ある日本人が選んだクリスマスソング3曲-1曲目『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』をご紹介!


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🎶 English narration

Press play to listen to an approximately three-minute English narration of this article: “Three Christmas songs chosen by one Japanese listener — No.1: ‘Happy Xmas (War Is Over)’.”

※ 先にナレーションを聴いてから本文を読むと、曲の空気感や記憶の場面がより立体的に感じられます。

🌐 English 🌐 日本語版

僕がクリスマスを感じる音楽の一曲目は……

ジョン・レノン(1940年10月9日 – 1980年12月8日)が歌った、『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』です。
1971年12月1日 にアメリカでシングルとしてリリースされました。

  • アーティスト:John Lennon & Yoko Ono
  • 名義:John & Yoko / Plastic Ono Band with the Harlem Community Choir
  • レーベル:Apple Records
  • 発表年:1971年

その後、

  • 1975年:アルバム Shaved Fish
  • 1982年:アルバム The John Lennon Collection

などのベスト盤に収録され、「毎年12月に自然と流れる“定番のクリスマスソング”」として定着していきました。

補足すると、この曲は「1971年のクリスマスに向けて世に出された“同時代のメッセージソング”」であり、後年になってクリスマス・クラシック化した、少し特別な立ち位置の楽曲です。

僕は、残念ながらビートルズリアルタイム世代ではありません。もちろん、ビートルズは解散後聴きこんでいますが、青春を共に歩んできたという記憶はありません。

彼らが解散したのが1970年。僕が12歳の時です。逆にその頃から僕は音楽沼にはまっていきました。

ジョン・レノンを正確に意識したのは、中学校の音楽の授業の時です。授業が始まる前、その部屋で流れていたのがジョン・レノンの『mother(マザー)』でした。

先生が好きだったから授業前の休み時間に流れていたのか定かではないですが、本来授業で流れることのない曲がその場の空気を支配していました。初聴でしたが、その曲の冒頭から圧倒された記憶は、今でも驚くほど鮮明です。
(ビートルズ解散直後の1970年に発表されたソロアルバム『ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)』の1曲目で、自身の生い立ちや親への複雑な感情、特に亡き母ジュリアへの思いを、プライマル・スクリーム療法(原始叫び療法)を通じて赤裸々に吐露した衝撃的な楽曲です。)

超約『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』

一年が終わり、また新しい年が始まる。
強い人も弱い人も、近い人も遠い人も、みんな同じ時を生きている。
世界はまだ不完全だけど、争いをやめたいと願う心はここにある。
恐れのない未来は、誰かが望めば本当に始められる。

まずは公式動画をご覧ください。

✅ 公式動画クレジット
John & Yoko Plastic Ono Band with the Harlem Community Choir
HAPPY XMAS (WAR IS OVER).(Ultimate Mix, 2020)
公式YouTubeチャンネル:John Lennon(認証済み)
公開日:2020年11月21日
💬 2行解説
1971年に発表された名曲を、2020年に最新技術でリミックスした公式音源で、ハーレム・コミュニティ・クワイアのコーラスが静かに、しかし確かな力で響く一曲です。
「War Is Over(If You Want It)」という言葉は、時代が変わってもなお色褪せることのない、ジョン・レノンからの普遍的な問いかけとして受け取られ続けています。

そもそも日本人にとってのクリスマスって??

日本にも昔から、クリスマスを祝う風習はあります。
日本で「クリスマス」を祝う風習が見られるようになったのは、16世紀半ばが最初です。

  • 1549年に来日したイエズス会宣教師(フランシスコ・ザビエルら)によって、キリスト教とともにクリスマスのミサや祝祭が伝えられました。
  • 戦国時代には、キリシタン大名の領地(九州など)で限定的に祝われていました。
  • しかし江戸時代の禁教政策により、こうした風習はいったんほぼ消滅します。
  • 現在のような一般的なクリスマス文化は、明治時代以降、特に戦後(1950年代以降)に商業・娯楽行事として広まりました。

つまり、日本には「古い起源」と「現代的に再定着した歴史」の二つのクリスマスがある、と言えます。

そして僕が住む町、大分にいた、かつての戦国大名、大友宗麟(オオトモソウリン)はそのクリスマスを語る上で、欠かせない人物です。

  • 大友宗麟は戦国時代の大名で、日本最初期のキリシタン大名の一人でした。
  • 彼はポルトガル宣教師を保護し、府内(現在の大分市)を中心にキリスト教文化が広まりました。
  • その中で、クリスマスのミサや祝祭も行われていたと考えられています。
  • 府内は当時「日本のキリスト教文化の中心地」の一つで、日本における最古級のクリスマス体験の地と言っても過言ではありません。

つまり、「日本で最初期にクリスマスが祝われた土地の一つが、まさに僕が住む町、大分です」
そしてその中心にいたのが、大友宗麟だったのです。

クリスマスソング・・・1曲目『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』解説

クリスマスソングと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、明るくて、賑やかで、家族や恋人と過ごす時間を祝う歌かもしれません。

