【6月3日】は、スージー・クアトロ(Suzi Quatro)の誕生日-『Can the Can』をご紹介! ―世界を挑発した「革ツナギの女王」によるロックンロールの極北

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【6月3日】はスージー・クアトロの誕生日!『Can the Can』に宿るロックの初期衝動

1950年6月3日、アメリカのミシガン州デトロイト。のちに世界のロックシーンを震え上がらせる一人の少女、スージー・クアトロはこの世に生を受けました。身長わずか150センチ強という小柄な体躯からは想像もつかない爆発的なエネルギーを放つ彼女は、まさに「ロックの化身」と呼ぶにふさわしい存在です。

彼女の代名詞とも言える伝説のシングル『Can the Can』がリリースされたのは、1973年5月のこと。当時、グラム・ロックの嵐が吹き荒れていたイギリスにおいて、この楽曲はチャートを猛烈な勢いで駆け上がり、全英1位を獲得しました。

その熱波は海を越えてオーストラリアや日本にも到達し、世界中で「クアトロ旋風」を巻き起こしたのです。特に日本では、当時のオリコン洋楽チャートでトップを独走。

男性中心だったハードロックの世界に、黒い革ツナギを身に纏い、自分よりも大きく見えるプレシジョンベースを低く構えた彼女が殴り込みをかけた衝撃は、音楽史におけるコペルニクス的転回といっても過言ではありません。

超訳

あんたの恋人は空を飛ぶワシ、でも周りには爪を隠したネコだらけ。
油断したら、女たちが彼をさらっていく。
だから黙って見ていないで、今すぐ彼をつかまえな。
捕まえられるうちに、缶に詰めるみたいに、自分のものにしてしまえ。

まずはYouTubeの公式ミュージックビデオからどうぞ!!

クレジット
スージー・クアトロ「キャン・ザ・キャン」公式ミュージック・ビデオ
作詞・作曲・プロデュース:マイク・チャップマン、ニッキー・チン
アーティスト:スージー・クアトロ
初出:1973年、RAK Records
2行解説
「キャン・ザ・キャン」は、スージー・クアトロの力強いベース演奏とヴォーカルを前面に出した、1970年代グラムロックを代表する楽曲です。この公式ミュージック・ビデオは、ロックにおける女性フロントマン像を印象づけた彼女の存在感を視覚的にも伝えています。
クレジット
スージー・クアトロ「キャン・ザ・キャン(ライヴ)」公式音源
収録アルバム:『Live and Kickin’』
アーティスト:スージー・クアトロ
権利表記:℗ Chrysalis Records Limited
リリース日:1977年1月1日
提供:Reservoir Media Management, Inc.
2行解説
「キャン・ザ・キャン(ライヴ)」は、スージー・クアトロの代表曲をライヴ演奏で収録した音源です。
スタジオ版よりも荒々しいバンドの勢いと、彼女のベース兼ヴォーカルの存在感が前面に出ています。

僕がこの曲を初めて聴いたのは・・・♫

My Age 小学校中学校高校大学20代30代40代50代60才~
曲のリリース年1973
僕が聴いた時期

僕がこの『Can the Can』を初めて聴いたのは、リリースから間もない中学三年生の時でした。当時、深夜放送から流れてきたあの力強いツインドラムのイントロを聴いた瞬間、背筋に冷たい火花が散るような戦慄を覚えたのを思い出します。

ラジオから流れてきたのは、およそ女性の歌声とは思えないほど鋭く、かつ重厚なシャウト。まさにハードロックの手本と呼ぶべき、地響きのように腹に響くベースの低音です。

テレビや雑誌のグラビアで目にした彼女の姿は、まさに未来から来た戦士のようでした。1973年という時代、ロックはまだ「男たちが汗を流して咆哮する聖域」という色合いが濃かったのですが、スージーはその聖域の扉を蹴り破り、誰よりもワイルドに、誰よりも美しく君臨していたのです。あの瞬間、僕たちの世代にとっての「カッコいい女性」の基準は、完全に彼女によって書き換えられてしまったのでした。

