【7月20日】は、キム・カーンズの誕生日『ベティ・デイビスの瞳』をご紹介!

今日7月20日はキム・カーンズの誕生日!〜時代の空気を変えた、ひとつの視線〜

7月20日は、アメリカのシンガーソングライター、キム・カーンズ(Kim Carnes)の誕生日です。1945年にカリフォルニア州ロサンゼルスで生まれた彼女は、長年の下積みを経て1980年代に大輪の花を咲かせた実力派アーティスト。その代表作が、1981年に世界的ヒットを記録した『ベティ・デイビスの瞳(Bette Davis Eyes)』です。

今日の紹介曲:『ベティ・デイビスの瞳( Bette Davis Eyes)』!

まずはYoutube動画(公式動画)からどうぞ!!

🎵 ク公式動画クレジット
Kim Carnes - "Bette Davis Eyes" (Official Video)
© 1981 EMI America Records, remastered by Vevo in HD.
📝 2行解説
ハスキーな歌声で知られるキム・カーンズが放つ1981年の大ヒット曲。
「ベティ・デイヴィスのような目」を持つ女性の魅力をクールに描写した代表作です。

僕がこの曲を初めて聴いたのは・・・♫

My Age 小学校中学校高校大学20代30代40代50代60才~
曲のリリース年1981
僕が聴いた時期

僕がこの曲を初めて聴いたのはリリース当時の社会人なりたてほやほやの頃だと思います。
以下の解説にも出てきますが、MTVが開局したばかりでその印象も強い楽曲です。

リズミカルで、演奏も歌唱もエッジが効いている。特別ではないけれど当時は何度も聴きました。歌の途中で、ロッドスチュアートの声とそっくりな個所があると感じるのは僕だけでしょうか??

世界を席巻した1981年の“視線”

この曲は1981年4月に発表され、ビルボードHot100で9週連続1位を記録しました。さらに、グラミー賞では最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞をダブル受賞するという快挙を達成します。当時は音楽専門チャンネル「MTV」が開局したばかりで、音楽が“聴く”ものから“観る”ものへと変化し始めた転換期。そんな時代の波に乗って、キム・カーンズのミステリアスなビジュアルとモノクロームのミュージックビデオは、視覚的なインパクトでも人々の記憶に深く刻まれました。

アメリカと日本、交差する1981年の風景

1981年のアメリカでは、ロナルド・レーガン大統領が就任し、保守回帰と経済自由化の風が吹き始めていました。一方、日本では「なめ猫」グッズや漫才ブームが席巻し、軽妙なポップカルチャーが台頭していました。音楽シーンにおいては、寺尾聰『ルビーの指環』が年間チャートを独走し、松田聖子や近藤真彦がアイドルの黄金期を牽引していました。

このような背景の中でリリースされた『ベティ・デイビスの瞳』は、ポップスの定義を塗り替えるほどの斬新な存在感を放ち、日米の文化的空気の中で静かに衝撃を与えたのです。


原曲は別にあった? 〜意外な事実と大胆な変身〜

実はこの曲、キム・カーンズのオリジナルではありません。ジャッキー・デシャノン(Jackie DeShannon)が1974年に発表した楽曲が原曲となっています。オリジナルは、どこかラグタイム風のピアノが軽快に跳ねるポップチューンで、明るく朗らかな雰囲気を持っていました。

カバーとは思えぬ再構築の妙

キム・カーンズとプロデューサーのヴァル・ギャレイは、この楽曲を根本から再構築します。当時登場したばかりのシンセサイザー「プロフェット5」を用いた不穏で耳に残るリフ。そして、ドラムには80年代を象徴する“ゲートリバーブ”を施した硬質なサウンドが加わります。このエフェクトにより、スネアの響きが途中でパキッと断ち切られるような特有の残響となり、当時の最新トレンドを見事に体現していました。

この大胆な音作りによって、原曲の陽気さは姿を消し、冷たく、都会的で、どこか不安を誘う音像へと生まれ変わりました。カバーというよりも、むしろ“再発明”と呼ぶにふさわしい変貌です。


歌詞に浮かび上がる“運命の女”の肖像

時代を横断する女優たちの名を借りて

歌詞に登場するのは、1930〜40年代のハリウッドを代表する女優たち。金髪のセックスシンボル、ジーン・ハーロウ。神秘的なオーラを放ち続けたグレタ・ガルボ。そしてタイトルに掲げられる、あのベティ・デイヴィス

ベティ・デイヴィスは、強い個性と鋭い目つきで知られ、演技力と存在感の両面で“ハリウッドの巨星”として君臨した女優。彼女の瞳は、人を惹きつけるだけでなく、試し、見抜き、拒む力をも秘めていたと言われます。そんなイメージを借りて描かれる女性像は、甘美で、挑発的で、危うい——まさに「ファム・ファタール(運命の女)」そのものです。

彼女は何者なのか

この曲の主人公は、見た目の美しさ以上に、相手の感情を操る知性と狡猾さを持った存在として描かれています。恋愛を“遊び”として捉え、心を揺さぶること自体を楽しむような描写は、単なるラブソングの枠を超えた知的な構築です。