けれど、この曲には、そうした華やかさはほとんどありません。
それでも、12月になると、なぜか毎年のように、この曲を思い出してしまいます。

特に心に残っているのは、曲の中盤から後半にかけて入ってくる、子供たちのコーラスです。
「So this is Christmas Merry, merry Christmas And a happy New Year」
この声には、力強さや主張はありません。

ただ、やさしくて、あたたかくて、そっと包み込まれるような感覚があります。
「こうあるべきだ」と言われているわけでもなく、「正しく生きなさい」と諭されているわけでもない。
ただ、「そうだったらいいですね」と、静かに差し出される祈りのように感じられるのです。

この曲が発表されたのは1971年。ビートルズ解散後、ジョン・レノンがソロとして活動していた時期の作品です。世界はまだ冷戦のただ中にあり、平和という言葉は、今よりもずっと重たい意味を持っていました。

けれど、この曲から伝わってくるのは、怒りや抗議ではありません。
誰かを責める声でもなく、強い言葉で訴えるメッセージでもない。
子供たちの声を通して、「争いのない世界を願う気持ち」を静かに共有しようとする姿勢です。

そこが、この曲を何度聴いても嫌いになれない理由のひとつです。

日本で育った僕にとって、クリスマスは宗教行事ではありませんでした。
教会に通う習慣もなく、厳かなミサに参加することもありません。

12月になると、街の空気が少しだけ変わる。
デパートや商店街、ラジオやテレビから洋楽が多く流れ、街全体が、なんとなく浮き足立った雰囲気になる。

それが、僕の知っているクリスマスでした。

そもそもクリスマスって何?

そもそも、クリスマスという行事そのものも、必ずしも最初から「華やかな祝祭」だったわけではありません。

もともとは、キリストの誕生を記念する宗教的な日ですが、その日付である12月25日には、もっと古い意味が重なっています。

一年でいちばん夜が長くなる時期。
太陽の力がいちばん弱まり、それでも、ここからまた少しずつ日が伸びていく。

古い時代の人々は、この時期を「光が戻ってくる境目」として捉え、希望や再生の象徴として祝ってきました。だからクリスマスには、最初からどこか、静かで、祈りに近い空気が含まれていたのだと思います。

賑やかさよりも、「ここから先は、少し良くなるかもしれない」そんな控えめな願いのようなもの。

日本で育った僕にとって、クリスマスは宗教行事ではありませんでしたが、それでも12月になると、街の空気が少しだけ変わる理由が、今なら分かる気がします。

いつ、どこでこの曲を聴いたのだろう

この曲も、教会で聴いた記憶はありません。むしろ、レコード屋や街のBGM、年末が近づいた頃のラジオから、自然と耳に入ってきた一曲です。

歌詞の意味を、当時すべて理解していたわけではありません。それでも、「これは大事なことを歌っている曲だ」という感覚だけは、はっきりと残っていました。

ジョン・レノンという人は、日本の若者にとって、少し特別な存在だったように思います。

ビートルズのメンバーでありながら、どこか一人だけ、違う方向を見ている人。

理想を語ることを、照れたり、避けたりしない。

その姿勢が、当時の日本人には新鮮でした。奥様がオノヨウコというのも日本人が彼に親近感を抱く一因でしょう。

平和や愛といった言葉を、真正面から口にすることは、どこか気恥ずかしい。そんな空気の中で、それを堂々と語るレノンの姿は、少し眩しくもありました。

45年前の衝撃的な一日・・・

実は、この曲を聴くたびに、毎年のように思い出す光景があります。
それは、僕が大学生として迎える、東京での最後の12月のことです。

新宿の地下街を歩いていたとき、ふと目に入ったサイネージで、ジョン・レノンが凶弾に倒れた、というニュースを知りました。

人通りの多い地下街でしたが、その瞬間だけ、まわりの音がすっと遠のいたような気がしました。

悲鳴が上がるわけでもなく、誰かが騒ぐわけでもない。それでも、何か大切なものが、静かに崩れていくような感覚がありました。

あの光景は、今でも不思議なほど、鮮明に記憶に焼き付いています。
世界が急に変わったわけではありません。

翌日も、街は普段通りに動いていました。

それでも、「もう戻らないものがある」という事実だけは、確かに心に残りました。だからでしょうか。
この曲に込められた、子供たちのあのコーラスが、年を重ねるごとに、より切実に胸に響くようになったのは。

今、あらためてこの曲を聴いても、古くなったとは感じません。
世界は、今も決して平和とは言えないからです。

派手ではない。賑やかでもない。
それでも、12月の終わりに、静かに耳を傾けたくなる。

この曲には、人を少しだけ立ち止まらせる力があります。
一年を終える前に、静かに聴きながら、「平和でありますように」と自然に思えてくる。
そんな時間を与えてくれる、とても良い歌だと思っています。

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