原始的ビートが炸裂する『キャン・ザ・キャン』の音楽構造

大地を揺らすツイン・ドラムの破壊力

『キャン・ザ・キャン』という楽曲を唯一無二のロック・アンセムに仕立て上げている最大の要因は、その聴き手の胸ぐらをつかむような圧倒的な音響構造にあります。曲の幕開けと同時に鼓膜へと襲いかかるのは、ジャングル・ビートを想起させる、重量級のツイン・ドラムが繰り出す打撃音です。

当時の洗練されつつあったポップスや、複雑なコード進行を多用するプログレッシブ・ロックへの対抗策であるかのように、この曲から緻密な装飾は徹底的に排除されています。

その代わりに配置されているのが、スージー自身が指先から繰り出す重厚なベースラインと、カミソリの刃のように鋭利なフェンダー・ギターの金属的なリフです。メロディーラインは直線的で、起伏を最小限に抑えた設計になっています。それはまるで、太古の戦士たちが戦場で打ち鳴らす太鼓のように、一定の激しい拍動のループによって、聴き手の本能を力ずくで覚醒させるエネルギーに満ちあふれているのです。

カタルシスを増幅させる「タメと解放」の設計

特筆すべきは、楽曲の中盤で用意されている劇的なブレイクの演出です。力任せに突っ走るハードロックであれば、そのまま音の壁で押し切ってしまうところですが、天才ソングライター・チームであるチン&チャップマンは、ここに緻密な罠を仕掛けました。それまで鳴り響いていた楽器群が一斉に息を止め、乾いた手拍子(ハンドクラップ)だけが鳴り響く瞬間が訪れるのです。

聴き手が思わず息を呑むその一瞬の静寂のなかで、スージーのハスキーボーカルが、次の爆発に向けてマグマのような熱量を充填させていきます。

ジャストのタイミングで彼女の鮮烈なシャウトとともに「Can the Can!」のキラーフレーズが炸裂した瞬間、堰を切ったようにすべての楽器が再び激流となってなだれ込みます。この、計算され尽くしたダイナミズムの対比があるからこそ、楽曲全体のスピード感と破壊力がより一層際立つのです。

「缶に缶を詰める」? タイトルに隠された前代未聞の言葉遊び

従来の女性像を打ち砕いた歌詞の世界観

この曲の真髄は、一見すると奇妙なタイトルと、その裏に隠された肉食獣のような歌詞の世界観にあります。

『Can the Can』というフレーズを初めて耳にしたとき、誰もが真っ先に「〜できる(可能)」という助動詞を思い浮かべたはずです。普通に考えれば「できることをやる」という意味に捉えるのが自然であり、「缶に缶を詰める」などという解釈は、日本語の感覚からするとあまりにも奇妙で回りくどいものに思えます。

しかし実は、これこそが作詞・作曲を手掛けたマイク・チャップマンによる、緻密に計算された前代未聞の「トリプル・ミーニング(言葉遊び)」だったのです。のちに彼は、このタイトルについて非常に痛快な種明かしを残しています。

英語の「can」には、お馴染みの助動詞のほかに、名詞の「缶」、そして動詞の「缶詰にする、閉じ込める」という意味があります。彼はこれらをパズルのように組み合わせました。

「同じ大きさの缶(Can)の中に、もう一つの缶(Can)を詰め込む(Can)ことなんて物理的に不可能だろう? それと同じで、外で遊び歩いていて、お前に落ち着く気のない男を、自分の型(缶)にはめて閉じ込めておくことなんて本来は不可能なんだよ。 つまり『ほとんど不可能』って意味さ。でも、フレーズの響きがとにかく最高だったから、リスナーが意味を理解できなくても全然構わないと思って付けたんだ」

つまり、劇中でスージーが叫ぶ「If you can, can the can」という歌詞は、「もしできるなら(If you can)、その男(the can)を缶の中に閉じ込めちまいな(can)」という、じつに男勝りでワイルドな命令形だったのです。

悲恋に咽び泣くような従来の女性像を根底から覆し、恋愛を「奪うか奪われるかの完全なサバイバル」として捉える冷徹な視点。大切な愛を、文字通り「缶の中に密封して鍵をかけ、誰の目にも触れさせない」とするタフでダイレクトなメタファーは、当時の若いリスナーにとって、炭酸飲料の缶を急激に開けたときのような、凄まじい爽快感をもたらしたのでした。(当時は英語の意味も分からずに聴いていましたが、たしかに爽快感はありましたね!)

