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第4位は『あの日にかえりたい』です
僕の勝手なBest15、ユーミン編もいよいよ大詰め、第4位の発表です。 選んだのは、1975年(昭和50年)にリリースされ、ユーミンこと荒井由実の名を世間一般、いわゆる「お茶の間」レベルにまで浸透させた決定的な一曲、『あの日にかえりたい』です。
これは単なるヒット曲ではありません。 日本のポップスが「歌謡曲」から「ニューミュージック(あるいはシティポップの源流)」へと脱皮する瞬間を捉えた、歴史的なドキュメントでもあります。そして何より、僕たちの中に眠る「取り返しのつかない過去」を、残酷なほど美しくあぶり出す装置なのです。
僕は当時高校2年生でした。安っぽいカーテンの隙間から見上げた曇り空。あの日、行き場のない情熱を持て余していた「学生時代の僕」が、今もこの曲の中に住んでいます。 今日は少し感傷的に、このセピア色の傑作について語らせてください。
まずは公式音源でお聞きください
まずは、その洗練を極めたサウンドをご確認ください。ティン・パン・アレーによる演奏は、半世紀近く経った今でも全く色褪せることがありません。
■ 日本語クレジット
曲名:Those Were The Days / あの日にかえりたい(2022 Mix)
アーティスト:荒井由実
作詞:荒井由実
作曲:荒井由実
収録アルバム:『Yuming BANZAI! 〜Yumi Matsutoya 50th Anniversary Best Album〜』
発売日:2022年10月4日
レーベル:UNIVERSAL MUSIC LLC
提供:Universal Music Group
■ 2行解説
1975年発表の代表曲を2022年ミックスで再構築。
透明感あるメロディと郷愁を帯びた歌詞が、時代を超えて胸に響く名バラード。
泣きながらちぎった写真、その指先の痛み
「荒井由実」が「ユーミン」になった瞬間
この曲が発売された1975年という時代を少し振り返ってみましょう。 当時の僕はまだ何者でもなく、ただ漠然とした不安と希望が入り混じった日々を過ごしていました。街にはまだフォークソングの残り香がありましたが、少しずつ、もっと都会的で、もっと乾いた「何か」が求められ始めていた時期です。
そこに現れたのがこの曲でした。 前作までの『ひこうき雲』や『MISSLIM』で見せた天才的なソングライティング能力に加え、この曲には明らかに「大衆を振り向かせるフック」がありました。ドラマ主題歌というタイアップも相まって、レコード店だけでなく、街の喫茶店や商店街のスピーカーからもこのメロディが流れてきました。
しかし、ヒットしたからといって決して「俗」には落ちていない。そこが彼女の恐ろしさです。ボサノヴァのリズムを取り入れた気だるいサウンドは、歌謡曲特有の湿っぽさを排除し、悲しみさえも一つの「スタイル」として提示してみせました。

歌詞が描く「映像」の鮮烈さ
さて、今回改めて歌詞の世界に深く潜ってみたいと思います。 冒頭のフレーズから、あまりにも鮮烈なシーンが始まります。
主人公は泣きながら写真をちぎり、それを手のひらで繋ぎ合わせています。 この「ちぎる」という行為の不可逆性。一度壊してしまったものは、繋ぎ合わせても決して元には戻らない。継ぎ目だらけの笑顔にしかならない。その残酷な事実を、たった数行で描写してしまう筆力には言葉を失います。

「悩み泣き昨日の微笑み」 「わけもなく憎らしいのよ」
このあたりの感情の揺れ動きもリアルです。 失恋の歌と捉えられがちですが、僕はもっと広い意味での「喪失」の歌だと解釈しています。それは恋人を失った悲しみであると同時に、無垢でいられた「昨日の自分」との決別でもあるのです。
「青春の後ろ姿」という発明
この曲の歌詞の中で、僕が最も唸らされた、いや、心を抉られたフレーズがあります。 それが「青春の後ろ姿」という言葉です。
普通、「青春」という言葉は、渦中にいる時には気づかないものです。過ぎ去ってから「あれがそうだったのか」と気づく。 しかし、彼女はそれを「後ろ姿」として可視化しました。
人は皆、その背中を忘れてしまう。 けれど、ふとした瞬間に思い出してしまう。 あの頃の私に戻って、あなたに会いたい。

