ポール・マッカートニーの軌跡は、こちらから!
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第1位は、ポール・マッカートニー&ウイングスの『マイ・ラヴ(My Love)』です。
1973年3月23日にシングルとして発売され、同年4月30日発表のアルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』にも収録されました。
アメリカではビルボード・ホット100で4週連続1位、イギリスでは9位を記録。ウイングスにとって初の全米ナンバーワン・シングルとなり、ポールのソロ時代を代表するラヴソングの一つになりました。

ただ、僕がこの曲を第1位にした理由は、チャートの数字だけではありません。
実を言えば、中学生だった僕に純粋な好みだけを尋ねたなら、『ジュニアーズ・ファーム』と答えていたと思います。それでも15曲を最後まで並べたとき、頂点には『マイ・ラヴ』を置きたくなりました。
そこには楽曲としての完成度だけでなく、この歌と結びついた中学生時代の記憶、そしてポールとリンダが歩んだ時間があります。
超訳
離れていても、僕の心はいつだって君のそばにある。
何もないように思える時でも、君がいれば大切なものは見つけられる。
さよならなんて必要ない――僕たちの愛は、言葉にしなくてもわかっているから。
僕の心を開く鍵を持っているのは、ただ君だけ。
君への愛が、僕を幸せにしてくれる。
まずは、YouTube動画(公式)をお聴きください。
共通クレジット
曲名:マイ・ラヴ
アーティスト:ポール・マッカートニー&ウイングス
作詞・作曲:ポール・マッカートニー、リンダ・マッカートニー
収録アルバム:『レッド・ローズ・スピードウェイ』(1973年)
オリジナル録音:1973年1月、アビー・ロード・スタジオ 第2スタジオ
YouTube:ポール・マッカートニー公式チャンネル
動画① 「ポール・マッカートニー&ウイングス ― マイ・ラヴ(オフィシャル・ミュージック・ビデオ)」 公開:2023年3月23日 映像:オフィシャル・ミュージック・ビデオ/4Kリマスター 監督:ミック・ロック 音源:1973年オリジナル・スタジオ録音 2行解説 1973年の『マイ・ラヴ』を、ミック・ロックが手がけた映像とともに楽しめる公式ミュージック・ビデオです。 ポールの歌声とヘンリー・マカロックの印象的なギターを、スタジオ版ならではの繊細な音像で味わえます。
動画②「『マイ・ラヴ』―『ロックショウ』より」
公開:2013年6月10日
映像:コンサート映画『ロックショウ』より
収録:1976年「ウイングス・オーヴァー・ザ・ワールド・ツアー」
会場:キングドーム(シアトル)
演奏メンバー:ポール・マッカートニー、リンダ・マッカートニー、デニー・レイン、ジミー・マカロック、ジョー・イングリッシュ
2行解説
1976年のウイングスを捉えた『ロックショウ』からのライヴ映像で、巨大な会場を包み込むポールの歌唱が印象的です。スタジオ版とは異なり、ジミー・マカロックのギターを含むツアー・バンドならではの厚みとスケールを楽しめます。
『マイ・ラヴ』に重なる二つの愛
一人の少年の恋と、中学生だった僕
この曲を聴くと、僕は中学生の頃の音楽仲間、佐藤君を思い出します。彼には、同じクラスの「ひろえ」ちゃんという大好きな女の子がいました。
その思いは、そばにいた僕にもわかるほど一途でした。そして佐藤君が大好きだった曲が『マイ・ラヴ』。いつの間にか僕の中で、彼の恋とこの歌は切り離せないものになっていました。

何か劇的な出来事があったわけではありません。それでもピアノが静かに鳴り、ポールの歌が始まると、当時の教室や友人たちの姿がふっと戻ってきます。
音楽は、ときに曲とは直接関係のない人や風景まで記憶の中に保存します。
『マイ・ラヴ』は僕にとって、1973年の名曲であると同時に、中学生だった頃の空気まで連れてくる一曲なのです。
ポールがリンダへ歌った、迷いのない愛
その一方で、『マイ・ラヴ』の出発点には、もちろんポール自身の愛があります。ポールはこの曲を、リンダとの初期の日々に書いた彼女へのラヴソングだったと振り返っています。
描かれている感情に、複雑な仕掛けはありません。離れていても心は相手のそばにあり、その存在を疑わない。「僕にはこの人がいる」という確信を、まっすぐ歌っています。

甘さが弱点にならない理由
これほど正面から愛を歌えば、ともすれば甘すぎる曲になりかねません。しかし『マイ・ラヴ』には、妙な照れや言い訳がありません。
理屈を重ねて愛を説明するのではなく、信じているという事実そのものを歌う。その迷いのなさが、むしろこの曲の強さになっています。
名バラードを決定づけた、演奏の力
ヘンリー・マカロックのギター・ソロ
『マイ・ラヴ』を、美しいだけのバラードで終わらせなかった最大の要素が、ヘンリー・マカロックのギターです。
1973年1月、アビー・ロード・スタジオ第2スタジオでの録音では、バンドとオーケストラが同時に演奏する方法が採られました。通常なら後から重ねることもできるオーケストラを、バンドと一緒に録る。失敗すれば全体に影響する、緊張感のあるセッションでした。
その本番直前、マカロックはポールに、用意していたものとは別のギター・ソロを試したいと申し出ます。ポールはその提案を受け入れました。

