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🎸【松任谷由実】編・第13位は・・・・
第13位は『ノーサイド』です。
冬の高校ラグビーを語るとき、どうしても思い出してしまう一曲があります。それが、この『ノーサイド』です。
この曲が生まれた背景として語り継がれているのが、1984年1月7日に行われた第63回全国高等学校ラグビーフットボール大会の決勝――天理高校対大分舞鶴高校の一戦です。
この試合は、最後のキックシーンまで劇的な展開が続きました。大分舞鶴が試合終盤に迎えたキックは、もしこれが決まっていれば同点に追いつき、両校優勝となっていた場面だったと言われています。しかし、その一蹴はわずかに枠を外れてしまいました。

激闘の中で全力を出し尽くし、勝敗を分ける場面で運命のような「あと一歩」が届かなかった。その瞬間の静けさと、勝敗と関係なく互いを称え合うラグビーの「ノーサイド」の精神――この二つが融合した情景を、松任谷由実は深く胸に刻んだのではないかと想像されます。
大分県出身の僕にとって、舞鶴高校のラグビーの強さは昔から誇りでした。
冬になるたび、当たり前のように花園にいる存在。泥だらけになりながらも前へ出続ける真っ黒なジャージの姿は、地元の子どもにとってまさにヒーローでした。その舞鶴が決勝で見せた最後のキックシーン――歓声が静まり返ったあの一瞬は、今でも忘れられません。
『ノーサイド』は、単なる勝ち負けだけを歌った曲ではありません。喜びや悲しみ、そして全力を出し尽くしたあとの静謐が織り込まれた一曲です。あの日の舞台と、肌で感じた誇りがあるからこそ、この歌は僕の胸に一層深く響くのです。
2026年の今、改めて聴き直すと、あの頃とは少し違った涙が頬を伝うのを感じます。
まずは、YouTube公式動画をご覧ください
日本語クレジット(公式動画)
松任谷由実 — 「ノーサイド」
収録アルバム:『NO SIDE』(1984年12月1日発売)
2行解説
ラグビーの試合終了を意味する「ノーサイド」という言葉をタイトルにした、ユーミンの代表的バラードです。1984年の高校ラグビー決勝・天理対大分舞鶴戦を背景に、全力を出し尽くしたあとの静けさと未来への希望を描いています。
1984年の冬、僕たちが見ていた景色
アルバム『NO SIDE』が運んできた冬
僕がこの曲と出会ったのは、社会人になって数年が経ち、仕事にも慣れ始めたけれど、学生時代の「熱」のようなものが徐々に冷めていくのを感じていた頃でした。1984年12月1日、アルバム『NO SIDE』がリリースされました。ジャケットに写るユーミンは、白いニットに身を包み、どこか遠くを見つめていました。

当時の日本は、まさにバブル景気へと向かう助走期間に入っていました。街は華やぎ、人々はより刺激的な未来、より豊かな生活を求めて浮き足立っていたように思います。ヒットチャートには明るく煌びやかなアイドルソングや、都会的なシティポップが溢れていました。そんな喧騒の中で、このアルバムの表題曲である『ノーサイド』が放つ静謐な空気は、ある種の異物でありながら、同時に心の奥底にある「置き忘れてきたもの」を刺激するような、不思議な引力を持っていました。
アルバムの1曲目『SALAAM MOUSSON SALAAM AFRIQUE』から始まるエキゾチックな旅の果てに、最後の最後でこの『ノーサイド』が流れてくる。その構成自体が、遠い世界から日本の冬、それも青春の終わりの場所へと帰ってくるような儀式のように感じられたものです。
「枯れた芝生の匂い」が呼び覚ます記憶
歌詞の冒頭、「彼は目を閉じて 枯れた芝生の匂い 深く吸った」。この一行だけで、僕の意識は瞬時に冬のスタジアムへと引き戻されます。

