対照が胸に残ります。
「三年」という時間を、乳母車一台で見せる
この曲を聴いて、まず惹かれるのは「乳母車」という題名です。男女の過去を描く作品でありながら、阿久悠は感情を直接表す言葉ではなく、目の前にある一台の乳母車を題名にしました。
しかも、二人の関係について詳しい説明はありません。それでも曲を聴き終える頃には、三年間という時間の重さが伝わってきます。
説明されない三年間
二人が以前どのような関係にあり、なぜ離れたのか。三年間をそれぞれどう過ごしたのか。阿久悠は、その経緯を語りません。
示されるのは、男が手ぶらで歩き、女性が乳母車を押しているという現在の姿です。乳母車には幼い子が乗っている。そこから、女性が三年の間に母になったことが分かります。

手ぶらの男と、乳母車を押す女性
この対照は鮮やかです。
女性のそばには幼い子がいる。一方、男については何も説明されず、ただ「手ぶら」であることだけが示されます。
手ぶらの男と、乳母車を押す女性。二人の人生を詳しく語らなくても、この構図だけで三年間の隔たりが形を持って現れます。
なぜ「三年」なのだろう
この歌を何度か聴いているうちに、「三年」という時間そのものが気になってきます。十年でも五年でもなく、三年です。
三年というのは、不思議な長さです。昔の記憶が遠い過去になるほど長くはない。それでいて、人の暮らしが大きく変わるには十分な時間でもあります。
だからこそ、男が見た女性の横顔には「あの頃」が残っているのでしょう。久しぶりに会っても、すぐに昔の面影を見つけられる。その近さが、この歌をいっそう複雑なものにしています。

近い過去なのに、もう戻れない
もしこれが十年ぶりなら、お互いの生活が変わっていても、それほど不思議ではありません。十年という長さそのものが、変化を受け入れる理由になるからです。
ところが三年では、つい昨日まで一緒にいたような感覚がどこかに残っていてもおかしくない。男の記憶の中では、女性との時間がまだ完全に「昔」になっていないようにも思えます。
それなのに、目の前の現実は大きく動いている。女性は乳母車を押し、その中には幼い子がいる。男が知っていた「あの人」と、今そこにいる女性との間に流れた時間を、否応なく意識させる光景です。
時間の長さではなく、起きたことの大きさ
考えてみれば、人の人生は均等な速さで変わるわけではありません。何年たってもほとんど変わらない時期もあれば、わずかな期間に生活そのものが変わってしまうこともあります。
「乳母車」の三年間は、まさに後者なのでしょう。
男にとって重要なのは、三年が長かったか短かったかではありません。その間に、自分の知らないところで女性の人生が先へ進んでいたという事実です。
三年しかたっていない。それでも、もう同じところには戻れない。
この時間設定があるからこそ、「乳母車」は遠い昔を懐かしむ歌ではなく、まだ手を伸ばせば届きそうな過去が、実はもう届かないことを知る歌として僕には聞こえます。
晴れた日だからこそ際立つもの
舞台は雨の日でも夕暮れでもありません。珍しく晴れた日の坂道です。

別れや過ぎ去った恋を描くなら、雨や夜といった情景を重ねることもできたはずです。しかし「乳母車」は、明るい光の中に二人を置きます。周囲が穏やかだからこそ、二人の間にある埋められない時間がかえって目立つのでしょう。
横顔は、あの頃のまま
男がそっと見る女性の横顔は、三年前と変わっていないように映ります。ここに、この歌の鋭さがあります。
外見には「あの頃」が残っている。ところが、その隣には乳母車がある。目の前の女性に昔の面影を見つけるほど、過ぎた三年間の大きさが際立ってしまいます。
変わらない横顔と、変わってしまった現在。阿久悠は、この二つを同じ坂道の上に並べました。

