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🎸【風/kaze】編・第5位『ほおづえをつく女』です。
第5位は『ほおづえをつく女』です。
『ほおづえをつく女』は、いわゆる「風の代表曲」として真っ先に名前が挙がるタイプの楽曲ではありません。しかし本作は、風というユニットが“叙情フォーク”の枠組みから一段階踏み出し、人の生活や時間の流れそのものを楽曲に定着させ始めた時期を象徴する作品です。恋愛の歌でありながら、感情よりも行動と時間に焦点が置かれている点に、この曲の独自性があります。
超約
この曲は、別れを経験した女性が、過去に立ち止まる時間と新しい生活へ踏み出す時間を行き来しながら、自分の時間の使い方を変えていく物語です。物語の中心にあるのは恋愛の成否ではなく、停滞と再始動のあいだで揺れる日常の変化です。曲はその過程を、具体的な生活描写を通して客観的に示しています。
まずは公式動画をご覧ください。
✅ 公式動画クレジット 曲名:ほおづえをつく女 アーティスト:風 レーベル:PANAM(日本クラウン株式会社) 作詞・作曲:伊勢正三 音源:2021 Remaster(Official Audio) © NIPPON CROWN CO., LTD. YouTube掲載情報:Label official audio / Auto-generated by YouTube 📝 2行解説 1970年代の風を代表する一曲で、伊勢正三の叙情的な作家性が端的に表れた楽曲。 2021年リマスターでは、当時の空気感を保ったまま、声とアコースティックの輪郭がより明瞭に再構築されている。
曲の基本情報
リリース情報
『ほおづえをつく女』は、1976年12月5日に発売された、風の4枚目のシングルです。A面に『ほおづえをつく女』、B面に『旅の午後』を収録しています。いずれも作詞・作曲は伊勢正三で、当時の風の音楽性を端的に示す構成となっていました。
また本曲は、同年発表のアルバム『WINDLESS BLUE』にも収録されています。シングルとアルバムの両方で提示されたことから、当時の制作側が一定の完成度と汎用性を見込んでいた楽曲であったことがうかがえます。

当時のヒット状況と評価のされ方
シングル『ほおづえをつく女』は、オリコン最高40位を記録しています。爆発的なヒットには至らなかったものの、風の作品群の中では安定した成績であり、一定のリスナーに確実に届いていた楽曲でした。
1970年代半ばのフォーク/ニューミュージック・シーンでは、メッセージ性の強い楽曲や、分かりやすい情感を持つ作品が注目を集めやすい状況にありました。その中で本作は、明確な主張や劇的な展開を避け、生活の中にある停滞を描く方向を選んでいます。この選択が、チャート上では控えめな結果につながった一方で、アルバムを通して聴くリスナーの記憶には残る要因となりました。
曲のテーマと世界観
主人公は「止まっている」のではなく「固定されている」
この曲の前半に描かれる主人公は、一見すると何も変化していない人物のように見えます。しかし重要なのは、彼女が時間の中に留まっている点です。日常は続き、時間も消費されていますが、その使い道はすべて過去に向いています。

ここで描かれているのは感情的な停滞ではなく、行動の固定です。同じ場所で、同じ姿勢を取り、同じ思考を繰り返す。その反復によって、時間の向きが更新されない状態が作られています。本作は、この「動いているのに進まない構造」を冷静に提示しています。
恋愛ではなく「生活の向き」を描いた物語
『ほおづえをつく女』を恋愛の歌として読むと、別れの理由や感情の強さに意識が向きがちです。しかし本作の焦点は、関係性そのものではなく、その後に残された生活の向きにあります。誰と過ごすか、どこに身を置くか、時間をどう使うか。その選択の積み重ねが、主人公の状態を形作っています。
前半では、その生活が完全に過去向きであることが示されます。この構造を丁寧に描くことで、後半に起こる変化が強調される準備が整えられています。
歌詞の核心部分と解釈
歌詞に表れる転換点の読み取り
この曲では、主人公の変化が感情の言葉で説明されることはありません。代わりに、姿勢や行動を示す短いフレーズが、時間の向きが切り替わる地点として配置されています。
前半を象徴するのが、タイトルにもなっている「ほおづえをつく」という姿勢です。
これは視線が内側に向き、外界との接点を閉じている状態を示しています。時間は消費され続けていますが、その行き先は過去に固定されています。

一方、後半では
「外へ出る」ことを示す短い表現が現れます。
ここでも感情の整理や決意は語られません。ただ、行動が変わったという事実だけが提示されます。
この対比は感情ではなく、生活の向きの変化を示しています。姿勢から移動へ、内側から外側へ。主人公は過去を克服したのではなく、時間の使い方を切り替えただけなのです。
変化は感情ではなく「行動」に現れる
後半で描かれる変化は、心理的な解決ではありません。主人公は強い意志を表明せず、過去を断ち切る宣言もしません。示されるのは、どこに身を置き、どこへ向かうかという行動の変化だけです。
感情が整理されなくても、生活は動かせる。本作はその事実を、説明ではなく構造で示しています。行動が先に変わり、その結果として時間の向きが更新される。この順序が崩れていない点に、物語の現実感があります。
サウンド/歌唱の役割
都会的な音像が作る生活のリアリティ
『ほおづえをつく女』のサウンドは、フォーク的な情緒に寄りかかるというより、当時の都市生活の空気を薄くまとった音像で構成されています。音数は決して多くありませんが、音の配置には無駄がなく、部屋の中に流れるBGMのように、生活の輪郭を静かに形作っています。

アコースティックを中心にしながらも、音は野外や自然を想起させる方向へは向かいません。むしろ、室内、舗装された道、夕方の街といった、都会の日常を思わせる距離感で鳴り続けます。この都市的な質感があるからこそ、物語は感情の起伏ではなく、生活の現実として受け取られます。
彼女は、窓際で立ち止まっている。
ただし、泣いているわけでも、立ち尽くしているわけでもない。
次の予定を決めきれないまま、街の音だけが部屋に入ってくる――そんな雰囲気です。
歌唱が「都会の人物像」を固定する
この曲の歌唱は、感情を表に出すためのものではありません。声は、街の中にいる一人の人物を輪郭だけで示すように配置されています。強調も装飾もなく、都市生活の一場面をスケッチするための線として機能しています。
そのため、この曲は「うまく歌われたかどうか」で評価されてきた作品ではありません。歌唱が主張しない分、聴き手は彼女の姿を自由に想像できます。仕事帰りかもしれないし、休日の夕方かもしれない。その曖昧さが、都市的なリアリティを支えています。

2021年のリマスター音源では、この都会的な設計がより明確になりました。音が整理されたことで、感情表現よりも、人物の位置や生活環境がはっきりと浮かび上がります。歌は何かを訴える存在ではなく、都市の中で静かに立っている人物を固定するための要素として、より鮮明に聴こえてきます。
Best15・第5位に選んだ理由
風の楽曲群の中での独自性
風の楽曲には情景や心情を丁寧に描いた作品が多くありますが、『ほおづえをつく女』は感情よりも生活構造に焦点を当てています。恋愛を扱いながら、関係性の善し悪しではなく、その後の時間の扱い方を描いている点が特異です。
聴く側の人生と連動する楽曲
この曲は、聴く側の年齢や状況によって意味合いが変わります。停滞の歌として聴こえる時期もあれば、更新の歌として響く時期もある。その変化は、楽曲ではなく、聴き手の生活が変わった結果です。
一度で理解し尽くされないこと。その性質こそが、この曲をBest15の第5位に据えた最大の理由です。


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