実際にラグビーをプレイしていたわけではありません。それでも、大分の冬空の下で見た風景と、この「枯れた芝生の匂い」というフレーズには、強烈なリアリティがありました。それは、冷たく乾燥した風に乗って鼻腔をくすぐる、あの独特の土と草の匂い。そこには、夏草のような生命力や湿り気はありません。あるのは、ひとつの季節が終わっていく「乾いた寂寥感」です。
ユーミンという人は、視覚的な描写だけでなく、こうした嗅覚や触覚に訴えかける表現が恐ろしいほど巧みです。目を閉じて深呼吸をする主人公の姿を通して、僕たち聴き手もまた、その冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだような錯覚に陥ります。
回想:スタジアムの光と影
「ゴールをそれた」キックの重み
この曲のドラマを決定づけるのが、「長いリーグ戦 しめくくるキックは ゴールをそれた」という残酷な描写です。劇的な逆転勝利でもなく、同点のノーサイドでもなく、決定的な敗北の瞬間からこの歌は始まります。
当時20代だった僕は、この歌詞を聴いて、まるで映画のワンシーンのように美化された悲劇として受け止めていました。若さゆえに、「負けること」さえも青春の1ページとしてドラマチックに捉えていたのです。
しかし、あれから40年以上の時が流れ、人生の後半戦を生きる今、この「ゴールをそれたキック」の意味合いは、僕の中で大きく変化しました。

人生においては、起死回生のチャンスなんてそう何度も訪れるものではありません。そして、その数少ないチャンスにおいて、渾身の力を込めて蹴ったボールが、無情にもゴールポストを外れていく。そんな経験を、僕たちは嫌というほど積み重ねてきました。仕事での失敗、人間関係の破綻、守れなかった約束。若い頃に感じた「美しい悲劇」ではなく、もっと痛切で、取り返しのつかない「現実の重み」として、この歌詞が胸に迫ってくるのです。
「肩を落として 土をはらった」。その仕草一つに込められた悔恨と、それでも顔を上げなければならない人間の業。ユーミンは、勝者ではなく敗者にカメラを向けることで、誰の人生にも必ず訪れる「終わりの時」を肯定しようとしたのではないでしょうか。
「もう二度とかぐことのない風」
個人的に最も胸を締め付けられるのが、「彼はもう二度と かぐことのない風 深く吸った」というフレーズです。

学生スポーツにおいて、「ノーサイド」の笛は、単なる試合終了を意味しません。それは、仲間と同じユニフォームを着て、同じ目標に向かって走った日々の「完全な終わり」を意味します。卒業、就職、それぞれの道。もう二度と、このメンバーで、このグラウンドに立つことはない。その不可逆性を、「もう二度とかぐことのない風」という言葉が残酷なまでに突きつけてきます。
僕自身の記憶を辿っても、あの頃感じていた風の匂い、あの頃見上げていた空の色は、今のそれとは明らかに違います。物理的な環境の変化だけではないでしょう。自分自身の感性が、年齢とともに変質してしまったからこそ、当時の感覚は「二度と戻らないもの」として記憶の中で結晶化されているのです。
1980年代という、日本中が「前へ、前へ」と進むことに夢中だった時代に、立ち止まり、振り返り、終わっていくものを慈しむ視点を持っていたユーミン。彼女のその早熟な精神性に、今更ながら驚嘆せずにはいられません。
歌詞が問いかける「犠牲」と「永遠」
「何を犠牲にしたの」という問いかけ
後半の歌詞に入ると、視点は「彼」の心情から、それを見守る「私」の想いへとシフトしていきます。「何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの 誰も知らず」。この問いかけこそが、『ノーサイド』という楽曲に深遠な哲学的意味を与えています。

一つのことを成し遂げようとする時、あるいは一つの道を走り抜けようとする時、人は必ず何かを犠牲にします。それは時間や労力だけでなく、時には大切な人との関係であったり、自分自身の健康であったり、あるいは「別の可能性があったかもしれない人生」そのものであったりします。華やかな歓声の裏側で、走り続けてきた人間だけが知っている孤独な取捨選択。その痛みを、ユーミンは「誰も知らず」と静かに歌い上げます。
「歓声よりも長く 興奮よりも速く 走ろうとしていた あなた」。ここには、競技の結果や周囲の評価を超越した、彼自身の内なる衝動への敬意が込められています。彼が戦っていたのは、対戦相手であると同時に、自分自身であり、流れていく時間そのものだったのかもしれません。
社会に出て長い時間が経つと、成果や数字で評価されることに慣れきってしまいます。しかし、この曲は思い出させてくれるのです。本当に大切なのは、結果が出るまでの過程で何を思い、何を捨て、どう走ったかという「生き様」そのものなのだと。同行者であるあなたも、きっと誰にも言えない「犠牲」を払って、ここまで歩いてこられたのではないでしょうか。

