■【レッド・チェッペリン】について、詳しくはこちら・・・・➡ 🎈(Zeppelin)
🎧 音声で聴く
この記事は、約3分の音声ナレーションでもお聴きいただけます。
文章の流れに沿って、第11位「No Quarter」が持つ、冷えた空気感と立ち止まるような時間の感覚をたどります。
読む前に、または読み終えたあとに、音でもぜひお楽しみください。
🇯🇵 日本語ナレーション
🇺🇸 英語ナレーション
🎸【レッド・チェッペリン編】第11位は・・・・
第11位は『No Quarter』です。
■ 導入角度:すぐ評価できなかった感覚
レッド・チェッペリンの楽曲は、主に大学生時代に聴いたのですが、その良さをより分かってきたのはずいぶん後のことです。多くの人がそうであるように、僕も「天国への階段」を聴いて徐々にハマっていった一人です。
彼らのアルバムは大概聴きました。聴くというより暇に任せてそばで流していた・・・この表現が正しいと思います。なので、この曲も最初の数回で判断できる種類の楽曲ではありませんでした。
良いとも悪いとも言えず、ただ温度の低い何かが残る。
なのに、時間が経つと不意に思い出される。その繰り返しでした。

超約
厳しい環境の中、戻ることを許されない者たちが進み続けています。
そこには情けや猶予はなく、選んだ道を引き返さない覚悟だけがある。
危険や嘲りに囲まれながらも、彼らは伝えるべきものを抱え、前へ進む。
この曲は、優しさよりも意志の重さを描いています。
🎥まずはいつものように、Youtubeの公式動画をご覧ください。
🎬 公式動画クレジット(公式音源)
曲名:ノー・クォーター
アーティスト:レッド・ツェッペリン
収録アルバム:『聖なる館(Houses of the Holy)』(1973年)
形態:オフィシャル・オーディオ(公式音源)
2行解説
冷ややかで神秘的なシンセと重厚なリズムが織りなす、アルバム屈指のダーク・ナンバー。
内省的なムードと緊張感が持続し、ツェッペリンの音楽的深化を象徴するスタジオ録音版。
日本語クレジット(公式ライブ映像)
Led Zeppelin
「No Quarter」
Live at Madison Square Garden, New York, 1973
🎼2行解説
1973年MSG公演からの名演で、ジョン・ポール・ジョーンズの幻想的なエレピと即興性が際立つライブ版。スタジオ版を大きく拡張した構成で、ツェッペリンの“暗と深”を象徴する決定的パフォーマンス。
日本語クレジット(公式ライブ映像)
曲名:ノー・クォーター(ライヴ・アット・マディソン・スクエア・ガーデン 1973/リマスター)
アーティスト:レッド・ツェッペリン
収録:1973年 マディソン・スクエア・ガーデン公演
権利表記:℗ Rhino Atlantic(公式提供音源)
2行解説
1973年MSG公演で披露された「No Quarter」の決定的ライヴテイクを、最新リマスターで収録。
ジョン・ポール・ジョーンズの神秘的なキーボードと、即興性あふれる演奏が頂点に達する名演。
なぜ最初に掴めなかったのか
音楽としての入口の狭さ
『No Quarter』は、聴き手を迎え入れる姿勢をほとんど見せません。
イントロから提示されるのは旋律ではなく、空気そのものです。
鍵盤の低音が広げるのは、期待よりも制限に近い感覚で、自由に動ける余地が少ない。
盛り上がらないことへの戸惑い
当時の僕は、レッド・ツェッペリンに対して、どこかで高揚や推進力を求めていました。

しかしこの曲は、前へ進む代わりに、足を止めるような音の配置を選びます。
その選択が、すぐに評価へ結びつかなかった理由でした。
音が描く風景の輪郭
温度と質感が先に来る
この曲を特徴づけているのは、音の「冷たさ」です。
それは感情的な冷酷さではなく、空間的な低温。
湿度を欠いた空気が広がり、音と音の間に隙間が生まれます。

