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10月3日は、大澤誉志幸の誕生日です。
1957年10月3日、東京・高円寺生まれ。僕より一つ年上ですが、同世代の音楽家です。
1981年、ロックバンド「クラウディ・スカイ」のヴォーカル&ギターとしてデビュー。バンド解散後の1983年6月、EPIC・ソニーからソロ活動をスタートしました。
大澤誉志幸という人を、「そして僕は途方に暮れる」を歌った人とだけ紹介するのは、少しもったいない気がします。
シンガーであると同時に優れた作曲家でもあり、沢田研二、中森明菜、山下久美子、吉川晃司などへ楽曲を提供。中森明菜の「1/2の神話」、吉川晃司の「ラ・ヴィアンローズ」など、1980年代を彩った作品にも大沢の名前があります。

ソウルやR&Bを背景に持つメロディー、少しざらついた独特の歌声、そして当時の歌謡曲とはひと味違う都会的なサウンド。その個性を広く知らしめたのが、1984年の「そして僕は途方に暮れる」でした。
同曲は1984年7月10日発売の3枚目のアルバム『CONFUSION』に収録され、同年9月21日に5枚目のシングルとして発売。日清カップヌードルのCMに起用され、オリコン最高6位を記録するヒットとなりました。
作詞は銀色夏生、作曲は大沢誉志幸、編曲は大村雅朗。
華やかなヒット曲が次々と生まれていた1984年。その中でこの曲は、感情を大げさに表現するわけでも、劇的な別れを描くわけでもありません。それでも40年以上を経た今、タイトルを目にしただけで、あのメロディーが浮かんでくる人も多いのではないでしょうか。
超訳
君が選んだ別れなら、僕はその決意を受け入れるしかない。
それでも、君と過ごした時間や笑顔は、この部屋にも僕の心にも残り続ける。
季節が変わり、君が遠くへ行っても、その思いは簡単には消えない。
だから僕は、寂しさを抱えたまま、ひとり夕暮れの中を歩いていく。
💡 あわせて読みたい: 公式の原曲歌詞はこちら (外部サイトへ移動します)
まずはYoutube動画(公式動画)からどうぞ!!
日本語クレジット 大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」 作詞:銀色夏生/作曲:大沢誉志幸 音源提供:テイチクエンタテインメント 2行解説 別れを受け入れるしかない男の喪失感を、都会的で乾いたサウンドの中に閉じ込めた1984年の代表曲。 「そして僕は途方に暮れる」という一節が繰り返されるほど、行き場を失った心の静けさと孤独が深く残ります。
僕がこの曲を初めて聴いたのは・・・♫
| My Age | 小学校 | 中学校 | 高校 | 大学 | 20代 | 30代 | 40代 | 50代 | 60才~ |
| 曲のリリース年 | 1984 | ||||||||
| 僕が聴いた時期 | ● |
この曲を初めて聴いたのは、1984年のリリース時だと思います。社会人4年目。毎日があわただしく、仕事も遊びも一生懸命で、楽しく過ごしていた頃です。
どうも僕は、きれいに澄み切った声より、少しざらついた声質の方が好きなようです。先日紹介したGAOの『サヨナラ』も、まさにそうですね。
この曲を聴いた頃の具体的な光景までは思い出せません。当時の僕は26歳。忙しさに身を任せ、毎日が瞬く間に過ぎていった時期だったと思います。
「別れの歌」なのに、別れを説明しない
改めて歌詞を追ってみると、この作品の面白さが見えてきます。
描かれているのは、恋人らしき女性が部屋を出ていく場面です。しかし、なぜ二人が別れるのか、いつ関係が壊れたのか、二人のあいだに何があったのかは説明されません。

登場するのは、服、髪形、テーブル、雨のハイウェイ、部屋、窓といった身近なものです。銀色夏生の詞は「悲しい」「寂しい」と感情を直接説明するのではなく、目の前の光景から主人公の心情を想像させます。
「見慣れない服」が意味するもの
冒頭に置かれた「見慣れない服」という言葉が、まず印象に残ります。
昨日まで身近にいた人が、自分の知らない服を着て、髪を整え、出ていこうとしている。わずかな描写ですが、彼女がすでに主人公の知らない世界へ向かっていることを感じさせます。
一方、テーブルの上はそのままです。二人の生活だけが途中で切断されたようにも見えます。
映画にするなら、泣き崩れる主人公を大写しにするのではなく、ドアが閉まったあと、使いかけのカップや読みかけの雑誌が残されたテーブルを映すような場面でしょう。

