【7月28日】はリチャード・ライトの誕生日:『アス・アンド・ゼム』(ピンクフロイド)―敵と味方を分ける線を、ジャズの響きが溶かしていく

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今日はリチャード・ライトの誕生日

7月28日は、ピンク・フロイドの創設メンバーであり、鍵盤奏者、作曲家、歌手として独自の音楽性を築いたリチャード・ライトの誕生日です。今回は、彼の作曲による『アス・アンド・ゼム|Us and Them』をご紹介します。

リチャード・ウィリアム・ライトは、1943年7月28日、当時のイングランド・ミドルセックス州ハッチ・エンドに生まれました。リージェント・ストリート工科大学で建築を学び、そこでロジャー・ウォーターズ、ニック・メイスンと出会います。

三人は学生バンドで活動し、シド・バレットらの参加を経て、ピンク・フロイドへ発展しました。ライトはピアノ、オルガン、メロトロン、シンセサイザーを使い分け、初期のサイケデリック・ロックから1970年代の大作まで、バンドの音像を支えました。

デヴィッド・ギルモアのギターやロジャー・ウォーターズの歌詞ほど目立つ存在ではありません。しかし、『エコーズ|Echoes』『虚空のスキャット|The Great Gig in the Sky』『クレイジー・ダイアモンド|Shine On You Crazy Diamond』を聴けば、ライトの和声がピンク・フロイドの個性を形作っていたことが分かります。

ジャズやクラシックの影響を受けたコード、穏やかな歌声、各楽器を効果的に配置する構成力。その特徴が鮮明に表れた作品の一つが『アス・アンド・ゼム』です。ライトは2008年9月15日に65歳で亡くなりましたが、彼が残した響きは現在も世界中で聴き継がれています。

超訳

僕らは敵と味方に分けられるけれど、どちらも本当は普通の人間だ。
後方で地図を動かす者が命令し、前列に立たされた者が命を失う。
言葉の違いは暴力へ変わり、傷ついた後には、誰が正しかったのかさえ見えなくなる。
街では日常が続き、貧しさの中で倒れた人が置き去りにされていく。

まずはYouTubeの公式音源をお聴きください。

クレジット
曲名:アス・アンド・ゼム|Us and Them
アーティスト:ピンク・フロイド|Pink Floyd
作曲:リチャード・ライト
作詞:ロジャー・ウォーターズ
リードボーカル:デヴィッド・ギルモア
原曲収録アルバム:『狂気|The Dark Side of the Moon』(1973年)
音源:2023年リマスター版
公式チャンネル:Pink Floyd

2行解説
敵味方を分ける集団心理と、命令する者、犠牲になる者の隔たりを、美しい旋律の中に描いた作品です。
リチャード・ライトの繊細な和声とディック・パリーのテナーサックスが、歌詞に含まれる悲しみと社会への疑問を深めています。

僕がこの曲を初めて聴いたのは

My Age 小学校中学校高校大学20代30代40代50代60才~
曲のリリース年1973
僕が聴いた時期

僕がピンク・フロイドを初めて耳にしたのは『Julia Dream』でした。この曲については昨年、誕生日記事で紹介しています。

大学へ入ってからアルバム『狂気』を聴き、『アス・アンド・ゼム』を知りました。ピンク・フロイドは、当時の僕が熱心に聴き込んだバンドではありません。

それでも、柔らかなピアノとサックスが作るジャジーな感触は強く耳に残りました。静かな旋律から演奏と歌声が大きく膨らむ変化にも品格があり、曲名と音の感触が消えずに残った一曲です。

『アス・アンド・ゼム』誕生までの歩み

『狂気』から生まれた異色のシングル

『アス・アンド・ゼム』は、1973年3月に発売されたピンク・フロイドの8作目のスタジオ・アルバム『狂気|The Dark Side of the Moon』に収録されました。

『狂気』はアメリカのアルバムチャートで第1位を獲得し、世界規模の成功を収めました。ピンク・フロイドは、この作品によって英国の実験的なロックバンドから、世界的な人気を持つ存在へ飛躍します。

アルバム版は約7分49秒あり、『狂気』の中で最も長い曲です。

1974年2月4日には、約3分15秒に編集した短縮版が、『タイム|Time』の編集版とのカップリングでアメリカ発売されました。Cash Box Top 100では第72位を記録しています。

映画で使われなかった旋律の再生

曲の原型は、1969年にリチャード・ライトが映画『砂丘|Zabriskie Point』のために作曲した器楽曲『The Violent Sequence』です。暴動場面に合わせたピアノ中心の作品でしたが、監督ミケランジェロ・アントニオーニは採用を見送りました。

その旋律は『狂気』の制作段階で再び取り上げられます。ロジャー・ウォーターズが歌詞を書き、バンドが演奏を組み直したことで、戦争、格差、集団心理を扱う『アス・アンド・ゼム』へ発展しました。

静と動が作り出す音楽世界

静けさと大音量が示す二つの世界

曲はハモンドオルガンとピアノによる静かな導入から始まります。デヴィッド・ギルモアが声を抑えて対立する言葉を歌った後、ドラム、ギター、女性コーラス、リチャード・ライトの声が重なり、演奏が急激に膨張します。

この音量差は、後方で冷静に作戦を決める者と、その命令を受けて命を失う兵士の隔たりを思わせます。静かな節と激しい合唱部が、指揮する側と前線で起きる破壊の落差を音で示しているのです。

