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本文を読む前に、『わがままジュリエット』の雰囲気や記事全体の流れをつかみたい方におすすめです。
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音声を先に聴くことで、『わがままジュリエット』の世界観と記事の要点をよりつかみやすくなります。
第6位は、BOØWYの「わがままジュリエット」です。
1986年2月1日にBOØWYの3枚目のシングルとして発売され、同年3月1日発表の4枚目のアルバム『JUST A HERO』に収録されました。
作詞・作曲はいずれも氷室京介。『JUST A HERO』に先駆けて世に出た一曲で、オリコン週間シングルランキングでは最高39位、12週にわたってランクインしています。

激しいロックナンバーとは明らかに手触りが違います。かといって、甘いバラードという言葉だけでも収まりません。
二人の距離が離れていく寂しさ、空回りする恋、そして相手の笑い声が次第に思い出へ変わっていく感覚。曖昧で整理しきれない心の動きを、美しい旋律の中に描いた曲です。
超訳
強がって笑っていても、心の奥には消せない痛みが残っている。
華やかな夜も恋の駆け引きも、過ぎ去ればむなしさだけが胸をよぎる。
忘れたいのに、あの人の笑い声はいつしか大切な思い出へと変わっていく。
泣くだけ泣いたその先で、悲しみを抱えながらもう一度前を向いて歩き出す。
💡 あわせて読みたい: 歌ネット掲載の「わがままジュリエット」の歌詞はこちら(外部サイトへ移動します)
まずはYouTubeの公式配信音源をお聴きください。
🎬 日本語クレジット
楽曲:BOØWY「わがままジュリエット」
作詞・作曲:氷室京介
アーティスト:BOØWY
リリース:1986年2月1日
音源提供:Universal Music Group
YouTube:BOØWY - Topic(公式提供音源)
🎵 2行解説
1986年にシングルとして発表された、BOØWYを代表するミディアム・ナンバーのひとつ。
氷室京介が自ら書いた旋律と切なさを帯びた歌声を、布袋寅泰ら3人の演奏が繊細に支えています。
「わがままジュリエット」は、恋の結末を説明しない
この曲を聴いていて面白いと思うのは、二人の関係を順序立てて説明していないことです。なぜ距離が生まれたのか、どちらが離れたのか、その先に何があったのか。事情そのものは、ほとんど語られません。
代わりに浮かぶのは、夜、雨、夢、笑い声、皮肉、悲しみといった断片的な情景です。

出来事を追うというより、関係が崩れていく途中で胸に残った場面が次々と現れる。その書き方が、この曲を単純な失恋歌では終わらせていません。
離れようとしても、心はまだ追いつかない
強がる言葉がある一方で、相手への思いは簡単には薄れていません。
もう元には戻れない気配がありながら、気持ちだけがその場に残っている。その食い違いが、曲全体に独特の切なさを生んでいます。
人間の気持ちは、関係が変わったからといって同時に整理されるものではありません。嫌だったことも楽しかったことも混ざり合い、時間がたつにつれて、なぜか特定の表情や声だけが強く残ることがあります。

「笑い声」が現実から思い出へ変わる
中でも印象深いのが、相手の笑い声です。
以前は目の前にあったものが、いつの間にか頭の中でしか聞けないものへ変わっていく。その変化が、一言で説明できない寂しさを残します。
時間がすべてを消してしまうのではなく、逆に一部だけを鮮明にすることもある。「わがままジュリエット」は、そんな記憶の残り方まで含めて描いたラブソングのように、僕には聞こえます。
作詞だけでなく作曲も氷室京介
BOØWYでは、氷室京介が詞を書き、布袋寅泰が作曲する作品が数多くあります。しかし「わがままジュリエット」は、作詞・作曲ともに氷室京介です。
この事実を知ったうえで聴くと、言葉と旋律の結びつきが一段と興味深く感じられます。歌詞が描く不安定な心の動きと、どこか揺れるように進む歌の流れが、最初から一つの発想として生まれているからです。
激しさではなく、揺れを歌にする
氷室京介というと、鋭い声、挑発的なステージング、ロックボーカリストとしての格好よさが先に浮かびます。しかし、この曲では違った面が見えてきます。

