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今日10月9日は、ジョン・レノン(John Lennon)の誕生日
1940年10月9日、イギリス・リヴァプールに生まれたジョン・レノン。
ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターとともにビートルズの中心人物として活動し、1960年代のポピュラー音楽に巨大な足跡を残しました。
しかし、ジョンの音楽をビートルズ時代だけで捉えると、ジョン・レノンという音楽家の重要な一面を見落としてしまう気がします。
幼い頃から父アルフレッドとは離れて暮らし、母ジュリアとも生活を共にせず、伯母ミミに育てられました。成長して母との交流を取り戻しますが、1958年、17歳のときにジュリアを交通事故で亡くします。
世界的な成功を手にしても消えることのなかった家族への思い。その感情が、ビートルズ解散という大きな転換点を迎えた1970年、作品の中心へ現れます。

その象徴ともいえる一曲が、今回取り上げる『Mother(マザー/母)』です。
超訳
愛されたかった。必要とされたかった。
けれど、その願いは最後まで届かなかった。
だから僕は、過去に別れを告げようとする。
それでも心の奥の子どもは今も叫んでいる――「母さん、行かないで。父さん、帰ってきて」。
まずはYouTubeの公式音源をご覧ください。
公式音源クレジット
ジョン・レノン「マザー(母)」(2010 Remastered)
作詞・作曲:ジョン・レノン
ジョン・レノン:ピアノ、ヴォーカル/オノ・ヨーコ:ウインド/リンゴ・スター:ドラム/クラウス・フォアマン:ベース
プロデュース:ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、フィル・スペクター
アルバム『ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)』収録
音源:John Lennon 公式YouTubeチャンネル
【2行解説】
幼少期に経験した母との死別と父の不在。その痛みをジョン・レノンが真正面から歌った一曲。
静かな告白から最後の絶叫へ――『マザー(母)』には、彼が長く抱えてきた孤独と喪失が生々しく刻まれています。
僕がこの曲を初めて聴いたのは
| My Age | 小学校 | 中学校 | 高校 | 大学 | 20代 | 30代 | 40代 | 50代 | 60才~ |
| 曲のリリース年 | 1970 | ||||||||
| 僕が聴いた時期 | ● |
『マザー(Mother)』は、1970年に発表されたジョン・レノンの楽曲。ビートルズ解散後初のソロ・スタジオ・アルバム『ジョンの魂』のオープニングを飾り、アメリカではシングルとしても発売されました。
僕が初めて聴いたのは、中学校の音楽教室でした。
教室へ入ると、音楽担当の城野先生がレコードをかけました。記憶では、それが『ジョンの魂』だったと思います。オープニング曲ですから、レコードをかければ最初に流れてくるのが『Mother』です。
音響設備がどの程度のものだったのかは覚えていません。ただ、音楽教室だったこともあり、かなり大きな音で聴いた記憶があります。
静寂の中、重い鐘がゆっくりと鳴る。そして鐘が消えた直後、いきなりジョンの声で「Mother……」。

あの出だしの衝撃は、今でも強烈に残っています。
当時の僕は、ジョンの生い立ちも、このアルバムが作られた背景も知りませんでした。ビートルズの存在はもちろん知っていましたが、僕自身はリアルタイムで彼らを追いかけた世代ではありません。
それでも、「これは普通の歌ではない」と感じました。最後には歌という形さえ崩れそうなほど激しく母と父を呼び続ける。その声を聴いて、当時の僕が感じたのは、まさに「魂の叫び」でした。
何の予備知識もない中学生に、そこまで感じさせた。そのこと自体が、『Mother』という曲のすごさだったのだと思います。
1970年、ビートルズの終わりから生まれた『Mother』
『Mother』を収録した『John Lennon/Plastic Ono Band(ジョンの魂)』は、1970年12月11日にイギリスとアメリカで発売されました。ビートルズ解散後、ジョンが初めて発表した本格的なソロ・スタジオ・アルバムです。

『Mother』も同日、アメリカでアルバムからの最初のシングルとして発売され、B面にはオノ・ヨーコの『Why』が収録されました。シングル版はアルバム版より短く編集され、Billboard Hot 100では最高43位を記録しています。
アルバムは全英アルバムチャートで最高8位。数字だけを見れば、ビートルズ時代や後の『Imagine』ほど巨大な商業的成功ではありません。
しかし、この作品の価値はヒットの規模だけでは測れません。ビートルズという巨大な存在から離れたジョンが、自分自身の過去を正面から作品にしたからです。
なぜ『Mother』は、これほどむき出しなのか
1970年、ジョンとオノ・ヨーコは、心理療法家アーサー・ヤノフが提唱した原初療法(Primal Therapy)を受けていました。
ヤノフは、大人になってから抱える苦痛の根に、幼少期に抑え込まれた感情があると考えました。ジョンにとって、家族との関係はまさにそこへ直結する問題でした。
ただし、「原初療法を受けたからジョンが叫ぶようになった」と考えるのは正確ではありません。

ジョン自身、後年のインタビューで『Cold Turkey』の時点ですでに「痛み」について歌い、叫んでいたと説明しています。原初療法は新しい表現方法を与えたというより、彼が以前から抱えていた感情をさらに深く見つめる契機になった、と考えるほうが自然でしょう。
母ジュリアと、父アルフレッド
父アルフレッドは船員で、ジョンは幼少期から父と長く離れて暮らしました。母ジュリアとも同居せず、実際に彼を育てたのは伯母ミミとその夫ジョージでした。
成長するとジョンはジュリアとの交流を取り戻します。母は彼にバンジョーのコードを教え、ギターを買い与えるなど、音楽への入口にも関わりました。