各パートの役割分担
ドラムは前に出ず、一定の重さだけを刻み続けます。
ベースは旋律を支えるというより、地面の硬さを示す存在です。
鍵盤は視界を曇らせ、ギターは輪郭をぼかす。
どの音も主張を控え、全体で一つの景色を作っています。

語らないギターの意味
主役が前に出ない構造
ギターは確かに中心にいますが、感情を代弁しません。
フレーズは短く、余白を多く残し、鍵盤の影に身を置きます。
この抑制によって、音楽は個人の感情表現から距離を取ります。
風景としての成立
僕は以前、この控えめさを物足りなく感じていました。
けれど、語らないからこそ、聴き手は音楽の中を歩ける。
この曲は、物語ではなく、場所として存在しています。

第11位という配置の理由
Best25の中での機能
この曲は、勢いを加速させる役割を担っていません。
むしろ、流れを一度落ち着かせ、温度を下げる位置にあります。
第11位という配置は、その役割に最も適しています。
上位にしなかった判断
強烈な瞬間を持つ曲ではない。
しかし、欠けると全体のバランスが崩れる。
『No Quarter』は、Best25の中で「必要な重さ」を与える存在です。
時間軸が音に追いついてくるまで
評価しようとしていた頃の違和感

この曲との距離が変わったのは、何か決定的な出来事があったからではありません。
むしろ、変わったのは僕の側でした。
以前は、この曲を聴くと「何も起きない」という印象が先に立っていました。
展開は遅く、感情の起伏も乏しい。
理解しようとしても、どこにも掴める突起がない。
だから判断を先延ばしにし、Best25を考えるときにも、長らく保留の位置に置いていたのです。
判断を手放したあとに残ったもの
ただ、ある時期から、この曲を「評価する」こと自体をやめました。
良いか悪いかを決めず、意味を解釈しようともせず、ただ、音が流れる時間をそのまま受け取るようになりました。
すると、不思議なことに、以前は重たく感じていた停滞が、
「動かなくてもいい時間」として成立し始めたのです。
歌詞が示すもの、語らないもの
描かれている状況の輪郭
『No Quarter』の歌詞は、決して多くを説明しません。
厳しい環境に置かれ、戻ることを許されない者たち。
危険や嘲りに晒されながらも、何かを抱えたまま進み続ける姿。
そこにあるのは、勝利や救済ではなく、選んでしまった道から引き返さないという前提です。

なぜ理由が語られないのか
注目すべきなのは、彼らが「なぜ進むのか」を語られない点です。
正義も、大義も、明確な目的も示されない。
あるのは、選択の重さと、その先にある冷えた現実だけ。
この省略は、音像と強く結びついています。
説明しない言葉と、語らないギター。
歌詞とサウンドが、同じ態度を取っているのです。
僕自身の時間の中で起きた変化
好きになった瞬間が存在しない曲
この曲は、好きになった瞬間がはっきりしません。気づけば、そこにある。
聴かなくなった時期もあったはずなのに、完全に手放した記憶がない。
いつの間にか、生活のどこかに残り続けていました。

現実と重なり始めた感覚
若い頃の僕は、この曖昧さに居場所を見つけられませんでした。
けれど時間が経つにつれ、理由を言葉にできないまま続いてしまうことが、現実の中にいくつも存在していると分かってきました。
その実感が、この曲を「置ける音楽」に変えていったのだと思います。
なぜ第11位なのか
上位にも下位にも置けなかった理由
Best25の中で、この曲は上位を競う存在ではありません。
瞬間的な強さも、記憶への食い込みも控えめです。
ただ、ここより下に置くと、全体の温度が少し上がりすぎる。
ここより上に置くと、重さが前に出すぎてしまう。

紹介順としての必然性
Best25全体の見え方を変える位置
この順位、この順番で紹介することで、Best25全体の輪郭が少しはっきりします。
派手さではなく密度。
感情ではなく持続。
その軸を、ここで一度示しておきたかったのです。
着地点として
この曲は、Best25の中で温度を下げ、時間を引き延ばす位置 にあります。
目立たないが、欠けると確実に分かる。
そういう曲が、このあたりに一曲あることが、僕にとってはとても自然でした。


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