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本文を読む前に、『悲しみをこらえて』の物悲しい世界観や記事全体の流れをつかみたい方におすすめです。
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第5位は、「悲しみをこらえて」です。
「悲しみをこらえて」は、阿久悠が作詞、森田公一が作曲・編曲を手がけた、森田公一とトップギャランの作品です。
シングル「想い出のピアノ」のB面として発表され、1977年3月21日発売のアルバム『想い出のピアノ』にも収録されています。
この曲が世に出たのは、「青春時代」が大ヒットしていた時期です。「悲しみをこらえて」は、その華々しい代表曲の陰に隠れ、広く知られる存在にはなりませんでした。
僕がこの曲を初めて聴いて最初に感じたのは、なんともいえない物悲しさです。強烈な一撃を与える歌ではないのに、聴き進めるほど、その感触がじわじわと深くなる。そして曲が終わったあとにも、すぐには消えてくれません。
「悲しみをこらえて」という題名が示すとおり、ここにいるのは、感情をあらわにする人ではありません。胸の内に抱えたものを、自分だけで受け止めようとする人です。

超訳
悲しみは、誰かに見せるものではない。
こぼれそうな涙をこらえながら、ひとり心の中にしまっておく。
忘れようとしても、消えてくれない想いがある。
それでも僕は、何事もなかったように歩いていく。
まずは、森田公一が歌う『悲しみをこらえて』をお聴きください。
(※公式動画ではないため、画像にリンクさせています。画像をクリックしてお聴きください)

クレジット
森田公一とトップギャラン「悲しみをこらえて」
作詞:阿久 悠
作曲・編曲:森田公一
収録:シングル「想い出のピアノ」B面
2行解説
阿久悠の切ない詞を、森田公一の哀愁を帯びた旋律で包んだ「想い出のピアノ」のB面曲。
感情をあらわにしない歌唱が、曲全体に漂う物悲しさをいっそう深くしています。
「こらえて」という言葉
この曲について考えると、やはり題名に戻ってきます。
阿久悠が選んだのは、単に「悲しみ」を示す題名ではなく、「悲しみをこらえて」でした。この「こらえて」という一語によって、感情だけではなく、その感情を抱えている人間の姿まで浮かび上がってきます。
表に出さないことで、かえって見えてくるもの
つらさを誰かに訴えることもなく、言葉にもせず、自分の中で受け止めようとする。この抑制こそが曲全体の物悲しさを決めているように思えます。
感情を激しく表現すれば、その瞬間のつらさは伝わりやすい。しかし「こらえる」という行為には、外からは見えにくい時間があります。何事もなかったように振る舞いながら、その内側では気持ちの整理がついていない。

感情の行き場が見つからない
僕がこの歌から感じるのは、気持ちがどこかへ向かって動き出す感覚ではありません。抱えているものを整理できないまま、時間だけが進んでいくように聞こえます。
人間の心は、出来事が終わったからといって、そこで区切りがつくわけではありません。頭では過去になったと分かっていても、感情だけが取り残されることがあります。
「悲しみをこらえて」には、そんな行き場を失った心があるように感じます。だから、聴き終えてもすっきりしない。その割り切れなさまで含めて、この曲の魅力なのでしょう。
森田公一の旋律がつくる寂寥感
この曲を僕がこれほど物悲しいと感じる大きな理由が、メロディーそのものにあります。
劇的な盛り上がりで強く引っ張るのではなく、どこか低いところを漂うように進んでいく。聴き始めて間もなく、この歌が持つ独特の空気に包まれます。
晴れていかない感覚
曲が進んでも、景色が晴れていかない。そんな心細さがあります。

とりわけ印象的なのは、音の運びと題名の「こらえて」がよく馴染んでいることです。気持ちが一気に噴き出すところをつくらず、張りつめたものを抱えたまま先へ進んでいく。
そのため、聴いているこちらも簡単には気持ちをほどくことができません。
大げさにしないから、深く届く
悲しさを強調する派手な仕掛けはありません。それでも僕には、かなり物悲しく聞こえます。音楽の側から答えを押しつけられないため、自分自身の記憶や経験を重ねることができるのでしょう。
悲しみを説明するのではなく、その中にそっと連れていかれる。
この感覚が、僕にはたまらなく魅力的です。
歌声が生むリアリティ
そして、メロディーと同じくらい印象に残るのが、森田公一自身の歌唱です。
声量や技巧を誇示することなく、淡々と言葉を運んでいく。その佇まいが、「悲しみをこらえて」という作品によく似合っています。
歌い手が前へ出すぎない
この声に、上手に聴かせようとする意識をあまり感じません。自分で作った曲の中にすっと入り込み、必要な言葉だけを届けているように聞こえます。

