ポール・マッカートニーの軌跡は、こちらから!
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第3位は『ジェット』です
第3位は、ポール・マッカートニー&ウイングスの『ジェット(Jet)』です。
『ジェット』は、1973年12月に発売されたアルバム『バンド・オン・ザ・ラン(Band on the Run)』に収録され、英国では翌1974年2月15日にシングルとして発売されました。
全英シングルチャートでは7位、アメリカのBillboard Hot 100でも7位を記録。現在では、ウイングスを代表するロック・ナンバーの一つとして定着しています。

ところが、ポール自身は当初、この曲をシングルとして特別視していたわけではありません。
アルバム発売後、キャピトル・レコードのアル・クーリーから「『Jet』をシングルにするべきだ」と強く勧められ、ポールもその提案を受け入れました。
その判断は見事に当たります。シングルのヒットはアルバムを再び押し上げ、『バンド・オン・ザ・ラン』の成功をさらに大きなものにしました。
僕がこの曲を第3位に置いた最大の理由は、再生した瞬間に耳を奪う、その強烈な瞬発力です。 タイトルを叫ぶ声から、ギター、ドラム、キーボード、サックスへと音が連なり、曲はほとんど助走なしで走り始めます。
超訳
ジェット、君がもうすぐ結婚すると告げたとき、みんなの驚いた顔が忘れられない。
厳格な父親は、まだ君には早すぎると言ったのだろうか。
風に髪をなびかせ、空を駆けるような自由な君。
ジェット――僕にはどこまでも謎めいた、小さなレディ。
まずは、YouTube動画(公式)をお聴きください。
共通クレジット
曲名:Jet アーティスト:Paul McCartney & Wings 作詞・作曲:Paul McCartney / Linda McCartney ヴォーカル:Paul McCartney プロデュース:Paul McCartney オリジナル収録:『Band on the Run』(1973年)
① Jet (2010 Remaster) 音源:2010 Remaster バッキング・ヴォーカル:Linda McCartney / Denny Laine レコーディング・エンジニア:Geoff Emerick サックス:Howie Casey オーケストレーション:Tony Visconti 提供:Universal Music Group 収録:『The 7” Singles』 【2行解説】 1973年のウイングスを代表するロック・ナンバー「Jet」を、2010年リマスター音源で聴く公式動画。 力強いリズムと重層的なアレンジ、ポールの鋭いヴォーカルによって、スタジオ録音ならではの迫力を味わえます。
② Paul McCartney - Jet (Live on Later... with Jools Holland, 2010) パフォーマンス:Paul McCartney 収録:『Later... with Jools Holland』 制作:BBC 映像年:2010年 著作権表記:© 2010 BBC ライセンス:Concord Music Group Inc. 公開:2010年12月9日 公式チャンネル:PAUL McCARTNEY 【2行解説】 BBCの音楽番組『Later... with Jools Holland』で披露された2010年のライヴ・パフォーマンス。 スタジオ版とは異なる生々しいバンド・サウンドによって、「Jet」がステージで発揮する強さを実感できます。
「Jet!」の一声で始まるロック
『ジェット』を聴いてまず身体に入ってくるのは、メロディーの美しさよりも音の勢いです。
「Jet!」という短い呼び声が号砲のように響き、曲全体の性格を一瞬で決めてしまいます。
ポールは2021年、スコットランドの農場でギターを手に曲を作ったとき、「Jet」という名前を思い浮かべ、Aのコードを鳴らしながらその名を叫んだところから曲が動き始めたと振り返っています。
メロディーメーカーだけではないポール
ポール・マッカートニーといえば、まず卓越したメロディーメーカーを思い浮かべます。しかし『ジェット』では、旋律だけを抜き出しても、この曲の面白さを十分には説明できません。
切れ込むようなギター、硬質なドラム、太いキーボード、サックス、そして厚みを加えるオーケストレーション。 個々の音が別々に自己主張するのではなく、まとまった推進力となって曲を前へ運びます。

しかも、単純に音圧で押し切る曲ではありません。フレーズの切り替えやコーラスの入り方に細かな変化があり、約4分の中で音の表情が絶えず変わります。
完成版を大きくしたオーケストレーション
このスケール感に大きく貢献したのが、トニー・ヴィスコンティによるオーケストレーションです。さらにハウイー・ケイシーのサックスが加わり、ウイングスの基本演奏だけでは得られない華やかさと鋭さが生まれました。
音を重ねれば曲が鈍くなることもありますが、『ジェット』では反対に、追加された音が推進力を強めています。タイトルの響きも含め、どこか上空へ飛び出していくような感覚を僕は覚えます。
『ジェット』はロンドンで録音された
アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』を語るとき、必ず登場するのがナイジェリアのラゴスです。
録音へ向かう直前にメンバー2人が脱退し、ポール、リンダ、デニー・レインの3人で制作を続けた経緯については、第11位のタイトル曲の記事で詳しく触れました。
しかし、『ジェット』の基本録音はラゴスではなく、英国へ戻った後の1973年10月にロンドンのAIR Studiosで行われています。
3人を中心に作られた密度の高い演奏
ポールはヴォーカルとベースに加え、ドラムやギターなど複数の楽器を担当。リンダとデニー・レインも演奏とバック・ヴォーカルを担い、そこへヴィスコンティのオーケストレーションとケイシーのサックスが加わりました。

