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8月13日:イアン・ホーグランドの誕生日!
今日8月13日は、スウェーデンのロックバンドEuropeのドラマー、イアン・ホーグランド(Ian Haugland)の誕生日です。
1964年にノルウェーのストールスレット(Storslett)で生まれた彼は、生後8か月で家族とともにストックホルム郊外のメルスタへ移住しました。幼い頃から音楽に親しみ、8歳の頃にラジオでDeep Purpleの「Smoke on the Water」を聴いたことをきっかけにハードロックへ傾倒。Cozy Powellのドラミングにも強い影響を受けました。1984年夏、前任のトニー・レノに代わってEuropeへ加入しています。
今日の紹介曲:The Final Countdown
超訳
もう後戻りはできない。未来へ向かって飛び立つしかない。
この旅の先に何が待っているのかは誰にもわからない。
不安はある。でも希望を胸に、前だけを見て進んでいく。
地球への想いを抱えながら、運命の瞬間へ――最後のカウントダウン。
まずは、YouTube公式動画でお聴きください。
🎥 公式動画クレジット
曲名:The Final Countdown
アーティスト:Europe(ヨーロッパ)
公開元:Europe Official YouTube Channel
収録アルバム:『The Final Countdown』(1986年)
レーベル:Epic Records
📖 2行解説
1980年代を代表するEurope最大のヒット曲。
鮮烈なシンセサイザーとイアン・ホーグランドの力強いドラムが、壮大なスケールを作り上げています。
僕がこの曲を初めて聴いたのは・・・♫
| My Age | 小学校 | 中学校 | 高校 | 大学 | 20代 | 30代 | 40代 | 50代 | 60才~ |
| 曲のリリース年 | 1986 | ||||||||
| 僕が聴いた時期 | ● |
僕がこの曲を初めて聴いたのは、リリースされた1986年頃です。
当時、僕は会社の異動で北九州市の小倉にいました。
仕事も生活も落ち着き、前年には長女も誕生しています。平日は仕事をし、毎日のように麻雀を楽しみ、休日には家族で出かける。自分では何の不足も感じていなかった時期でした。もちろん、そんな生活がいつまでも続くわけではないのですが、その頃の僕にはまだ分かりませんでした。
Europeが北欧のバンドだということを意識するより先に、「ずいぶんスケールの大きな曲だな」と感じたことを覚えています。正直なところ、当時も今も、彼らの楽曲で僕がよく知っているのはこの曲くらいです。
何といっても強烈なのは、冒頭のシンセサイザーによるファンファーレです。数秒聴いただけで「あの曲だ」と分かるほど、強い印象を残すイントロではないでしょうか。
「The Final Countdown」はどのように生まれたのか
Europeの3枚目のスタジオアルバム『The Final Countdown』は、1986年5月26日にEpic Recordsから発売されました。アルバムは世界的な成功を収め、アメリカのBillboard 200でも最高8位を記録しています。

しかし、タイトル曲の原型はアルバム制作よりずっと前に生まれていました。ジョーイ・テンペストは1981年から1982年頃、後にEuropeのキーボーディストとなるミック・ミカエリから借りたKorg Polysixを使い、あの有名なキーボードリフを作っています。
一度聴けば忘れないシンセサイザー
「The Final Countdown」を決定づけているのは、やはり冒頭から鳴り響くシンセサイザーです。ただし、作曲時に使われたKorg Polysixの音をそのままレコードへ収録したわけではありません。
レコーディングでは、ミック・ミカエリがRoland JX-8PとYamaha TX-816の音を重ね、あの厚みのあるブラス系のサウンドを作りました。ハードロックのギターにシンセサイザーを大胆に組み合わせたことが、この曲を他の楽曲とはすぐに区別できる存在にしています。

しかも、この特徴的なリフをメンバー全員が最初から歓迎していたわけではありません。ギタリストのジョン・ノーラムは、シンセサイザーが前面に出たサウンドに当初違和感を持っていたことを後年振り返っています。それでもジョーイ・テンペストはこの曲を残すことにこだわり、結果としてEuropeを世界へ押し上げる一曲になりました。
イアン・ホーグランドのドラムワーク
これほどシンセサイザーが印象的な曲でありながら、「The Final Countdown」がロックとしての力強さを失わない理由の一つが、イアン・ホーグランドのドラムです。

派手なキーボードの裏側で、ホーグランドは安定したビートを刻みながら、フィルインやシンバルで曲の展開を押し上げていきます。シンセサイザーだけを取り出せば未来的な印象が強い曲ですが、ドラムとギターが加わることで、Europeらしいハードロックとしての骨格が生まれています。
ホーグランドがEuropeへ加入したのは1984年夏。「The Final Countdown」を収録したアルバムは、彼がEuropeの正式メンバーとして参加した最初のスタジオアルバムでもありました。世界的なブレイクを目前にした時期に加わり、その後のEuropeをリズム面から支える存在となっていきます。
David Bowieから広がった宇宙の物語
作詞作曲を担当したジョーイ・テンペストは、この曲の歌詞についてDavid Bowieの「Space Oddity」から影響を受けたことを語っています。
描かれているのは、地球を離れ、金星へ向かおうとする人々の物語です。しかし、そこにあるのは単純な冒険への期待だけではありません。旅立ちは同時に別れでもあり、再び地球へ戻れるのかどうかも分からない。壮大なサウンドの内側には、未知の場所へ進む不安が流れています。

この少し寂しさを含んだ物語と、あれほど華やかなシンセサイザーが同居しているところも、「The Final Countdown」の面白さでしょう。聴いた瞬間には高揚感が先に立ちますが、歌詞へ目を向けると、単純な祝祭の歌ではないことが分かります。
Europeを世界へ押し上げた一曲
1980年代ハードロックを象徴する世界的ヒット
Europeの音楽的な土台には、Deep Purple、Thin Lizzy、UFOなど、彼らが若い頃から聴いてきたブリティッシュ・ハードロックからの影響がありました。そこへメロディアスな曲作りとキーボードを大胆に加えたことで、Europe独自のサウンドが形作られていきます。

「The Final Countdown」は、その個性が最も分かりやすい形で結実した一曲でした。シングルは25カ国で1位を獲得し、イギリスでもチャート首位を記録。アメリカでもBillboard Hot 100でトップ10入りを果たし、Europeの名を一気に世界へ広げました。
40年を経ても消えないイントロの力
1986年の登場から40年。「The Final Countdown」は、Europeというバンドを知らない人でもイントロには聞き覚えがある、というほど広く浸透した楽曲になりました。

もちろん、その強烈な印象を作った最大の要素はシンセサイザーです。しかし、ギター、ベース、そしてホーグランドのドラムが加わらなければ、ここまで力強いロックナンバーにはならなかったでしょう。
誕生日の主役であるイアン・ホーグランドに注目して改めて聴くと、普段はあの有名なイントロに奪われがちな耳が、曲の土台を支えるドラムへ向かいます。

僕にとっては1986年の小倉で聴いた一曲。それが40年を経た今も、イントロが鳴った瞬間に分かる曲として残っています。「The Final Countdown」の大きなサウンドを足元から支えているイアン・ホーグランドの演奏にも、ぜひ耳を傾けてみてください。

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