その控えめな存在感によって、意識は歌い手自身よりも、歌の中にいる人物へ向かっていきます。
胸の内をぽつりと語るように
主人公を演じているというより、一人の男が胸の内をぽつりと語っている。僕には、そんなふうに聞こえます。声を張ることも、情感を必要以上にまとわせることもない。それなのに、そこにいる人物の姿が妙に近く感じられる。
言葉にできないものを抱えた人の声。
この歌には、それくらい素朴な響きの方が似合うのだと思います。
阿久悠の言葉と音楽が重なるところ
今回のminiBest7を進めながら、僕は阿久悠との組み合わせを何度も意識しました。詞の中ですべてを説明してしまわない。そのため、言葉の向こう側にあるものを想像したくなります。
言葉だけで完結させない
人間の心を細部まで書き込めば、物語は分かりやすくなります。しかし、この歌には言い切らないところがある。その部分をメロディーと声が受け取っています。
阿久悠が書いた言葉に曲がつき、それを作曲者自身が歌う。それぞれが別々に自己主張するのではなく、一つの世界へ自然に収まっているところがいい。

三つが重なって生まれるもの
詞だけを追っていたのでは感じられないものがあり、メロディーだけでも届かないところがある。そこに飾り気のない声が加わって、この作品独特の温度が生まれています。
詞、曲、歌唱のどこか一つが目立つのではなく、三つが重なったときに初めて、この歌らしさが見えてくる。
僕が何度も聴きたくなった理由も、そこにあるのでしょう。
「青春時代」の大ヒットに続く時期に
「悲しみをこらえて」が発表されたのは、「青春時代」で森田公一とトップギャランの名前が広く知られた時期と重なります。
1976年8月21日に発売された「青春時代」は、翌1977年のオリコン年間チャートで第2位となり、彼らを代表する一曲になりました。
B面にあった一曲を、いま聴き直す
その大ヒットに続く時期に「想い出のピアノ」が発表され、「悲しみをこらえて」はB面に収められました。
代表曲の存在が大きくなるほど、僕たちはその一曲でアーティスト全体の印象を作ってしまいがちです。しかし作品を辿っていくと、そのイメージには収まりきらない歌に出会います。
A面・B面から離れて聴ける時代
当時のレコードでは、A面とB面には明確な位置づけがありました。けれども半世紀近くたった今、僕たちはその序列から離れ、一曲ずつ同じように再生できます。

発売当時の知名度や売上をいったん横に置き、自分の耳で選び直せる。昔の作品をあらためて辿る面白さは、こういうところにもあります。
僕が第5位に選んだ理由
最初から「これは上位に入る」と決めていたわけではありません。ところが何度か聴くうちに、ふと頭に浮かび、また再生している自分がいました。
目立たないのに、忘れにくい
目立たないのに、忘れにくい。
僕にとって、これは音楽を長く聴き続けるうえで大切な感覚です。第一印象の強さよりも、時間がたってからもう一度聴きたくなる。その積み重ねによって、自分の中で存在が大きくなる曲があります。
「悲しみをこらえて」は、まさにそういう一曲でした。
そして何度か聴き返した末に、今回のminiBest7では第5位に置くことにしました。
終わりに


最初に耳をとらえたのは、曲全体を覆う物悲しさでした。
聴き重ねていくと、その正体が少しずつ見えてきます。「こらえて」という言葉、沈み込むようなメロディー、飾り気のない声。それらが無理なく結びついていました。
胸の内にしまったものは、大きな声で語らないからこそ伝わることがある。
僕にとって「悲しみをこらえて」は、以前から心に残っていた好きな曲です。今回あらためて向き合ってみると、なぜ惹かれてきたのかが、少し分かったような気がします。
静かで、物悲しく、どこか心から離れない。
聴き終えたあとも、その感触がしばらく胸の中にとどまる。僕にとって「悲しみをこらえて」は、そんな歌です。


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