風車へ手を伸ばす幼子
後半では、乳母車の幼子が風車へ手を伸ばします。この何気ない仕草がとても印象に残ります。
大人二人の間には三年間の過去がある。しかし幼子は、そんな事情とは無関係に、目の前で回る風車へ手を伸ばす。その無邪気な動きが入ることで、場面が急に生きた風景になります。
心情を書かず、風景で伝える
ここでも、主人公が何を思っているのかは直接語られません。阿久悠が描くのは、風車と幼子の手です。
感情を言葉で説明するのではなく、目に映るものを順番に置いていく。そのため聴き手は、主人公の胸の内を自分で想像することになります。
「乳母車」が単純な失恋歌に聞こえないのは、この書き方によるところが大きいと思います。

森田公一のメロディーが、物語を歩かせる
阿久悠の詞だけを読めば、短編小説の一場面のようにも見えます。そこに森田公一のメロディーが加わることで、坂道を進む二人の歩調まで感じられる歌になります。
感情を大きく揺さぶるような派手な展開ではありません。旋律は言葉の流れに沿って進み、場面を必要以上に劇的なものにしない。その穏やかさが、この作品にはよく合っています。
森田公一の歌唱で聴く「乳母車」
この曲を最初に発表したのは菅原洋一です。菅原洋一の歌唱には、言葉を丁寧に運ぶ端正さがあります。
一方、森田公一とトップギャランで聴くと、同じ物語がもう少し身近な日常へ寄ってくるように僕には感じられます。
感情を演じすぎない声
森田公一は、悲しみを大きく表現して聴かせる歌手ではありません。少し乾いた声で淡々と歌うことで、主人公もまた、自分の感情を胸の内に置いたまま歩いているように聞こえます。

阿久悠の詞が説明を控え、森田公一の歌唱も感情を演じすぎない。その組み合わせによって、聴き手の側に想像する場所が残されています。
「オーバーの襟を立てる」という最後の動作
そしてとても印象的なのが、最後に描かれる男の姿です。
女性は乳母車を押して去っていく。男はその姿を見送り、風の中でオーバーの襟を立てて歩き出します。
追いかけず、自分も歩き出す
男は女性を呼び止めません。過去を持ち出すことも、自分の気持ちを伝えることもない。ただ見送り、自分も歩き始めます。
三年間は戻らない。昔と変わらない横顔がそこにあっても、二人を取り巻く現実はすでに違っています。
この歌が捉えているのは、別れそのものより、もう以前と同じ場所には戻れないと知る瞬間なのかもしれません。
阿久悠と森田公一――1975年の二つの受賞作
「乳母車」が発表された1975年は、阿久悠と森田公一の組み合わせにとって重要な年でもありました。

第17回日本レコード大賞では、「乳母車」で阿久悠が作詩賞を受賞。同じ年、森田公一は「下宿屋」で作曲賞を受賞しています。「下宿屋」も作詞は阿久悠でした。
さらに同年、阿久悠作詞・森田公一作曲による桜田淳子の「十七の夏」も大衆賞の対象となっています。1975年は、二人の仕事が日本の歌謡界で強い存在感を示した一年でした。
日常の一場面から人間を描く
「乳母車」と「下宿屋」には共通するものがあります。大事件を持ち込むのではなく、ごく身近な風景の中から人間関係や時間の変化を描いていることです。
坂道、乳母車、風車、オーバー
「乳母車」に登場するものは、どれも特別ではありません。晴れた坂道、乳母車、回る風車、そしてオーバーの襟。

ところが、それらを一つの場面に配置すると、三年間という目に見えない時間まで姿を現します。阿久悠の言葉と森田公一の旋律が結びついた、この時期ならではの一曲だと思います。
終わりに
晴れた坂道を歩く二人。その横でカタカタと進む乳母車。そして最後に、オーバーの襟を立てて歩き出す男。
人の姿は三年前と変わらなくても、その人を取り巻く人生は同じではない。阿久悠はそれを説明するのではなく、一台の乳母車によって見せました。
昔と変わらない横顔のすぐ隣に、三年間という時間そのものがある。
そして森田公一のメロディーは、その光景を静かに前へ進めていきます。
派手さはありません。しかし、一度この情景が頭に浮かぶと忘れにくい。僕にとって「乳母車」は、そんな一曲です。

音楽ファン同士の交流・リクエストはこちら / Connect & Request Songs Here