一直線に気持ちを爆発させるのではなく、少し沈み、また浮かび上がるように歌が進む。その動きが、恋を割り切れない主人公の心と重なります。
「歌う氷室」と「曲を書く氷室」
自分で作曲したから優れている、という単純な話ではありません。注目したいのは、どこで声を張り、どこで抑え、どの言葉を強く置くのかまで、旋律と歌唱が一続きに聞こえることです。
第7位「オンリー・ユー」では、僕は氷室の声が演奏の前へ迫ってくる感覚に惹かれました。「わがままジュリエット」では逆に、声が曲全体に溶け込みながら、内面の揺れを伝えてきます。隣り合う順位でも、魅力の種類はかなり違います。
『JUST A HERO』に先駆けて発表された一曲
「わがままジュリエット」は、1986年3月1日発売の『JUST A HERO』に先駆け、1か月前の2月1日にシングルとして発売されました。同アルバムでは3曲目に収録されています。

『JUST A HERO』は、BOØWYにとって大きな転機となった作品です。
Universal Music Japanの公式プロフィールでも、この4枚目のアルバムを契機にバンドがブレイクしたと位置づけられています。
1986年7月2日、初の日本武道館へ
アルバム発売から約4か月後の1986年7月2日、BOØWYは初の日本武道館単独公演を行いました。「わがままジュリエット」も、この日のセットリストに組み込まれています。
そしてライブ終盤、「IMAGE DOWN」の演奏中に氷室京介が発したのが、後に語り継がれる「ライヴハウス武道館へようこそ!」という言葉でした。

この公演は約1か月後、ライブ・アルバム『“GIGS” JUST A HERO TOUR 1986』として発売され、「わがままジュリエット」も収録されました。BOØWYがより大きな舞台へ向かっていた時期を記録した一枚です。
武道館で見えた、4人の演奏のバランス
2026年7月、初武道館公演40周年に合わせてUniversal Music Japanが公開したコラムでは、この日の「わがままジュリエット」について、氷室の旋律を生かすために4人が互いを押しのけず演奏している点が紹介されています。
実際にライブ音源を聴くと、布袋寅泰のギターは歌を覆わず、松井恒松のベースと高橋まことのドラムも必要以上に前へ出ません。それでも演奏が弱く聞こえないところに、BOØWYというバンドの力量があります。

激しい曲だけでは作れないライブの流れ
初武道館公演では、「バッド・フィーリング」「ジャスティ」「ベイビー・アクション」など性格の違う曲が次々と演奏されました。その中に「わがままジュリエット」が置かれることで、ライブ全体の表情も変わります。
速さや音量だけで観客を引きつけるのではなく、一度歌に耳を集中させる。そうした場面を作れることも、当時のBOØWYがライブバンドとして強かった理由の一つだったのでしょう。
第7位「オンリー・ユー」と並べると見える違い
第7位に選んだ「オンリー・ユー」もラブソングでした。しかし、2曲を続けて聴くと、歌の向いている方向はかなり違います。
「オンリー・ユー」では、相手へ向かって気持ちが動いていく印象があります。演奏にも前進する力があり、氷室の歌声も相手へ直接届かせようとするように聞こえます。
近づこうとする歌と、遠ざかる相手を見つめる歌
対して「わがままジュリエット」では、すでに二人の間に距離が生まれています。戻りたいのか、離れたいのかさえ明確には言い切らず、その間で揺れるところが、この曲の面白さです。

聴き終えた瞬間に感情が完結せず、歌の中の夜や雨、相手の笑い声がしばらく頭に残る。その残り方が、「オンリー・ユー」より一段強く僕を引きつけました。
二人の距離が変わっても、心の中の相手まで同じ速さで遠ざかるとは限らない。「わがままジュリエット」は、そのずれを描いた歌なのかもしれません。
終わりに――笑い声が思い出へ変わっていく
「わがままジュリエット」は、BOØWYが大きく飛躍する1986年に発表された曲です。けれど、僕が今この曲を聴いて惹かれる理由は、当時の勢いや知名度だけではありません。
人との関係が変わった後、出来事の細部は少しずつ薄れていくのに、声や表情だけが妙にはっきり残ることがあります。この曲に流れているのは、そんな簡単には整理できない人間の心です。

その世界を、自ら言葉にし、旋律を書き、自分の声で歌った氷室京介。BOØWYのフロントマンとしての鮮烈さとは別に、ソングライターとしての繊細な一面がよく表れています。

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