ポール・マッカートニーの軌跡は、こちらから!
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第7位は『アナザー・デイ』です
1971年2月19日に発売された『アナザー・デイ(Another Day)』は、ポール・マッカートニーにとってビートルズ解散後初のソロ・シングルです。
録音は『RAM』のセッションで行われましたが、同年5月に発売された『RAM』のオリジナル盤には収録されず、独立したシングルとして世に出ました。
ポールがソロ第1弾に選んだのは、大仰な再出発宣言ではありません。朝起きて身支度をし、職場へ向かい、コーヒーを飲み、一日を終える。描かれているのは、そんな名もない女性の暮らしです。

それでも反響は大きく、全英シングルチャートで2位、アメリカのBillboard Hot 100で5位を記録しました。ビートルズという巨大な存在を離れた直後、ポールは日常の小さな情景を題材にした作品で、ソロとして最初の大きなヒットを生み出したのです。
超訳
毎朝同じように身支度をして、同じ職場へ向かう彼女。
変わり映えのない一日の中で、ふと耐えられないほどの孤独に襲われる。
夢見た誰かが現れても、そばにいるのはほんの束の間。
そしてまた朝が来る――今日もただの「いつもの一日」が始まる。
まずは、YouTube動画(公式)をお聴きください。
ポール・マッカートニー「アナザー・デイ」(1993年リマスター) 作詞・作曲:ポール・マッカートニー、リンダ・マッカートニー ℗ 1993 MPL Communications Inc/Ltd 提供:Universal Music Group 公式YouTube音源 2行解説 1971年に発表された、ポール・マッカートニー初のソロ・シングル。 軽快で親しみやすい旋律とは対照的に、日々の暮らしの中で孤独を抱える女性を描いた作品です。
「何も起こらない一日」を歌にする
『アナザー・デイ』には、大きな事件がほとんど起こりません。主人公は朝に髪を濡らし、身支度を整え、仕事へ向かいます。職場では書類に囲まれ、休憩にはコーヒーを飲む。描写されるのは、どこにでもありそうな生活です。
ポールが巧いのは、その平凡さ自体を物語にしてしまうところでしょう。生活は滞りなく続いているのに、本人の心まで満たされているわけではない。外から見える暮らしと、本人だけが知っている感情の間に、静かな隔たりがあります。

「Another Day」は希望の言葉ではない
「Another Day」は直訳すれば「また別の一日」「もう一日」といった、ごくありふれた言葉です。しかし、この曲では新しい朝への期待よりも、昨日と似た今日がまた始まる感覚のほうが強く伝わってきます。
暮らしは何事もなく進んでいく。
けれど、その内側にある寂しさまでは誰にも見えない。
タイトルの簡潔さは、主人公の生活そのものにも似ています。特別な名前を与えられない一日が、今日もまた一つ積み重なっていく。その反復が、この曲に独特の切なさを与えています。
明るいメロディーが、物語をさらに切なくする
歌詞の内容だけを見れば、もっと沈んだ曲調でも不思議ではありません。ところが『アナザー・デイ』は軽快です。アコースティックギターを軸にした演奏はよく弾み、ポールとリンダの声も柔らかく重なります。
耳に残る「ドゥ・ドゥ・ドゥ」というコーラスまであり、一聴すると親しみやすいポップ・ソングです。だからこそ、主人公が抱えている寂しさとの落差が際立ちます。
悲しい人物を、悲しい音だけで描かない。そこに、この曲の巧妙さがあります。
明るい旋律の中を女性が淡々と歩いているからこそ、聴き手は彼女の心に潜むものへ自然に目を向けることになるのです。
夢見た男性が現れても、結末は変わらない
途中で、彼女が待ち望んでいた男性が現れます。普通のラヴ・ソングなら、ここから物語は幸福へ向かうところでしょう。

しかし彼はそばにいるものの、翌日には去ってしまいます。誰かが現れれば自分の生活が変わるかもしれない――そんな期待さえ長く続かず、彼女は再び元の暮らしへ戻っていくのです。
だから『アナザー・デイ』は、単純な失恋歌とは少し違います。恋が終わったことよりも、ほんの一瞬だけ変わりかけた日常が、再び元の形へ戻ってしまう。その構造のほうが、僕には強く残ります。
『エリナー・リグビー』から約5年――もう一人の孤独な女性
『アナザー・デイ』を聴いて、『エリナー・リグビー』を思い浮かべる人は少なくないでしょう。1966年の『エリナー・リグビー』でも、ポールは一人の女性を通して孤独を描いていました。
ただし、二人が置かれている場所は大きく違います。エリナー・リグビーには、社会との接点そのものが薄れてしまったような寂しさがあります。一方、『アナザー・デイ』の女性は職場へ通い、人々に囲まれて働いています。
人に囲まれていることと、一人ではないことは同じではない。
『アナザー・デイ』では、その違いが日常の動作を通じて描かれます。孤独を直接説明するのではなく、一人の女性を一日追いかけることで見せる。そこには、短編小説のような人物描写があります。
初のソロ・シングルに、この曲を選んだ面白さ
1970年、ビートルズが事実上の解散状態となったあと、世界は当然のようにポールの次の一手へ注目していました。すでにソロ・アルバム『McCartney』を発表していましたが、シングルとしての第一作が『アナザー・デイ』です。
その立場を考えれば、もっと華々しく「新しいポール・マッカートニー」を宣言する曲を選んでもおかしくありません。ところが実際に登場したのは、自分自身について歌う作品でも、ビートルズ時代を振り返る作品でもありませんでした。
主人公は、名前すら明かされない一人の女性です。世界中から自分の再出発を注目されていた人物が、その最初のシングルで自分ではない誰かの一日を描いた。僕は、その選択にポールらしい作家性を感じます。