「人々がみんな 立ち去っても」残るもの
この曲の中で最も美しく、そして最も切ないのがサビのラストです。「人々がみんな 立ち去っても 私ここにいるわ」。
試合が終わり、勝者と敗者が決まり、観客たちはそれぞれの日常へと帰っていきます。熱狂は冷め、スタジアムは祭りの後の虚無感に包まれる。そんな中、敗北し、膝をついた彼のそばに、たった一人残る「私」の存在。
これは単なる恋愛ソングにおける「献身」でしょうか? 僕は少し違う気がしています。これは、勝敗や損得で繋がっている関係ではなく、その人の「存在そのもの」を全肯定する、究極の承認の姿だと思うのです。
若い頃は、自分が「彼」の立場になって、こんな風に見守ってくれる女性がいたらいいな、という淡い願望を重ねていました。しかし今は、この「私」の視点にこそ、ユーミンの凄みを感じます。彼にかける言葉を探すわけでもなく、励ますわけでもなく、ただ「ここにいる」。その沈黙の共有こそが、敗者にとって唯一の救いになることを、彼女は知っていたのです。

そして、「人々がみんな あなたを忘れても ここにいるわ」と続く歌詞。時が経てば、あの日の熱戦も、彼の流した涙も、世間からは忘れ去られていきます。名勝負として記録には残るかもしれないけれど、彼個人の痛みは風化していく。それでも、その痛みを共有し、記憶し続ける人間が一人でもいれば、その過去は無駄にはならない。この絶対的な肯定感に、僕は何度救われたかわかりません。
移ろいゆく季節と変わらないゼッケン
「同じゼッケン 誰かがつけて」
曲の後半、「同じゼッケン 誰かがつけて また次のシーズンを かけてゆく」という描写が登場します。ここには、ユーミン特有の冷徹なまでのリアリズムがあります。
どれほど偉大な選手が去っても、どれほど悲劇的な敗北があっても、季節は巡り、新しい選手が同じ背番号(ゼッケン)をつけてグラウンドに現れます。組織や社会も同じです。自分が去った後も、自分の席には誰かが座り、日常は続いていく。自分の代わりなどいくらでもいるのだという、無常観。

しかし、ユーミンはそれを「虚しい」とは歌いません。「また次のシーズンを かけてゆく」と、脈々と受け継がれていく生命のサイクルのように表現します。個人の物語は終わっても、魂のようなものは引き継がれていく。
この部分を聴くとき、僕は自分自身の「引き際」や「継承」について考えさせられます。かつて自分が必死に守ってきたポジションや役割を、若い世代に託していく。そこには一抹の寂しさがありますが、同時に、自分が繋いできたバトンが未来へと走っていく様子を見る頼もしさもあります。自分が主役の季節は終わり、観客席から新しいプレイヤーを見守る側になる。その視点の変化を、この曲は優しく促してくれるような気がするのです。
Best15・第13位に選んだ理由
敗北を知るすべての大人たちへ
なぜ、『ノーサイド』を第13位に選んだのか。
それは、この曲が「負けることの美しさ」を教えてくれた、僕にとっての教科書だったからです。世の中には「負けないための歌」や「勝利を掴むための応援歌」は溢れています。しかし、「負けた後の立ち上がり方」や「終わってしまった季節の愛し方」を教えてくれる歌は、そう多くはありません。
人生は、勝ち続けることなど不可能です。むしろ、負けや喪失の数の方が圧倒的に多い。だからこそ、ゴールをそれたキックを呆然と見送る瞬間の、あのどうしようもない絶望を、美しい旋律と物語で包み込んでくれるこの曲が必要なのです。
国立競技場は新しくなり、ラグビーのルールや戦術も変わりました。僕たちの生活様式も1984年とは比べ物にならないほど変化しました。それでも、冬の夕暮れ、冷たい風の中に立ち尽くす時の孤独な心持ちは変わりません。

「少しでもわかりたいから」。そう願ってそばにいてくれる人の存在を信じて、また次のシーズンを、別の形で走っていこう。そんな静かな勇気をくれるこの名曲を、人生の秋を迎えた今だからこそ、深く深く噛み締めたいと思うのです。


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