特定の誰かというよりも、あの時代の空気そのものに「会いたい」と願う気持ち。ユーミンは、そんな万人が抱えるノスタルジーの琴線を、正確に弾いてみせるのです。
ティン・パン・アレーが織りなす「都会の影」
湿度を消し去るボサノヴァ・ビート
サウンド面についても触れないわけにはいきません。 この曲の最大の功績は、日本のポップスに本格的なボサノヴァのテイストを持ち込んだことでしょう。
それまでの日本の悲恋ソングは、どうしても演歌的な「湿り気」を帯びていました。未練、涙、雨、夜……。 しかし、『あの日にかえりたい』は違います。
林立夫のドラム、細野晴臣のベース、鈴木茂のギター、そして松任谷正隆のキーボード。いわゆる「キャラメル・ママ(ティン・パン・アレー)」による演奏は、極めてドライで、クールです。 特に、あのアコースティックギターの音色。 爪弾かれる弦の音が、まるで秋の乾いた風のようにスピーカーから流れ出します。そこに湿気はありません。あるのは、都会のビルの谷間に落ちる影のような、ひんやりとした孤独感です。

「光る風」と「草の波間」の対比
2番の歌詞に目を向けると、視点は室内から屋外へと移ります。 「暮れかかる都会の空」 「思い出はさすらってゆくの」
この「さすらう」という言葉の選び方も絶妙です。思い出が定着せず、浮遊している様子。 そして、「光る風」「草の波間」という、どこか郊外の風景を思わせる描写が登場します。
ここには、都会の喧騒と、心の中にある原風景とのコントラストがあります。 駆け抜ける私が見える、という表現は、現在の自分が、過去の自分を俯瞰して見ているような、不思議な浮遊感を感じさせます。まるで映画のカメラが、草原を走る少女をロングショットで捉えているかのような。

この視覚的な描写力こそ、彼女が「映像的なソングライター」と呼ばれる所以でしょう。 僕たちはこの曲を聴くとき、単に音楽を聴いているのではなく、ショートムービーを見せられているような錯覚に陥るのです。
コーラス・アレンジという「もう一つの楽器」
山本潤子のハーモニーがもたらす清涼感
この曲を語る上で欠かせないのが、バックコーラスの存在です。ハイ・ファイ・セットの山本潤子さんが参加していることは有名ですが、彼女の声が重なることで、楽曲全体に透明感と奥行きが生まれています。
ユーミンの少しハスキーで個性的な声と、山本さんの伸びやかでクリアな声。この二つの声質のコントラストが、絶妙なバランスで響き合います。
サビの部分、「あの頃のわたしに戻って」「あなたに会いたい」というフレーズでのハーモニー。
あれは単なるハモリではなく、まるで「過去の自分」と「現在の自分」が対話しているかのようです。

あるいは、「本当の気持ち」と「建前の気持ち」が重なり合っているのかもしれません。このコーラスワークこそ、日本のポップスにおける「洗練」の極みと言えるでしょう。
2026年の今、改めて聴く『あの日にかえりたい』
東松原の踏切で、もう一度
この曲を聴くたび、僕はふと、あの頃の自分に戻りたくなります。井の頭線がガタゴトと走る音、夕暮れの商店街の匂い、そして狭いアパートの窓から見上げた空。

何も持っていなかったけれど、すべてがそこにあったような気がします。今、こうして年齢を重ね、ある程度のものを手に入れたかもしれません。
しかし、同時に多くのものを失ってきたことにも気づかされます。若さ、情熱、無謀さ、そして純粋さ。それらは二度と戻らない「青春の後ろ姿」です。
でも、それでいいのだと思います。戻れないからこそ、思い出は美しい。そして、その美しさを永遠に閉じ込めておける音楽という魔法がある。
ユーミンは、その魔法使いとして、僕たちの心の奥底にある大切な記憶を守り続けてくれているのです。
昭和、平成、令和、そして……
時代は移り変わりますが、人の心の本質は変わりません。失った恋への未練、過ぎ去った日々への愛惜。

これらは普遍的な感情です。だからこそ、『あの日にかえりたい』は、いつの時代もスタンダードナンバーとして聴き継がれていくのでしょう。
2026年の今、若い世代の人たちがこの曲を聴いて、どんな風景を思い浮かべるのか。それは僕にはわかりません。
しかし、きっと彼ら彼女らなりの「あの日」があり、「あなた」がいるはずです。そして数十年後、彼らもまた、この曲を聴いて涙する日が来るのかもしれません。
最後に:心に残るフレーズ
青春の後ろ姿を 人はみな忘れてしまう
あの頃のわたしに戻って あなたに会いたい
この言葉を噛み締めながら、今夜は少しだけ、昔のアルバムを開いてみようかと思います。


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