ポール・マッカートニーの軌跡は、こちらから!
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第11位は『バンド・オン・ザ・ラン』です
第11位は『バンド・オン・ザ・ラン(Band on the Run)』です。
1973年12月7日に発売されたWingsの同名アルバム『Band on the Run』のタイトル曲で、1974年4月8日にアメリカ、6月28日にイギリスでシングルとして発売されました。
シングルはBillboard Hot 100で1位、全英シングルチャートで3位を記録。アルバムもアメリカで3回に分けて首位に立ち、イギリスでは1974年最大の売上を記録したスタジオ・アルバムとなりました。
しかし、完成後の華々しい数字からは想像しにくいほど、制作は不安定な状況から始まっています。録音直前にWingsから2人のメンバーが離脱し、ナイジェリアのラゴスへ向かったのは、ポール、リンダ・マッカートニー、デニー・レインの3人だけでした。

逃げる一団を描いた曲が、Wingsそのものが大きく揺れていた時期に生まれた。その背景を知ると、『バンド・オン・ザ・ラン』というタイトルは、単なる物語以上の響きを帯びてきます。
超訳
閉じ込められた世界なんて、もうたくさんだ。
すべてを振り切って、俺たちは自由を求めて走り出す。
看守も裁判官も俺たちを追う。でも、もう誰にも捕まりはしない。
逃げろ、逃げ続けろ――自由を手にする、その時まで。
まずは、YouTube動画(公式)をお聴きください。
共通クレジット
アーティスト:Paul McCartney
作詞・作曲:Paul McCartney / Linda McCartney
提供:Universal Music Group
YouTube:PAUL McCARTNEY 公式チャンネル
①「Band On The Run」
収録アルバム:『Band on the Run』
名義:Paul McCartney & Wings
オリジナル発表:1973年
YouTube公開:2018年12月12日
【2行解説】
静かな導入から力強いロックへと姿を変えていく、Wingsを代表する一曲。
三つの異なるパートを結び、閉塞から逃走へ向かう物語を音楽そのもので描いています。
②「Band On The Run (Live)」
収録作品:『Tripping the Live Fantastic』
名義:Paul McCartney
ライブ音源
YouTube公開:2018年8月30日
【2行解説】
スタジオ版の複雑な場面転換を保ちながら、ライブならではの力強さを加えた演奏。
後半では観客を巻き込む高揚感が増し、この曲がステージでも強く機能することが分かります。
一曲の中で、三つの世界がつながる
『バンド・オン・ザ・ラン』の最大の特徴は、一つの曲の中で音楽の姿が大きく変わることです。冒頭から同じリズムやテンポを押し通すのではなく、性格の異なる三つのパートが連続して現れます。
最初は、閉ざされた場所を思わせる静かな音像です。抑えた歌声とシンセサイザーが、身動きの取れない感覚を作ります。そこから曲は少しずつ動き始め、やがてアコースティックギターが刻む開放的なロックへ切り替わります。

音楽そのものが、逃走を始める
面白いのは、曲調の変化と物語の進行がほぼ同じ方向へ進むことです。最初は閉じ込められた人物が外へ出ることを夢見ている。ところが後半になると、物語は実際に逃げる者と追う者の世界へ移ります。
タイトルが繰り返される頃には、音楽も完全に動き出しています。アコースティックギター、ベース、ドラム、コーラスが重なり、静止していた冒頭とは別の曲のようです。それでも不思議なほど継ぎ目を意識させません。
閉じ込められていた物語が、やがて音楽ごと走り始める。
この曲では、歌詞と構成が同じ方向を向いています。
「Band」は音楽グループだけを意味しない
タイトルの「Band」をWingsのような音楽グループだと受け取ると、少し意味がずれます。ポール自身によれば、ここでの「band」は主として、刑務所から逃げ出した人々の一団、いわば「ならず者たち」を指しています。
ポールは、そのイメージには映画『明日に向って撃て!』を思わせる部分もあると説明しています。つまり『バンド・オン・ザ・ラン』は、Wingsについて直接歌った曲ではなく、追っ手から逃げ続ける集団を描いた架空の物語なのです。

ラゴスへ出発する直前、Wingsは3人になった
この曲を含むアルバムの録音を前に、Wingsは大きな問題に直面しました。ギタリストのヘンリー・マカロックとドラマーのデニー・セイウェルが相次いで離脱したのです。
そのため、ナイジェリアへ向かったバンドの正式メンバーはポール、リンダ、デニー・レインの3人だけになりました。録音計画を立て直しても不思議ではない状況でしたが、ポールたちは予定通りラゴスへ向かいます。
ドラマー不在――ポール自身がドラムを叩く
ドラマーを失った穴は、ポール自身が埋めました。ラゴスで録音されたアルバムのドラムを自ら担当し、さらにベース、ギター、キーボード、ヴォーカルも受け持ちます。
デニー・レインはギターとヴォーカルを中心に複数の役割を担い、リンダもキーボードとヴォーカルで参加しました。人数は減りましたが、完成した音から薄さは感じられません。むしろ3人になったことで、一人ひとりが担う範囲は大きく広がりました。
- Paul McCartney――ヴォーカル、ベース、ギター、ドラム、キーボードなど
- Linda McCartney――キーボード、ヴォーカル
- Denny Laine――ギター、ヴォーカルほか
後年ポールは、少人数になったことについて、むしろ身軽になった面もあったと振り返っています。計画が崩れたことで、ポールのマルチプレイヤーとしての能力が前面へ出る結果にもなりました。