引用を控えつつもあえて触れるなら、「彼女はあなたをじらし、不安にさせる」「それでも、あなたを喜ばせるため」という表現が象徴的です。そこには、一筋縄ではいかない女性の“魅せる力”が詰まっています。


キム・カーンズの声がすべてを説得する

この楽曲の世界観に、決定的なリアリティを与えているのが、キム・カーンズのあの声です。ハスキーで煙るような彼女の歌声は、強さと脆さ、官能と冷淡さを絶妙なバランスで兼ね備えています。

この声が歌うからこそ、この曲の“彼女”は、生々しく、リアルで、時に危険な存在として響くのです。もし他のアーティストが歌っていたなら、ここまでの説得力は得られなかったかもしれません。

操る女、試す女、見透かす女

『ベティ・デイビスの瞳』の後半部分では、主人公の女性がより具体的な行動に出てきます。たとえば、「あなたを家に連れて帰る」「サイコロのように転がす」など、主導権を完全に握る存在として描写されます。これは単なる“気まぐれな恋”ではなく、意図的な操作や支配にも近いものであり、聴き手にある種のスリルを与えます。

しかしそれは冷酷なだけではありません。相手を魅了し、虜にし、そして最後には突き放す。まるで、どこか悲劇的な物語を予感させるような詩的な毒がこの歌詞全体に漂っています。

さらに終盤では、“スパイのように思われている”という記述も登場します。これは、おそらく彼女の行動や発言が、あまりに計算高く、読めないからこそ、周囲に警戒心を抱かせていることを暗示しています。

このように、この曲における「彼女」は、表面の美しさの奥に“観察者”としての冷徹な目線を持ち合わせた存在として描かれています。


日本の音楽シーンとの対比と共振

歌謡曲とテクノポップが交錯した時代背景

1981年の日本の音楽シーンは、まさに転換期のまっただ中にありました。年間チャートのトップは、寺尾聰の『ルビーの指環』。この楽曲は都会的なメロウさと哀愁をまとったサウンドで、AORの代表として多くの大人たちの心をつかみました。また、松田聖子は『白いパラソル』『夏の扉』などでトップアイドルとして地位を確立し、近藤真彦の『スニーカーぶる〜す』がティーンズのカリスマとして爆発的にヒットします。

このように、当時の日本のメインストリームは歌謡曲とアイドルポップスが席巻しており、キム・カーンズのような冷たくスタイリッシュなシンセポップとは、あまりにも対照的でした。

それでも若者たちは反応していた

しかし、水面下では異なる潮流が生まれつつありました。YMO(イエロー・マジック・オーケストラに代表されるテクノポップの隆盛です。坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣らによる革新的な電子音楽は、日本国内外で高く評価され、感度の高い若者たちはそこに新しい未来の音楽を感じ取っていました。

この文脈で見ると、『ベティ・デイビスの瞳』の持つ冷たさ、無機質な美、そして機械的なリズムは、日本のサブカルチャー層に確実に共鳴していたといえるでしょう。特に都市に生きる若者たちにとって、この曲は従来の“情感”では語りきれない、理知的な美しさを体現する一曲として捉えられたのではないでしょうか。


ミュージックビデオに映された新しい美意識

“見せる音楽”へのシフト

1981年は、音楽史上でも特別な年です。この年の8月、アメリカで音楽専門チャンネル「MTV(Music Television)」が開局し、アーティストのビジュアルが音楽の評価に直接影響を与える時代が幕を開けました。

『ベティ・デイビスの瞳』のモノクロームで構成されたMVは、この潮流にいち早く乗った作品でした。白と黒の世界に浮かび上がるキム・カーンズの表情は、まさに“見るべき音楽”を象徴しており、シンプルながら強烈な印象を残します。

特筆すべきは、MVが極端に情報量を絞っていること。背景は抽象的、照明は最小限、動きも極端に抑えられている。それでも——いや、それゆえにこそ——観る者は彼女の“瞳”に集中せざるを得なくなるのです。

視線に込められた力

MVでは、楽曲のタイトルそのままに、「目」がひとつの主役として描かれています。キム・カーンズ自身の視線はもちろん、バンドメンバーや観客役の女性たちが交互に見せる“凝視”が、楽曲全体のテーマを視覚的に補完しているのです。

この演出により、聴く者・観る者は、歌詞以上に“あの女性は一体何者なのか?”という疑問に囚われ、より深く物語の中に引き込まれていく仕掛けになっています。

『ベティ・デイビスの瞳』(キム・カーンズ)意訳

彼女の髪は黄金、唇は誘惑の甘さ
その指先は冷たくも、心は火花を散らす
誰よりも研ぎ澄まされた目を持ち
心を見透かすように音楽を操る

男たちは彼女に魅せられ
気づかぬうちに翻弄される
笑みひとつ、仕草ひとつで
すべてが計算された魔法のようだ

無垢さの仮面をまとい
ときに母性、ときに獣のように
こちらの欲望を映し出し
最後には青ざめて立ち尽くすしかない

冷酷とも思えるその眼差しに
憧れと恐れが入り混じる
それが彼女――
ベティ・デイヴィスの瞳を宿した女

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