完成版を聴くと大編成のバンドが演奏しているようにも感じますが、中心にいるのはわずか3人です。人数の少なさを感じさせないところにも、この録音の面白さがあります。
2024年に現れた「Underdubbed Mix」
その制作過程を知るうえで興味深いのが、2024年に発売された『バンド・オン・ザ・ラン (アンダーダブド・ミックス)』です。
収録されているのは、1973年10月14日にジェフ・エメリックとピート・スウェッテナムがエア・スタジオで作ったラフ・ミックスで、オーケストラのオーバーダブがまだ加えられていません。
『ジェット』もその一曲です。完成版と聴き比べると、基本となるロック・バンドの演奏がどれだけ強く、その上へどのように音が積み重ねられたのかが分かります。
では、「ジェット」とは誰なのか

ここからが、この曲のもう一つの面白いところです。歌詞を順番に追えば意味が明快になると思いきや、むしろ読めば読むほど分からなくなってきます。
結婚の話が出たかと思えば、厳格そうな父親が現れ、さらに「レディ・サフラジェット」という奇妙な言葉まで飛び出す。一つの筋書きを持つ物語として理解しようとすると、どうしても辻褄が合いません。
子犬か、ポニーか――本人の説明も二つある
「Jet」という名前の由来については、ポール自身の説明にも興味深い違いがあります。
アルバム発売当時の1973年、ポールは「Jet」は飼っていた犬から生まれた黒いラブラドールの子犬の名前だったと説明しました。2017年のインタビューでも、同じく黒い子犬の名前だったと話しています。
ところが2021年、ナイル・ロジャースとの対談では、子どもたちのために飼っていた小さな黒いポニーの名前だったと語りました。
半世紀近い時間を隔てた本人の記憶を、僕たちがどちらか一方へ決めつける必要はないでしょう。確かなのは、「Jet」という名前が曲作りの出発点になり、そこから歌の中では女性のような存在へ姿を変えていったということです。
リンダの父との経験が歌詞へ入り込んだ
父親をめぐる部分については、ポール自身がもう少し具体的に説明しています。

リンダとの結婚当時、彼女の父リー・イーストマンに対して、若かったポールは多少の威圧感を覚えていたといいます。
もちろん、その経験をそのまま書いたわけではありません。ポールは、実際に起こったことをそのまま並べればニュース記事のようになってしまうので、現実を形を変えて歌へ持ち込むのだと語っています。
2021年には、『ジェット』について「小さな黒いポニー」「結婚をめぐる問題」「ラテン語の母」といった要素が混ざった曲だと、本人も笑いながら説明しています。
つまり『ジェット』は、歌詞の暗号を一つずつ解けば正解へ到達できる種類の曲ではないのでしょう。 現実の記憶と言葉の響き、そこから浮かんだイメージを自由につないでいった。その不可思議さも、この曲の個性です。
スタジオ版と2010年ライヴで分かる曲の強さ
今回、2010年リマスター音源だけでなく、『レイター…・ウィズ・ジュールズ・ホランド』でのライヴ映像も載せました。二つを続けて聴くと、『ジェット』が録音作品として優れているだけではないことがよく分かります。
スタジオ版では、オーケストレーションを含む多層的なアレンジが曲を大きく見せています。一方、2010年のステージでは演奏がより直接的になり、メロディーとリズムそのものの強さが前面に出てきます。

年月を経ても効き目を失わない
1973年の録音から36年以上を経た演奏であっても、タイトルが響いた瞬間に曲の温度が上がる感覚は変わりません。
時代背景や歌詞の意味を知らなくても、リズムとフレーズだけで聴き手を引き込める。だからこそ『ジェット』は、ポールのライヴでも長く演奏され続けてきたのでしょう。
『ジェット』が今も古びて聞こえない理由
『ジェット』が発表されたのは1973年です。それでも今聴いて、いかにも当時のロックという印象だけで終わらないのは、音の派手さ以上に、曲そのものの組み立てが強いからだと思います。
「Jet!」という一声、短く強いフレーズ、次々に表情を変える展開。そこへギター、ドラム、キーボード、サックスなどが加わり、聴き手を立ち止まらせる隙を与えません。
しかも、単純な勢いだけで押しているわけではありません。メロディーにはポールらしい親しみやすさがあり、その一方でアレンジには大胆さがある。親しみやすさと刺激の強さが、同じ曲の中で無理なく共存している。そこが『ジェット』の大きな魅力でしょう。

スタジオ録音でもライヴでも曲の印象が崩れないのは、装飾を取り除いても中心となるメロディーとリズムがしっかりしているからです。時代ごとの音作りをまといながら、曲そのものは今も十分に力を持っています。
終わりに――意味を追い越していく音
『ジェット』には、いまだにはっきり説明できない部分が残っています。題名の由来についてさえ、ポール本人から子犬とポニーという二つの説明が語られてきました。
けれども、この曲にとって、それは弱点ではないと思います。歌詞を完全に理解できなくても、声とリズムと楽器が鳴り始めれば、音楽そのものがこちらへ迫ってくるからです。
僕にとって『ジェット』は、「何を歌っているのか」を考える前に、音そのものに心をつかまれる一曲です。
「Jet!」――この短い一声ほど、この曲を的確に表している言葉はありません。

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