捕食者として吼えるスージーの個性

男たちの欲望が渦巻くロック界というジャングルのなかで、自らベースという名の武器を構えて咆哮する彼女の姿は、既存のジェンダー観を完全に粉砕するものでした

自分の弱さをさらけ出して同情を引くのではなく、自らの手で獲物をハントし、死守するという強い意志。この媚びない、飾らない、精度高く研ぎ澄まされたパワフルな態度こそが、この曲を単なる一発屋のヒット曲から、ロック史における「女性解放のファンファーレ」へと押し上げた最大の要因なのです。

安易な甘えや妥協を一切許さず、ロックの衝動に真っ向から向き合うスージーの誠実さこそが、リリースから半世紀以上が経過した今なお、彼女のビートを色褪せさせず、僕たちの血を滾らせ続ける理由に他なりません。

1970年代前半のパラダイムシフトと「グラム・ロック」の熱狂

思想から視覚への大転換

この名曲『キャン・ザ・キャン』が世界の音楽チャートを席巻した1973年という時代は、日米英の音楽シーンにおいて、それまでの常識が根底からひっくり返るような劇的なパラダイムシフトの渦中にありました。

イギリスを中心とした洋楽シーンでは、T・レックスのマーク・ボランや、デヴィッド・ボウイ、さらにはスレイドやスウィートといった面々が先導する「グラム・ロック」が全盛期を迎えていました。

それは、1960年代後半を支配していた政治的なメッセージや、高尚な思想を語るシリアスなロックに対する、強烈なカウンター・ムーブメントでした。

きらびやかなラメ衣装、派手なメイクアップ、そして中性的な妖艶さ。ロックが重苦しい義務から解放され、より視覚的で、退廃的で、純粋なエンターテインメントへと先祖返りを果たしていくなかで、「小柄な女性が男顔負けのハード・ロックを叩きつける」というスージーの登場は、そのムーブメントの決定打となったのです。

日本の「クアトロ旋風」と過激なメディア戦略

一方、同時代の日本はどうだったでしょうか。昭和48年というこの年は、日本の音楽界にとっても激動の時代でした。歌謡界では山口百恵や桜田淳子、森昌子といった「花の中三トリオ」(僕と同じ年です)が鮮烈なデビューを飾り、フォーク界では井上陽水が歴史的名盤『氷の世界』をリリースした時期です。(井上陽水は現在Best30カウントダウン中です)

日本独自のポップス文化が急速に成熟していく一方で、洋楽に飢えていた当時の若者たちの前に現れたのが、スージー・クアトロでした。

日本のレコード会社は、彼女のファーストアルバムに『サディスティック・ロックの女王』という、センセーショナルで刺激的な邦題を与えて強烈なプロモーションを行いました。
さらに、間髪入れずにリリースされた『48クラッシュ』などのシングルとともに、彼女の黒革のジャンプスーツ姿を「SM的で過激な新しいロックの形」としてメディアに広くアピールしたのです。

その戦略は見事に功を奏し、彼女のセクシーさと野生味はまたたく間に拡散されました。しかし、日本の洋楽ファンが本当にノックアウトされたのは、そうした過激なビジュアルの奥底にある、本物の「ロックのダイナミズム」だったのです。

当時の日本の歌謡曲やお行儀の良いポップスとは対極にある、剥き出しの重低音。それがラジオの電波を通じてティーンエイジャーの皮膚から直接吸収され、日本中に空前絶後のクアトロ・ブームを作り上げていったのでした。

最後に:彼女が遺した偉大なる足跡

リリースから半世紀以上の歳月が流れた今でも、『キャン・ザ・キャン』が放つ原始的で野性的な輝きは、1ミリも濁っていません。彼女が黒い革ツナギで道を切り開いたからこそ、のちにジョーン・ジェットやザ・ランナウェイズ、さらには1980年代以降のガールズ・バンドの隆盛へと繋がる、一本の太い幹線道路が開通したのです。

日々の生活や退屈な日常に追われ、心が少し縮こまってしまった時、この曲の強烈なツイン・ドラムとスージーの獰猛なシャウトは、僕たちのなかに眠っているあの頃の初期衝動を力強く呼び覚ましてくれます。彼女の誕生日に寄せて、今夜は再びあの爆音のなかに身を投じてみようと思います。

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