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第5位は『コンドルは飛んでいく』です。
1970年に発表された、サイモン&ガーファンクル最後のスタジオ・アルバム『明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)』の2曲目に収録されています。
僕が初めてこの曲を聴いたのは、中学1年か2年の頃だったと思います。耳から入る英語詞の意味はほとんど分かりませんでした。それでも、笛の音が流れ始めた瞬間、目の前の景色が静かに開けていくような感覚がありました。
乾いた大地を渡る風。遠くに連なる山々。その上空を、翼を大きく動かすことなく進んでいく鳥。実際には見たことのないアンデスの情景が、音だけで浮かび上がってきたのです。

サイモン&ガーファンクルには、二人のハーモニーを前面に押し出した作品が数多くあります。しかし、この曲では歌声が主役を独占しません。民族楽器の演奏と一体になり、半世紀以上前に生まれた旋律の中へ自然に溶け込んでいます。
華やかさや力強さで引きつけるのではなく、聴き手を日常から遠い場所へ連れ出していく。その独特の余韻に惹かれ、第5位に選びました。
超訳
小さな雀でもいい、這うだけの命より空を選ぶ。
打ち込まれる釘ではなく、この手で運命を打ち鳴らしたい。
大地に縛られ、悲しい声を残すくらいなら、白鳥のように彼方へ。
舗道に閉じ込められるより、森となり、足もとに大地を感じていたい。
🎥まずはいつものように、YouTubeの公式動画をご覧ください。
Simon & Garfunkel「El Condor Pasa (If I Could)」
曲名:コンドルは飛んでいく(El Condor Pasa[If I Could])
アーティスト:サイモン&ガーファンクル
作曲:ダニエル・アロミア・ロブレス
編曲:ホルヘ・ミルヒベルグ
英語詞:ポール・サイモン
器楽演奏:ロス・インカス
動画形式:公式オーディオ
公開:サイモン&ガーファンクル公式YouTubeチャンネル
2行解説
1913年にペルーで生まれた旋律に、ポール・サイモンが自らの生き方を求める英語詞を重ねた名曲です。
ロス・インカスの素朴な演奏と抑制された歌声が、束縛から離れたいという思いを静かに伝えます。
Leo Rojas「El Condor Pasa」
曲名:コンドルは飛んでいく(El Condor Pasa)
演奏:レオ・ロハス
作曲:ダニエル・アロミア・ロブレス
主な楽器:パンフルート
動画形式:公式ミュージックビデオ
公開:LEO ROJAS - official
著作権表記:© 2012 Sony Music Entertainment Germany GmbH
2行解説
レオ・ロハスのパンフルートが、アンデスの大地を渡る風とコンドルの飛翔を鮮やかに描き出します。
雄大な自然映像と哀愁を帯びた音色が一体となり、歌詞に頼らず旋律の魅力を伝える公式映像です。
アンデスから世界へ渡った『コンドルは飛んでいく』
1913年、ペルーの舞台作品から生まれた
『コンドルは飛んでいく』の原曲は、1913年にペルーの作曲家ダニエル・アロミア・ロブレスによって書かれました。
もともとは、同年に首都リマで初演された舞台作品、サルスエラ『El Cóndor Pasa』を構成する音楽の一つです。古くから作者不詳で歌い継がれてきた民謡そのものではなく、アンデス地方の伝統音楽を取り入れながら、明確な作曲者を持つ作品でした。
サイモン&ガーファンクルが作った曲ではない
二人の録音だけを聴いていると、ポール・サイモンが南米音楽の要素を取り入れて作った曲のようにも感じられます。しかし、この旋律は、彼らが取り上げる半世紀以上前から存在していました。