ラゴスで待っていた、想定外の録音環境
ポールがナイジェリアを選んだ背景には、いつもの場所を離れ、違う土地でアルバムを作りたいという考えがありました。しかし、実際に到着したEMIのラゴス・スタジオは、彼らが想像していた環境とは大きく異なっていました。
エンジニアのジェフ・エメリックも同行しましたが、スタジオはまだ十分に整備されておらず、機材にも制約がありました。そこで一行は、手元にある設備を工夫しながら録音を進めていきます。
強盗に奪われた、アルバムのデモ
さらに深刻な出来事が起こります。夜のラゴスを歩いていたポールとリンダが強盗に襲われ、金品やカメラとともに、アルバム制作のためのオリジナル・デモテープまで奪われてしまいました。
失われたデモは戻りませんでした。ポールたちは、録音前に準備していた音源を頼れない状態で制作を続け、曲を記憶から組み直していきます。
現在なら複数の端末やオンライン上へデータを残すこともできます。しかし1973年には、持っていたテープそのものを失えば終わりです。それでも録音作業を止めなかったところに、このアルバムの制作過程の異例さがあります。

フェラ・クティとの緊張もあった
ラゴスでは、アフロビートを代表するフェラ・クティとの間にも緊張が生じました。海外から来たポールがナイジェリアの音楽を利用しようとしているのではないか、とフェラが警戒したためです。
しかし、制作中の曲を聴いたフェラは、ポールがアフリカ音楽をそのまま取り込もうとしているわけではないことを理解します。結果として両者の対立は収まり、ポール自身はフェラの演奏から強い刺激を受けることになりました。
三つのパートを一曲に見せる巧さ
制作秘話を離れて、もう一度音そのものへ戻りたいと思います。僕がこの曲で特に面白いと感じるのは、三つのパートが明確に異なるのに、寄せ集めには聞こえないところです。
冒頭の静けさ、中盤の転換、後半のアコースティックギター。そのたびにテンポ感や音色は変化します。それでも、すべてが「逃げる」という物語の中に収まっているため、一曲として自然に聞こえます。
後半を走らせるアコースティックギター
僕が最も惹かれるのは、後半へ入った瞬間です。激しいエレクトリックギターで押すのではなく、アコースティックギターの刻みが演奏全体を前へ運びます。
そこへベース、ドラム、コーラスが加わり、タイトル部分が繰り返される。
構造そのものはかなり凝っているのに、最後には誰でも覚えられる旋律へたどり着きます。複雑さを複雑なまま聴かせないところに、ポールの作曲家としての力量が表れています。

5分を超えても、長さを意識しにくい
公式音源は5分を超えますが、同じ展開を延々と繰り返す曲ではありません。場面が切り替わるたびに新しい音楽が始まり、聴き手の意識も自然に次へ移ります。
静かな密室から始まり、外へ出たいという願いが生まれ、最後には追跡劇へ入る。その時間の流れが曲の構成と重なるため、5分余りが一つの短い映画のように進んでいきます。
『Band on the Run』がWingsを次の段階へ運んだ
同名アルバム『Band on the Run』は、Wingsにとって決定的な作品になりました。
メリカでは合計4週間1位を記録し、イギリスでも首位を獲得。1974年の英国で最も売れたスタジオ・アルバムとなります。
メンバー2人の離脱から始まり、ラゴスで予想外の出来事に次々と直面した録音が、最終的にはWings最大級の成功へつながりました。ここから『ジェット』をはじめとする代表曲も生まれ、Wingsは自分たちのレパートリーを急速に増やしていきます。
1975年、グラミー賞を受賞
タイトル曲『バンド・オン・ザ・ラン』は、1975年の第17回グラミー賞で「デュオ、グループまたはコーラスによる最優秀ポップ・ボーカル・パフォーマンス賞」を受賞しました。
ラゴスへ向かう直前には5人だったWingsが3人になり、その3人を中心に完成させた作品が世界的な評価を得る。結果だけを見れば成功物語ですが、その途中には、綱渡りのような制作現場がありました。

ライブになると、逃走劇はさらに大きくなる
上に掲載した2本目の公式YouTube音源は、ライヴ・アルバム『Tripping the Live Fantastic』に収録されたバージョンです。スタジオ版の三部構成を保ちながら、ステージでは演奏の勢いがより直接的に伝わってきます。
特に後半では、タイトル部分が観客にも共有されることで、録音版とは違う広がりが生まれます。1973年には3人で録音した曲が、年月を経て大観衆とともに鳴らされる。その変化も、この曲が長く演奏され続けてきた理由の一つでしょう。
現在でも『バンド・オン・ザ・ラン』は、ポールのライブを代表するレパートリーの一つです。制作当時の状況を考えると、その後半世紀にわたる生命力はいっそう印象的に映ります。
終わりに――逃走の果てに生まれたもの
『バンド・オン・ザ・ラン』では、閉じ込められた人物が外を願い、やがて追われる一団となって走り続けます。その物語を説明するだけでなく、静かな冒頭から力強い後半へ移る音楽の構造そのものが、逃走の動きを作っています。
一方、現実の制作現場ではメンバーが3人に減り、ラゴスでは十分ではない録音環境と向き合い、さらには強盗にデモテープまで奪われました。それでも録音は続けられました。
そして完成したアルバムは、Wingsを代表する作品になりました。
僕には、すべてが予定通りに進んで生まれた名盤より、この経緯の方が『バンド・オン・ザ・ラン』という名前によく似合っているように思えます。
計画が崩れても、残った3人は音楽を止めなかった。
追われる者たちを描いた一曲の先で、Wingsは自分たちの代表作を完成させたのです。

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