そこでマカロックが弾いたフレーズが、そのまま僕たちの知る『マイ・ラヴ』のソロになりました。
端正なバラードに入り込んだ「もう一つの声」
あのギターが入った瞬間、曲の表情が変わります。華やかな技巧で圧するのではなく、ポールの歌に寄り添いながら、別の声が語り始めたように聞こえるのです。
短い演奏なのに、一音ごとに表情がある。歌の美しさを壊さず、それでいて自分の存在をはっきり残す。このソロなしに『マイ・ラヴ』を考えることは難しいでしょう。
ポールが受け入れた「予定外」
この逸話で僕が面白いと思うのは、名ソロが即興から生まれたことだけではありません。オーケストラまで待機し、録音直前まで準備が整った場面で、ポールが予定外の提案を受け入れたことです。
ポールが作った旋律に、マカロックがその瞬間に思いついたフレーズが加わる。作曲者の設計だけで完結せず、演奏者の判断が最後の一片を埋めたところに、バンドで音楽を作る面白さがあります。

1973年のスタジオと1976年のステージ
今回掲載した2本の公式動画を続けて見ると、『マイ・ラヴ』がスタジオ録音とライヴでどのように姿を変えるのかもよくわかります。
- 1973年のオリジナル音源――オーケストラとバンドが一体となり、ヘンリー・マカロックのギターが鮮やかな輪郭を与える。
- 1976年の『ロックショウ』――巨大なキングドームで、ツアーを重ねたウイングスがスケールの大きな演奏を聴かせる。
1976年版でギターを弾くのは、ヘンリーではなくジミー・マカロックです。メンバーもバンドとしての経験も変化した3年後のウイングスが、かつての録音をなぞるのではなく、その時点の自分たちの音として『マイ・ラヴ』を鳴らしています。
時間とともに意味を変えていった『マイ・ラヴ』
リンダを失ったあとも残った歌
1973年の『マイ・ラヴ』は、ポールが妻リンダへ向けた現在進行形のラヴソングでした。しかし1998年にリンダが亡くなったあとも、この曲がポールの音楽から消えることはありませんでした。
2002年のツアーでも演奏され、そのライヴ音源は『バック・イン・ザ・U.S.』に収録されています。同じメロディー、同じ言葉でも、1973年とリンダを失ったあとの演奏とでは、聴く側が受け取る意味は同じではありません。

歌は変わらなくても、人生が意味を加えていく
若い夫が妻へ歌った愛の告白が、長い歳月を経て、その人と過ごした時間まで感じさせる曲になった。
作品そのものは変わっていないのに、ポールの人生のほうが新しい意味を加えていったのです。
『マイ・ラヴ』が1973年だけに閉じ込められない理由は、そこにもあるのでしょう。発表当時の美しいラヴソングであると同時に、その後のポールの人生まで背負う一曲になりました。
それでも僕は『ジュニアーズ・ファーム』が好きだった
ここまで来ても、僕の中で『ジュニアーズ・ファーム』の魅力が薄れるわけではありません。ギター、ベース、ドラムが一斉に走り出すあのロックの感覚は、今でも僕にとって格別です。
だから今回の第1位は、「単純に一番好きな曲」を機械的に選んだ結果ではありません。
ポールとリンダの物語。ヘンリー・マカロックが残した名演。ウイングス初の全米ナンバーワン。そして、佐藤君と「ひろえ」ちゃんを思い出す僕自身の記憶。それらを一曲の中で考えたとき、『マイ・ラヴ』が最後に残りました。

終わりに――最後は、この壮大なバラードで
第15位から始めたポール・マッカートニー編。その最後を飾る曲として、僕は激しいロック・ナンバーではなく、この壮大なバラードを選びました。
中学生だった僕は、50年以上先にポールの15曲を選び、その第1位について文章を書く日が来ることなど知るはずもありませんでした。それでも当時聴いていた一曲が、友人の記憶まで伴って今ここに残っています。
僕にとって音楽の順位は、演奏技術や売上を足し合わせて決めるものではありません。どんな時代に聴き、誰の姿と結びつき、何十年たっても何が残っているのか。それも含めて選ぶからこそ、「僕の勝手なBest」なのだと思います。
そして第15位から続けてきたポール・マッカートニー編を締めくくるなら、最後はこの曲がいい。ポールがリンダへ向けた愛と、僕自身の半世紀を超える記憶。その両方に敬意を込めて、『マイ・ラヴ』を第1位とします。


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