また、原曲は現在よく知られているパンフルート中心の器楽曲として生まれたわけではありません。舞台作品のための管弦楽として書かれた音楽が、さまざまな演奏家の編曲を経て、今日親しまれている形へ変化していったのです。
一つの旋律が国境と時代を越え、その土地ごとに新たな表現を与えられてきました。その歩みを知ると、この作品は単なるカバー曲ではなく、音楽が受け継がれ、姿を変えていく過程そのものを体現しているように思えます。
ロス・インカスとポール・サイモンの出会い
ポール・サイモンがこの旋律を知るきっかけとなったのは、フランスを拠点に活動していた南米音楽グループ、ロス・インカスでした。
サイモンは彼らの演奏に惹かれ、英語詞を書き加えます。完成した『El Condor Pasa (If I Could)』は、新たに一から伴奏を作り直したものではありません。ロス・インカスの器楽トラックを使用し、そこへサイモン&ガーファンクルの歌を重ねて制作されました。
ここで印象的なのは、アンデス音楽を二人のフォーク・サウンドへ強引に作り替えなかったことです。既存の演奏を生かし、その上へ言葉と声を加えることで、自分たちの作品として成立させています。
異なる文化から生まれた音楽を尊重しながら、新しい聴き手へ届ける。その距離感が、この録音に時代を越える力を与えた理由の一つだと僕は思います。
民族楽器の響きと、二人の歌声
笛と弦楽器が生み出す音像
冒頭で耳に入る笛の音は、都会のスタジオで整然と作られたポップスとは異なる空気を運んできます。奏者の息遣いを感じさせる響きが、音の向こうに広大な土地を想像させます。
そこへ細かな弦の音が加わり、一定の歩調を保ちながら主旋律を支えます。大きな音量や劇的な展開に頼らず、限られた要素によって豊かな奥行きを作っている点が、この編曲の魅力です。

羽ばたくのではなく、気流に乗って飛ぶ
僕がこの演奏から思い浮かべるコンドルは、激しく翼を動かして上昇する鳥ではありません。谷間から吹き上がる気流を捉え、ほとんど力を使わずに高度を上げていく姿です。
旋律も同じように、何かを強く訴えながら前進するのではなく、緩やかな流れに運ばれていきます。聴き手は曲を追いかける必要がなく、その流れに身を任せているうちに、いつもの場所から離れていきます。
歌声が演奏の前へ出すぎない
サイモン&ガーファンクルの魅力を語るとき、多くの場合、二人の美しいハーモニーが中心になります。しかし、この曲での声は、民族楽器による伴奏を押しのけて前面へ出ようとはしません。
言葉の輪郭を保ちながら、旋律の一部として穏やかに重なっていきます。感情を大きく盛り上げるのではなく、心の内にある思いを遠くへ送り出すような歌い方です。
もし力強く歌い上げていたなら、もっと直接的なメッセージソングになっていたでしょう。抑制された表現だからこそ、聴き手が自分の経験を重ねられる余白が残されています。
歌詞を知って見えてきた、もう一つの姿
雀とカタツムリ、槌と釘
長い間、僕はこの曲を、アンデスの雄大な自然を描いた歌として聴いていました。言葉の意味を理解せず、英語の響きそのものを音楽の一部として受け取っていたのです。
しかし、歌詞を知ることで、そこには風景描写だけでは収まらない人間の内面があることに気づきました。
歌の冒頭では、空を飛ぶ雀と地を進むカタツムリ、打つ側の槌と打ち込まれる釘が対比されています。さらに、白鳥と地上につながれた人間、森と舗道が並べられます。

これらは、どちらが優れているかを説明するための比喩ではありません。与えられた場所にとどまるより、自ら進む方向を選びたいという気持ちを、対照的な存在によって表しているように受け取れます。
穏やかな曲調の内側にあるもの
意味を知らなかった頃の僕にとって、この曲はどこまでも静かなものでした。ところが言葉の内容に触れると、その静けさの内側には、現在の生き方から抜け出したいという切実な思いが潜んでいるように感じられます。
押しつけられた役割を受け入れるのではなく、自分の意思で生き方を選びたい。歌詞からは、このような物語が見えてきます。
「必ず」ではなく「できることなら」
英語題には「If I Could」という言葉が加えられています。日本語にすれば、「もしできることなら」です。
ただし、歌詞の中では「きっとそうする」という言葉も繰り返されます。そこにあるのは、単なる諦めでも、迷いのない勝利宣言でもありません。実現の難しさを知りながら、それでも別の生き方を選びたいと望む気持ちです。
勇ましい宣言ではなく、胸に秘めた決意
だからこそ、声を張り上げない歌唱が、この詞によく合っています。淡々とした響きの中に、現実へのためらいと、それを越えたいという意志の両方が残るからです。
歌詞を知ったことで、僕の中にあったアンデスの景色が失われたわけではありません。その広がりの中へ一人の人間の心が加わり、曲に新しい側面が見えてきました。
『明日に架ける橋』に置かれた意味
壮麗な表題曲から一転する2曲目
アルバム『明日に架ける橋』は、アート・ガーファンクルの歌声が圧倒的な広がりを見せる表題曲から始まります。
その直後に置かれているのが、『コンドルは飛んでいく』です。壮麗なピアノとドラマティックな歌唱の余韻を受けながら、音楽は乾いた笛と弦の響きへ切り替わります。

