ポール・マッカートニーの軌跡は、こちらから!
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第9位は『しあわせの予感(With a Little Luck)』です。
1978年3月23日、ウイングスは『しあわせの予感(With a Little Luck)』をシングルとして発表しました。その8日後となる3月31日に発売されたアルバム『ロンドン・タウン(London Town)』では、9曲目に収録されています。
アメリカでは1978年5月20日付のBillboard Hot 100で1位に到達し、翌週も首位を維持しました。前年には『夢の旅人(Mull of Kintyre)』がイギリスで200万枚を超える歴史的なヒットを記録していましたが、『しあわせの予感』では再びアメリカ市場でも大きな成功を収めます。
ただし、僕がこの曲を第9位に選んだ理由はチャート成績だけではありません。明るく親しみやすい旋律の中に、運任せとは少し違う、意外に能動的な考え方が隠れているからです。
超訳
少しの運が味方すれば、僕らならきっと乗り越えられる。
ほんの少し愛があれば、どんな困難だって二人で変えていける。
嵐に背を向ける柳のように、しなやかに前を向けばいい。
君と僕なら、できることに終わりなんてない。
あとはほんの少し、幸運の風が吹いてくれればいい。
まずは、YouTube動画(公式)をお聴きください。
動画クレジット 曲名:『With A Little Luck(しあわせの予感)』 アーティスト:Wings 作詞・作曲:Paul McCartney 収録アルバム:『London Town』 提供:Paul McCartney 公式YouTubeチャンネル YouTube公開:2013年2月27日 2行解説 1978年のアルバム『London Town』に収録され、全米1位を記録したウイングス後期の代表曲。 シンセサイザーとヴォーカル・ハーモニーが溶け合う柔らかな音像に、ポールらしい親しみやすい旋律が広がります。
「少しの幸運」が意味するもの
邦題の『しあわせの予感』は、この曲の明るさをよく伝える美しいタイトルです。一方、原題の「With a Little Luck」に目を向けると、中心にあるのは「幸せが訪れる」という結果ではなく、ほんの少し運が味方してくれればという発想です。
しかも歌の中にいる二人は、幸運が転がり込んでくるのを待ってはいません。うまくいかないことを立て直し、二人で力を合わせれば状況は変えられると考えています。タイトルの軽やかさに反して、意志の強さを持った歌なのです。
全部を幸運に任せる必要はない。
自分たちで進むための最後のひと押しだけ、運が味方してくれればいい。
柳が教える、もう一つの強さ
歌詞の中で面白いと思うのは、悪天候に背を向ける柳を持ち出しているところです。荒天を正面からねじ伏せる英雄ではなく、柳を例に選ぶところに、この歌の性格が表れています。

柳は強風に逆らって立ちはだかる木ではありません。風を受ければ枝はしなり、それでも折れずに残ります。ポールはそこから、力だけで押し切るのではない生き方を思わせる言葉へつなげています。
だから『しあわせの予感』は、単純な「頑張れば成功する」という応援歌ではありません。状況に応じて姿勢を変え、それでも二人で先へ進む。その柔軟さまで含めて肯定しているところに、僕はこの歌の面白さを感じます。
1978年を映す、シンセサイザーの響き
音楽面で真っ先に耳を引くのは、エレクトリック・ピアノとシンセサイザーです。
ポールはヴォーカルとベースに加え、エレクトリック・ピアノとシンセサイザーを担当し、リンダ・マッカートニーとデニー・レインのバック・ヴォーカルが重なります。

公式サイトも、この曲の特徴としてシンセサイザーとヴォーカル・ハーモニーの組み合わせを挙げています。『ジェット』や『バンド・オン・ザ・ラン』のようにロックバンドの力で押し出す曲とは異なり、鍵盤と電子音が曲の輪郭を作っているのです。
電子音なのに、温度がある
シンセサイザーを前面に置きながら、『しあわせの予感』には無機質な印象がありません。電子音がポールの旋律を覆うのではなく、その周囲でゆっくり動きながら、歌の明るさを広げています。
僕が特に好きなのは、音色が新しくなっても「歌えるメロディー」が中心から消えないところです。ポールは機材そのものの珍しさを聴かせるのではなく、新しい音を自分のポップ・ソングの中へ溶け込ませています。
アルバム版では中盤以降、シンセサイザーの存在感がさらに増していきます。ヴォーカルを中心に始まった曲が、いつの間にか鍵盤と電子音の流れへ移り、また歌へ戻る。その移り変わりが実に滑らかです。
5分46秒を、長く感じさせない
『ロンドン・タウン』に収録されたアルバム版は5分46秒あります。1970年代のヒットシングルとして考えれば、かなり長い部類に入る曲です。
それでも、長大な作品を聴いている感じはあまりありません。大きな転調や突然の場面転換を連発するのではなく、一つの音楽空間の中で鍵盤、声、シンセサイザーの比重を変えながら進んでいくためです。
勢いでゴールまで走る曲ではなく、少しずつ景色を変えながら進んでいく。その速度感こそ、『しあわせの予感』の心地よさなのでしょう。
カリブ海のヨットがレコーディング・スタジオになった
この曲には、音楽そのものに負けないほど興味深い制作背景があります。『ロンドン・タウン』のレコーディングでウイングスが向かったのは、アメリカ領ヴァージン諸島でした。
そこで使われたのが、ヨット「フェア・キャロル(Fair Carol)」です。船には24トラックの録音設備が持ち込まれ、通常のスタジオとはまったく異なる環境で制作が進められました。