ところが1958年7月15日、ジュリアは交通事故で亡くなります。
ジョンは17歳。母との関係を取り戻しつつあった時期の突然の死でした。
『Mother』というタイトルは短い。しかし、その一語の背後には、幼少期から青年期まで続いた複雑な家族関係が存在しています。
「Goodbye」と告げながら、最後には「行かないで」と叫ぶ
歌詞そのものは驚くほど簡潔です。難解な比喩を重ねるのではなく、母、父、子どもたちへ直接言葉を向けています。
最初に登場するのは母です。自分を産んではくれた。しかし、自分が求めた形では母を得られなかった。
続いて父へ向かいます。父は自分のもとを去った。それでも自分の側では父への思いを捨てられなかった。
そして三つ目では、視線が子どもたちへ移ります。自分と同じことを繰り返してはいけない、と呼びかけるのです。
ここで『Mother』は、単なる母親への歌ではなくなります。親との関係で負ったものを、次の世代へ持ち越したくないという意思まで含んだ作品になります。

前半と終盤で、感情が逆方向へ動く
この曲の構成で特に興味深いのは、前半と終盤の対照です。
前半のジョンは、母と父に「Goodbye」と告げます。過去に区切りをつけようとしているように聞こえます。
ところが、曲が進むにつれて、その決意は崩れていきます。最後に現れるのは、母に行ってほしくない、父に帰ってきてほしいという、極めて直接的な願いです。
世界的な名声を得た30歳のロックスターが、幼い子どものように両親を呼び続ける。
しかも、その声は反復するたびに激しくなります。最初は旋律の中に収まっていたヴォーカルが、次第に美しく歌うことより感情を優先し、最後には絶叫へ変わっていきます。
この終盤では、歌唱技術の巧拙を論じること自体が意味を失います。ジョンは「歌を聴かせる」という地点を越えてしまっているからです。

ピアノ、ベース、ドラム――削ぎ落とされた演奏
『Mother』の強烈さを支えているのが、簡潔な演奏です。
中心となるのは、ジョンのピアノとヴォーカル、リンゴ・スターのドラム、クラウス・フォアマンのベース。公式クレジットにはオノ・ヨーコの「wind」も記されています。
ビートルズ後期の『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』や『アビイ・ロード』で聴かれた、多重録音や緻密なスタジオワークを駆使した音作りとは対照的です。
リンゴとクラウスが作る、太い骨格
とりわけ印象的なのがリンゴのドラムです。
派手なフィルを連発するのではなく、必要な場所を確実に打ち、ジョンのヴォーカルを前へ押し出します。終盤で声の緊張が高まっても、ドラムが主役を奪うことはありません。
クラウス・フォアマンのベースも、装飾より曲の骨格を作る役割に徹しています。
フィル・スペクターもプロデューサーとして参加していますが、彼の代名詞である「ウォール・オブ・サウンド」は前面に出ていません。オノ・ヨーコによれば、スペクターが加わったのは制作の後半で、アルバムの基本的な方向性はすでに形作られていました。

だからこそ、楽器の豪華さではなく、人間の声そのものが最大の存在感を持っています。
1970年前後、ロックは華やかさだけを競っていたわけではない
『Mother』が生まれた1970年前後は、ロックが多方向へ急速に広がっていた時代です。
1960年代後半にはサイケデリック・ロックや高度なスタジオ録音が発達する一方、より簡潔で直接的な演奏へ向かう流れも強まっていました。
ボブ・ディランやザ・バンドはすでに簡素なサウンドへ向かい、ビートルズも『Let It Be』につながるセッションで原点回帰を試みています。1970年代に入ると、シンガーソングライターたちが自分自身の生活や内面を率直に作品へ持ち込む動きも存在感を増していきました。
『ジョンの魂』も、そうした変化と重なる作品です。
ただ、ジョンが踏み込んだ場所はさらに深かった。日常や恋愛だけでなく、自分が最も触れたくなかった幼少期の傷までレコードに刻んだからです。
ビートルズのジョンではなく、一人のジョン・レノンへ
『Mother』を聴いていると、「元ビートルズ」という肩書きを利用しようとする姿勢がほとんど感じられません。
むしろ、世界最大級のバンドにいた人物が、その肩書きを一枚ずつ剥がしていくように聞こえます。

『ジョンの魂』の終盤に収録された『ゴッド(God)』では、ジョンは神、聖書、ヒトラー、ケネディ、エルヴィス、ボブ・ディラン、そして最後にはビートルズまで、自分が信じないものを次々と名前を挙げて歌います。
そして「ビートルズという時代は終わった。これからは一人のジョン・レノンとして生きていく」という意思をはっきりと示します。
そう考えると、『ジョンの魂』が『Mother』から始まるのは象徴的です。
平和運動の象徴でも、ビートルズの中心人物でもない。
アルバムの最初に現れるのは、母を求め、父を求めた一人の人間です。
『Mother』――半世紀を超えても生々しい理由
『Mother』は、気軽に口ずさむタイプの曲ではありません。
しかし、一度聴くと忘れにくい。
家族との複雑な関係、17歳で経験した母の死、ビートルズ解散、原初療法、そして徹底して削ぎ落とされた演奏。それらが一つの作品の中で結びついています。

それでも、背景知識がなければ伝わらない曲ではありません。
僕自身、中学生のときには詳しい事情など知りませんでした。それなのに、最初の鐘と「Mother」という声だけで強烈に引き込まれました。
そこに、この曲の本当の強さがあるように思います。
10月9日、ジョン・レノンの誕生日。
世界を変えたロックスターとしてではなく、その肩書きの奥にいた一人の人間を聴く。
そんな一曲として、今日は『Mother』をもう一度聴いてみたいと思います。



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