この対照によって、アルバムの視界は一気に広がります。アメリカのフォークやポップスだけにとどまらず、異なる土地で育まれた音楽へ扉を開く配置です。
後年のポール・サイモンを思わせる視線
ポール・サイモンは後年、レゲエやゴスペル、南アフリカをはじめとする各地の音楽を、自らの作品へ取り入れていきます。
『コンドルは飛んでいく』を、その後の活動の直接的な出発点と断定することはできません。ただし、自分とは異なる文化の音へ関心を向け、そこに新しい言葉を結びつける姿勢は、すでにこの録音にも表れているように思えます。
既存の音楽を尊重しながら、自らの表現へ取り込む方法は、後年のポール・サイモンが世界各地の音楽家と共演していく姿にも通じています。
二つの公式動画で聴き比べる
サイモン&ガーファンクル版――言葉が描く内面
サイモン&ガーファンクル版では、英語詞が加わることで、旋律の中に一人の人間の思いが浮かび上がります。
民族楽器の演奏が遠い土地を想像させ、その中で歌が自らの生き方を選びたいという感情を伝える。外側の景色と内面の物語が同時に存在するところに、この録音ならではの魅力があります。

レオ・ロハス版――楽器が描く大地
一方、レオ・ロハス版には英語詞がありません。パンフルートが主旋律を担い、自然映像とともに、音楽が持つ雄大さと哀愁を直接伝えます。
歌によって意味を示されないため、聴き手は自由に情景を思い浮かべ、自分の記憶や感情を重ねられます。旋律そのものの強さを、より明確に味わえる演奏です。
歌としての魅力と、器楽曲としての強さ
二つの動画を聴き比べると、この曲が、言葉を持つ歌としても、器楽曲としても成立することが分かります。
サイモン&ガーファンクル版は、人間の内側にある思いを伝えます。レオ・ロハス版は、旋律が生み出す雄大な音像を前面に押し出します。
表現の方向は異なりますが、どちらにも共通しているのは、聴き手の視線を地上から空へ向ける力です。

なぜ第5位なのか
『コンドルは飛んでいく』は、サイモン&ガーファンクルが一から作曲した作品ではありません。そのため、二人の純粋なオリジナル曲と同じ尺度で順位をつけてよいのか、という見方もあるでしょう。
しかし僕にとって、この曲の価値は、旋律の最初の作者だけで決まるものではありません。
1913年にペルーで生まれた音楽、ホルヘ・ミルヒベルグによる編曲、ロス・インカスの器楽演奏、ポール・サイモンの英語詞、そしてサイモン&ガーファンクルの歌。それぞれが固有の役割を持ちながら、一つの録音を形作っています。
言葉が分からなくても心に届き、意味を知れば別の姿が現れる。何度聴いても一つの印象に閉じないところが、第5位に選んだ最大の理由です。
終わりに
『コンドルは飛んでいく』には、激しいリズムも、大きな声も、劇的な盛り上がりもありません。
それでも笛の音が始まると、いつもの景色は遠ざかり、見たことのない山々と空が浮かんできます。英語詞へ耳を向ければ、そこには与えられた場所から離れ、自分の意思で生きたいと望む人の姿も見えてきます。
ペルーで生まれた旋律が、多くの音楽家の手を経て世界へ渡り、サイモン&ガーファンクルの歌として今も聴かれている。その長い旅そのものが、この曲の美しさなのかもしれません。

僕にとって『コンドルは飛んでいく』は、空を進む鳥を思い描かせる曲であると同時に、地上に生きながら別の人生を望む人の歌でもあります。


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