『しあわせの予感』の基礎録音は1977年5月10日と12日にフェア・キャロルで行われ、その後、同年11月にロンドンのアビー・ロード・スタジオでオーバーダビングが施されています。
海の上で作られた音楽
船を録音場所に選んだことだけで、この曲の穏やかな響きを説明することはできません。ただ、制作風景を知ってから聴き直すと、鍵盤とシンセサイザーのゆったりした動きが、どこか水面の揺れを思わせるのも確かです。
閉ざされた録音室だけで作られた音とは違う環境に身を置きながら、ポールたちは当時としては新しい電子音を取り込んでいました。南国の開放感と機械的なシンセサイザーという、一見結びつきにくい二つが自然に同居しています。
『ロンドン・タウン』――ウイングスが再び3人になった時期
一方、バンドの内部では大きな変化が起きていました。アルバム制作の途中でギタリストのジミー・マカロックとドラマーのジョー・イングリッシュが相次いで離脱し、ウイングスは再びポール、リンダ、デニー・レインの3人を中心とする体制になります。

さらにリンダの妊娠も重なり、1977年に予定されていた活動計画は変更を余儀なくされました。
前年の「Wings Over the World Tour」で巨大な会場を回ったバンドは、絶頂期の編成をそのまま維持するのではなく、再び別の姿へ変わろうとしていたのです。
揺れていたバンドから生まれた、穏やかな肯定
興味深いのは、そうした時期に作られた『しあわせの予感』から、不安や緊張を前面に出した感じがほとんど聞こえてこないことです。
もちろん、バンド内の出来事をそのまま歌詞へ結びつけることはできません。それでも、編成が変わろうとしていた時期の曲が、困難を前にしても二人なら前へ進めるという方向を向いている。その対照には、どこか惹かれるものがあります。
「夢の旅人」の次に、アメリカで1位を奪った
1977年末の『夢の旅人』は、イギリスだけで200万枚を超える大ヒットとなり、当時の英国音楽史に残る記録を作りました。ところが、その成功の中心はイギリスでした。
その翌年、『しあわせの予感』は別の形で結果を出します。Billboard Hot 100で1978年5月20日付から2週連続1位。強烈なギターリフも、大規模なオーケストレーションも使わず、シンセサイザーと旋律を中心に据えたポップ・ソングがアメリカの頂点へ届きました。

同じ成功の設計図を使わない
ここまでのBest15を見ても、ポールの代表曲は一つの型に収まりません。
映画音楽として大胆な展開を見せる『死ぬのは奴らだ』、三つの異なるパートをつないだ『バンド・オン・ザ・ラン』、ベースと複数のヴォーカルが絡み合う『心のラヴ・ソング』。そして『しあわせの予感』では、シンセサイザーを主役級に置いた柔らかなポップスを作っています。
ヒットした曲の型をもう一度使えば安全だったはずなのに、ポールは別の音へ進む。僕が彼の作品を次々と聴きたくなる理由の一つは、そこにあります。
5分45秒から3分13秒へ――もう一つの『しあわせの予感』
『しあわせの予感』には、アルバムで聴ける約5分45秒のフル・バージョンとは別に、ラジオ向けに短く編集された「DJ Edit」があります。こちらは約3分13秒で、公式にも独立したバージョンとして残されています。
大きな違いは、フル版で印象的な中盤のインストゥルメンタル部分が大胆に省かれていることです。結果としてDJ Editは、メロディーとヴォーカルを中心にした、よりコンパクトなポップ・ソングとして聞こえます。
この二つを聴き比べると、フル版の良さがよく分かります。3分台にまとめても曲そのものは十分成立しますが、シンセサイザーがゆっくり広がっていく時間があることで、『しあわせの予感』独特の穏やかな流れが生まれているからです。
ヒット曲としての骨格はDJ Editでも見える。しかし、この曲らしい空気まで味わうなら、やはりアルバム版を通して聴きたくなります。

終わりに――幸運は、ほんの少しでいい
『しあわせの予感』という邦題には、これから良いことが起こりそうな明るさがあります。しかし原題と歌の内容をたどっていくと、ただ幸運を待つ曲ではないことが見えてきます。
二人で力を合わせる。状況が悪ければ立て直す。強い風が来れば、柳のように受け流す。そして、その先で少しだけ運が味方してくれればいい。
「With a Little Luck」――必要なのは、ほんの少しの幸運。

その控えめな言葉を、ポール・マッカートニーは親しみやすい旋律と1978年らしいシンセサイザーの響きに変えました。全米1位という結果以上に、僕にはその軽やかさと強さの同居が、この曲を今も新鮮に聴かせる理由だと思えるのです。

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