『RAM』セッション初日に録音が始まった
『アナザー・デイ』の基礎録音は、1970年10月12日、ニューヨークのCBS Studiosで行われました。この日は『RAM』の本格的なセッションが始まった日でもあります。
当時のポールには固定したバンドがなく、オーディションを経てドラマーのデニー・シーウェル、ギタリストのデヴィッド・スピノザを迎えました。
ポールはアコースティックギターとガイド・ヴォーカル、シーウェルはドラム、スピノザはギターを担当し、その後さらにオーバーダビングが重ねられています。
シーウェルはのちにウイングスの初期メンバーになります。つまり『アナザー・デイ』は、一枚のヒット・シングルであると同時に、ビートルズという4人組を離れたポールが、新しい演奏者と音楽を組み立て始めた時期の記録でもあるのです。
ポールとリンダ――1970年代へ続く新しい組み合わせ
作詞・作曲には、ポール・マッカートニーとリンダ・マッカートニーがクレジットされています。リンダはバック・ヴォーカルにも参加し、二人の声の組み合わせは、このあと『RAM』、さらにウイングスへと受け継がれていきます。
ビートルズ時代のポールには、ジョン・レノンという長年の共同制作者がいました。
しかし解散後、その関係を別の人物で再現するのではなく、ポールはリンダとともに自分たちなりの音を作り始めました。

後年の完成されたウイングスを知ってから振り返ると、その出発点の一つが『アナザー・デイ』だったことが分かります。
楽曲そのものだけでなく、誰と音楽を作るのかという面でも、ここには新しい時代への入口がありました。
リンダとの共作クレジットが訴訟へ発展
ところが、ポールとリンダの共作クレジットは、音楽だけの問題では終わりませんでした。
1971年7月、ノーザン・ソングスとマクレン・ミュージックは、『アナザー・デイ』などでリンダを共同作者としてクレジットしたことが、ポールとの契約に反すると主張して訴訟を起こします。
当時のポールは、ビートルズ解散をめぐる法的問題と並行して、楽曲出版や契約をめぐる複雑な状況にも置かれていました。
その時期に、最初のソロ・シングルへ「ポール・アンド・リンダ・マッカートニー」という作者名を掲げたことは、その後の活動を考えるうえでも象徴的です。
親しみやすい『アナザー・デイ』の音からは想像しにくいのですが、作品の背後では、ビートルズ時代から新しい活動へ移るための現実的な摩擦も起きていたのです。
なぜ僕は、この曲を第7位に選んだのか
『アナザー・デイ』には、『死ぬのは奴らだ』のような劇的な展開も、『バンド・オン・ザ・ラン』のような構成上の驚きもありません。それでも僕は、この曲を第7位に選びました。
理由は、聴き終えたあとに一人の女性の姿が残るからです。朝の身支度、ストッキング、レインコート、書類、コーヒー、夕方の職場。ポールは抽象的な言葉を重ねず、具体的な生活用品や行動を並べて人物を形にしています。

メロディーメーカーとしてのポールは、もちろん素晴らしい。しかし『アナザー・デイ』を聴くと、わずか数分のポップ・ソングの中で、聴き手に一人の人物を想像させる作家としての力にも改めて気づかされます。
終わりに――「いつもの一日」の中にある物語
『アナザー・デイ』の主人公には名前がありません。どこで暮らし、どの会社で働き、なぜ一人でいるのか。ポールは多くを説明しません。
その代わりに見せるのは、一日の断片です。そこで描かれるものは1971年という時代に限定されず、今を生きる誰かの生活にも重なります。
外からは何事もなく見える一日にも、その人だけが知っている物語がある。
ビートルズ後、最初のソロ・シングルでポールが描いたのは、自分自身の再出発ではなく、一人の女性が過ごす「Another Day」でした。
軽やかな旋律を聴き終えたあと、その女性の姿がなぜか頭から離れない。僕にとって『アナザー・デイ』は、ポール・マッカートニーが優れたメロディーメーカーであると同時に、優れたストーリーテラーでもあることを実感させる一曲です。


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