大事件を描かなくても、昨日までの日常が終わったことは伝わる。ここに、この歌詞の巧さがあります。
なぜ主人公は追いかけないのか
もう一つ気になるのは、主人公が彼女を追いかけないことです。
引き止めない。責めない。戻ってきてほしいとも言わない。それどころか、彼女が自分で選んだことなら大丈夫だと考えようとします。
しかし、相手の決断を受け入れようとするほど、自分の方が行き先を失ってしまう。
ここでタイトルの「途方に暮れる」が効いてきます。
怒りでも、号泣するような絶望でもない。何をすればよいのか分からず、どこへ向かえばよいのかも見つからない。そんな状態をタイトルそのものにしたところに、この作品の強さがあるのでしょう。

派手に盛り上がらないから、かえって忘れられない
メロディーにも、この歌詞とよく似た性格があります。
大きな起伏を次々につくり、サビで一気に爆発するタイプではありません。一定のリズムを保ちながら旋律が進み、同じ場所を何度も歩いているような感覚を生みます。
その繰り返しが、突然一人になった主人公の心理とよく合っています。現実を理解しようとしても頭が追いつかず、同じことを何度も考えてしまう。そんな人間の感覚に近いのかもしれません。
大村雅朗のアレンジが作った1984年の音
そして、この曲を考えるうえで欠かせないのが、編曲を担当した大村雅朗です。
松田聖子をはじめ、数多くのアーティストの作品を手がけた大村雅朗は、1980年代の日本のポップスを代表するアレンジャーの一人です。
「そして僕は途方に暮れる」にも、電子楽器を取り入れた80年代らしい音色があります。しかし、すべてを派手に鳴らすのではなく、淡々としたリズムの上に大沢誉志幸のハスキーな声を置く。その組み合わせが、この曲独特の温度を作っています。

1984年、日本のポップスが大きく広がった時代
この曲が発売された1984年は、日本の音楽シーンが実に華やかだった時代です。
松田聖子、中森明菜、チェッカーズ、サザンオールスターズ、安全地帯などがヒットチャートを賑わせる一方、シンセサイザーをはじめとする電子楽器も急速に普及。
ニューウェーブ、AOR、ソウル、ファンクなど、海外のさまざまな音楽から受けた刺激が日本のポップスへ取り込まれていきました。
大沢誉志幸は、その流れの中でも少し異色の存在だったと思います。
自ら歌う一方で、他の歌手へヒット曲を提供するメロディーメーカーでもあり、音楽的な背景にはR&Bやソウルがある。「そして僕は途方に暮れる」は、そうした複数の要素が無理なく一つになった作品です。
いわゆる昭和歌謡だけでは括れず、かといって洋楽のスタイルをそのまま持ち込んだわけでもない。1980年代半ば、日本のポップスが新しい音を次々と吸収していた時期を象徴する一曲ともいえるでしょう。
「凍てついたラリー」から生まれた代表曲
この曲には、興味深い制作エピソードも伝えられています。
もともとは「凍てついたラリー」という仮題で、他の歌手への提供を想定して作られた曲だったとされています。しかし最終的には大沢自身が歌うことになり、銀色夏生の詞と組み合わされて「そして僕は途方に暮れる」が誕生しました。
現在の完成形を知っていると、別の歌手のために作られた可能性があったことが不思議に思えます。このメロディーと大沢誉志幸の少しかすれた声が、それほど自然に結びついて聞こえるからです。
40年以上経っても古びにくい理由
1984年の作品ですから、音色を注意深く聴けば、当然その時代らしさはあります。それでも「昔のヒット曲」という枠だけには収まりません。
その理由の一つは、歌詞に時代を限定する道具がほとんど登場しないことです。
スマートフォンはもちろん、電話も手紙も出てきません。あるのは部屋、服、窓、雨、道路、そして去っていく人。1984年でも2026年でも成立する光景です。
もう一つは、物語に明確な結論をつけていないことです。

主人公は答えを見つけず、立ち直った姿も描かれません。大切な人がいなくなったという現実を前に、どうすればよいのか分からないまま曲は進んでいきます。
人の感情は、本来そんなにきれいに整理できるものではありません。その現実的な感覚が、時代を越えてこの曲を聴ける理由の一つなのでしょう。
そして、僕は1984年を思い出す
何十年も前の曲なのに、イントロを聴いた瞬間、その頃の街や仕事、乗っていた車、よく会っていた人まで思い出すことがあります。
僕にとって「そして僕は途方に暮れる」は、1984年と強く結びついた一曲です。社会人4年目。そして、この年の年末には結婚しました。
あれから40年以上が過ぎました。
当時の僕は、この歌をどこまで理解していたのでしょう。おそらく今ほど深く考えてはいなかったと思います。ただ、「なんだか格好いい曲だな」と感じながら聴いていたのではないでしょうか。
名曲とは、何十年経っても同じように聞こえる曲ではなく、聴く側が年齢を重ねることで、以前とは違ったものが見えてくる曲なのかもしれません。
10月3日、大澤誉志幸の誕生日。
今日は久しぶりに「そして僕は途方に暮れる」を、1984年の自分を少し思い出しながら聴いてみようと思います。


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