今日バーブラ・ストライザンドの誕生日!
マルチな才能を発揮するアメリカの国民的アーティスト、バーブラとは?
ニューヨーク出身で、1942年4月24日生まれのバーブラ・ストライサンドは、女優・歌手・映画監督としてマルチな才能を発揮するアメリカの国民的アーティストです。1960年代に歌手として頭角を現し、卓越した歌唱力と表現力で数々のグラミー賞を受賞。映画『ファニー・ガール』でアカデミー主演女優賞を受賞するなど、舞台と映像の両分野でも活躍しました。芸術と社会的メッセージを両立する彼女の姿勢は、今も多くの人々に影響を与えています。
今日の紹介曲:『Woman in Love』:by BARBRA STREISAND【バーブラ・ストライザンド】
まずは、Youtube公式動画で楽曲紹介です。
✅ 公式動画クレジット:
Woman in Love (Official Audio) · Barbra Streisand
℗ 1980 Columbia Records, a division of Sony Music Entertainment
2行解説:
1980年リリースのアルバム『Guilty』収録曲。
バリー&ロビン・ギブ(Bee Gees)が書き下ろした、永遠のラブ・バラード。
僕がこの曲を初めて聴いたのは
My Age | 小学校 | 中学校 | 高校 | 大学 | 20代 | 30代 | 40代 | 50代 | 60才~ |
曲のリリース年 | 1980 | ||||||||
僕が聴いた時期 | ● |
この曲を始めて聴いたのは、学生時代のいつもの世田谷の小さなアパートだったと思います。
記憶が薄いのですが、ラジオかテレビで聴いたんでしょうね。
衝撃的な歌というより、耳障りがよくソフトで優しい歌なので、好きな一曲でしたね。
とにかく、優しく切々と男性を思う気持ちが伝わってきますね。
バーブラ・ストライサンドのことも少しは知ってましたが、そんな気興味を持っていたわけではありません。ただ、覚えているのは当時高田の馬場まで、彼女が主演の映画『追憶』(バーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォード共演による恋愛ドラマ。)を一人で観に行ったことですかね。
これ不思議なんですよ、今考えても。
僕は昔は一人で映画を見に行くなんてことはありませんでした。
かといって、誰かと一緒に行った記憶もない!! 何だったんでしょうね???。

世界を揺るがせた“愛の宣言”
1980年、音楽界においてひとつの象徴的な楽曲が誕生しました。バーブラ・ストライザンドが歌う『Woman in Love』。この曲は、リリース直後から世界各国でチャートの頂点を制し、彼女のキャリアにおいて最大のヒットのひとつとなりました。
その豊かな情感と緻密なサウンドは、単なるヒット曲を超え、1980年代のポップスの方向性を象徴する存在となったのです。
『Woman in Love』は、1980年9月に発表されたアルバム『Guilty』からのリードシングルです。作詞作曲はビージーズのバリー・ギブとロビン・ギブが担当し、プロデューサーとしてもバリーが大きな役割を果たしました。このコラボレーションによって誕生した同曲は、後にギブ兄弟がイギリスの権威あるアイヴァー・ノヴェロ賞「最優秀楽曲賞(Best Song Musically and Lyrically)」を受賞する評価にも繋がっています。
アルバム『Guilty』:親密さと洗練が融合した音の宇宙
『Woman in Love』を含む『Guilty』は、バーブラ・ストライザンドの作品群の中でも異色かつ最も商業的に成功したアルバムのひとつです。全世界で1,500万枚以上を売り上げ、1980年代の幕開けを飾るにふさわしい音楽的成果を記録しました。
アルバムジャケットには、白い衣装に身を包んだストライザンドとバリー・ギブが寄り添う姿が映し出されています。この象徴的な構図は、音楽的な親和性と同時に、リスナーとの距離を一気に縮める“親密さ”の象徴でもありました。タイトル曲『Guilty』では二人のデュエットが披露され、アルバム全体がビージーズらしいメロウな音像と、ストライザンドの劇的な歌唱表現で統一されています。