ジャズの和声が生む不安定な美しさ

静かな節では、低音が大きく移動しないまま、上部の和音が少しずつ変化します。明るい長調にも暗い短調にも決着しないため、落ち着きと不安が同時に続きます。

ディック・パリーのテナーサックス

ディック・パリーのテナーサックスは、前半では抑えた音色で旋律をつなぎ、終盤では力強いソロを披露します。ライトの複雑な和声とサックスの組み合わせが、僕の耳に残ったジャジーな感触を生み出しています。

歌詞が描く対立と社会の分断

「私たち」と「彼ら」を分けるもの

題名の「Us and Them」は、「私たち」と「彼ら」を意味します。歌詞では「自分」と「あなた」、「上」と「下」、「中」と「外」など、対立する位置が並べられます。

しかし、双方とも本来は「普通の男たち」にすぎません。家族を持ち、恐怖や苦痛を感じる同じ人間が、所属する国や制服の違いによって互いに銃を向けます。

後方の命令と前列の死

歌詞では、後方から「前進せよ」と命じられ、前列の兵士が死にます。将軍にとって地図の線は戦況を示す記号ですが、その一本が動くたび、現地では負傷者や死者が生まれます。

ライトの美しい旋律に乗せることで、歌詞は激しい抗議ではなく、冷静な告発として届きます。聴き心地の良さと描かれた現実の厳しさが、強い対照を作っています。

言葉の争いが暴力へ変わるまで

中盤には、「言葉の戦いだったはずだ」という趣旨の一節が登場します。続く会話では、相手を殴った人物が、自分の行為を軽く扱いながら、礼儀を守らなかった相手が悪いと正当化します。

描かれているのは、国家規模の戦争だけではありません。日常の口論でも、人は自分を正しい側に置き、相手へ責任を押しつけます。規模は違っても、相手を自分とは異なる存在として扱う構造は共通しています。

「Black and blue」が含む二重の意味

歌詞に登場する「Black and blue」は、英語では殴られて青黒いあざができた状態を表す慣用句でもあります。対立する色が、暴力によって残された傷の色へ変わったとも解釈できます。

続く「どちらがどちらで、誰が誰なのか分からない」という趣旨の言葉は、争う双方の区別が崩れた状態を示します。傷つけ合った後には、最初に掲げた正義より、双方に残った被害の方が明確になるのです。

戦場から街の貧困へ

終盤では、視点が戦場から街の日常へ移ります。人々が忙しく道を急ぐ近くで、老人が紅茶と一切れの食べ物を買う金を持たず、命を落とします。

戦死と貧困による死は別の問題に見えます。しかし、弱い立場の人間が、制度や経済の都合によって切り捨てられる点では共通しています。歌詞は二つの死を並べ、社会が生み出す格差へ視線を向けています。

アルバム『狂気』の中で担う役割

アルバム『狂気』は、時間、労働、金銭、死、精神の崩壊など、人間を追い詰める要因を扱っています。『アス・アンド・ゼム』が担うのは、集団の対立と社会的な格差です。

『マネー』から広がる分断の主題

直前の『マネー|Money』が金銭への欲望を描いた後にこの曲が置かれることで、主題は富を持つ者と持たない者の分断へ広がります。

動画の最後が突然途切れる理由

アルバムでは、ディック・パリーのサックスから『望みの色を|Any Colour You Like』へ演奏が切れ目なく続きます。そのため、公式動画では最後の音が途中で切れたように聞こえますが、音源の不具合ではありません。次の曲へ連続する録音を、『アス・アンド・ゼム』の終端で区切ったためです。

単独でも完成度の高い作品ですが、『狂気』を通して聴くと、金銭、分断、選択、精神の崩壊という流れの中で、この曲の位置づけが明確になります。

リチャード・ライトが作ったピンク・フロイドの色

ピンク・フロイドの歴史では、シド・バレットの離脱やウォーターズとギルモアの対立が注目されがちです。その陰でライトは、作品の色合いを決める和音を作り続けました。

主役を奪わず、楽曲全体を生かす

『アス・アンド・ゼム』でも、自分の演奏だけを前面へ出さず、ギルモアの歌声、ウォーターズの言葉、パリーのサックスが最も効果的に響く構造を作っています。ギルモアへライトの声が重なることで、個人の独白は複数の人間による問いへ変わります。

主役を奪わず、楽曲全体の価値を高める。ライトがいなければ、ピンク・フロイドはこれほど柔らかく複雑な響きを持つバンドにはならなかったでしょう。

終わりに

『アス・アンド・ゼム』は、戦争だけを扱った反戦歌ではありません。敵と味方を作る集団心理、命令する者と従う者の格差、日常の暴力、貧困による断絶までを描いています。

重い題材を扱いながら、音楽は説教調になりません。柔らかな鍵盤、ジャズの影響を受けた和声、深みのあるサックスが耳を捉え、その後から歌詞の厳しさが見えてきます。

大学時代の僕が、特に聴き込んでいなかったピンク・フロイドの中で、この曲を覚えていた理由も、今ならよく分かります。ジャジーな響きは装飾ではなく、善悪だけでは説明できない主題を支える音楽的な骨格でした。

7月28日、リチャード・ライトの誕生日には、約7分49秒あるアルバム版を聴いてみてください。「私たち」と「彼ら」を分ける線は、誰が、何のために引いたものなのか。彼の鍵盤は、半世紀以上を経た現在も、その問いを響かせています。

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