メロディの魔力と歌詞の情熱
『Woman in Love』の構成は、ドラマティックなイントロから始まり、リスナーを物語の中へと引き込みます。高低差のある旋律とストライザンドの広い音域が絶妙に重なり合い、切なさと情熱が同時に胸に迫る構成となっています。
印象的なサビでは、こんな言葉が歌われます。
I am a woman in love (私は恋する女)
And I’ll do anything (あなたを手に入れるためなら、どんなことでもする)
To get you into my world (あなたを私の世界に迎え入れ)
And hold you within (その腕の中で抱きしめたい)
It’s a right I’ll defend (それは私が守り抜く権利なの)
Over and over again (何度でも、繰り返し誓うの)
ここには、相手を想う気持ちを守り抜くという覚悟が込められています。特に “It’s a right I’ll defend” という一節は、恋する女性の力強さと、愛する自由への確信を感じさせます。感情の揺らぎと信念が共存するこの表現は、当時のリスナーにとって非常に新鮮な響きだったはずです。

ストライザンドの背景と、完成された「声の芸術」
バーブラ・ストライザンドは1942年、ニューヨーク・ブルックリンに生まれ、1960年代初頭からブロードウェイで注目を集め、音楽と映画で頭角を現しました。映画『ファニー・ガール』でのアカデミー賞受賞を皮切りに、『追憶』『スター誕生』などでの名演も加わり、アーティストとして多方面で評価を獲得します。
1980年当時、彼女は38歳。音楽的にも女優業でも頂点を極めていた時期でしたが、『Woman in Love』によって“純粋なポップソングの歌手”としても新たな評価を受けることとなります。この曲は、全米ビルボードチャートで3週連続1位を記録し、彼女にとって最後の全米1位シングルともなりました。
ビージーズとの融合がもたらした奇跡の響き
『Guilty』における最大の成功要因は、やはりビージーズとのタッグです。バリー・ギブは、自身の得意とするファルセットやハーモニーを多用せず、あくまでストライザンドのボーカルを主役に据えた音づくりを心がけました。このプロデュース姿勢こそが、曲全体の完成度を高めた要因といえるでしょう。
また、バリーが彼女に提供した他の楽曲群も、ソウルやアダルト・コンテンポラリーといったジャンルを横断する構成となっており、当時の“ジャンルを越える音楽制作”の先駆けとしても高く評価されています。

世界の音楽とともに動いた1980年
1980年は、音楽シーンの変化が加速していた時代です。ディスコミュージックが衰退し始め、ニューウェイブやポストパンク、さらにはシンセポップが台頭してきた過渡期でした。
そんな時代に『Woman in Love』は、過剰な演出に頼らない、洗練されたプロダクションと力強いボーカルで人々の心を掴みました。音楽が“過渡期の不安”を抱える人々にとって、癒しや情熱の拠り所であるべきことを、この曲は証明しています。
日本での反響と文化的交差
日本でもこの曲は大ヒットを記録し、「ウーマン・イン・ラブ」という邦題で親しまれました。ラジオや音楽番組で頻繁にオンエアされ、ストライザンドの名前は多くの家庭に広まりました。
当時の日本では、山下達郎、大滝詠一、竹内まりやらによるシティポップが洗練されたサウンドを展開しつつあり、洋楽との融合が進んでいました。そのような音楽的土壌において、ストライザンドの表現力は、日本のリスナーにとって“芸術的なポップス”の理想形として映ったのかもしれません。
音楽史に刻まれる楽曲として
『Woman in Love』は、ただのヒット曲ではありません。恋に生きる女性の情熱を、決して誇張せず、しかし一切の妥協もなく表現したこの曲は、時代を超えて評価され続けています。

アーティスト同士が互いの個性を活かしあい、1+1を遥かに超える成果を生んだ好例としても、音楽史において学ぶべきポイントが多い作品です。また、女性が感情や愛情を正面から歌うことが当たり前ではなかった時代に、それを堂々と表現したストライザンドの姿勢は、後に続くシンガーたちにとっての指標となりました。
まとめ:永遠に生き続ける“愛の声明”
『Woman in Love』は、ソングライティング、プロデュース、そして歌唱のすべてが極めて高い次元で融合した名曲です。40年以上を経た今もなお、色褪せることなく、新たな世代に愛され続けている理由は、そこに込められた“真実の感情”が普遍的であるからにほかなりません。
恋に生きることの美しさ、痛み、そして誇り。この一曲が持つ多面的な魅力は、これからも多くの心を揺さぶり続けるでしょう。
曲を初めて聴いたのは・・・♫
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