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第5位は『クライング・ナウ Who’s Crying Now』です
第5位は、1981年の名盤『Escape』からの先行シングル、『クライング・ナウ(Who’s Crying Now)』です。
彼らの音楽的成熟度、とりわけ「大人のロックバンド」としての洗練を決定づけたのは、間違いなくこの曲でしょう。
それは、この楽曲が持っている「湿度」と「抑制」の美学にあります。

突き抜けるような青空ではなく、都会の路地裏で静かに降り続く雨のような音像。熱狂のスタジアム・ロックの狭間にふと訪れる、内省的な静寂。
派手な応援歌もいいけれど、人生にはこういう「割り切れない感情」に寄り添ってくれる音楽が必要なのだと、年齢を重ねるごとに強く感じるようになりました。今回は、この曲が放つ不思議な引力について語らせてください。
超訳
愛し合っているはずなのに、どうしてこんなにも傷つけ合ってしまうのだろう。
燃える想いと強がりの間で揺れながら、最後に泣くのは、君か、それとも僕か。
それでも――この愛は簡単には終わらない。
まずは公式音源でお聞きください
日本語クレジット
楽曲名:Who's Crying Now(クライング・ナウ)
アーティスト:Journey(ジャーニー)
収録アルバム:『Escape』(1981)
作詞・作曲:Steve Perry / Jonathan Cain
レーベル:Columbia Records
2行解説
新加入ジョナサン・ケインのR&B的センスが光る、全米チャート最高4位を記録した大人のロックナンバー。
抑制されたボーカルと、後半の情熱的なギターソロの対比が、都会的な孤独と愛の葛藤を見事に描いている。
日本語クレジット
アーティスト:ジャーニー(Journey)
曲名:フーズ・クライング・ナウ(Who’s Crying Now)
収録:『エスケイプ(Escape)』(1981年)
映像:1981年 エスケイプ・ツアー(ヒューストン公演)/2022年HDリマスター
公開元:Journey 公式YouTubeチャンネル
2行解説
1981年の大ヒット曲を、エスケイプ・ツアーのライブ映像で収録した公式リマスター版。
スティーヴ・ペリーの伸びやかなボーカルとニール・ショーンの叙情的なギターソロが際立つ名演。
「産業ロック」を超えた、極上のR&Bテイスト
この曲のイントロが流れた瞬間、空気の色が変わるのを感じませんか?
ジョナサン・ケインが叩き出す、シンプルでありながら執拗に繰り返されるピアノのリフ。そして、ロス・ヴァロリーのベースが生み出す、重たく這うようなグルーヴ。

これまでのジャーニーが持っていた「プログレッシブ・ロック由来のハードさ」とは明らかに異質です。ここにあるのは、ソウル・ミュージックやR&Bが持つ、艶めかしい黒っぽいフィーリングです。
学生時代、窓の外の雨音と、スピーカーから流れるこの曲のピアノの音色が妙にリンクして、少し大人びた気分に浸っていたことを思い出します。まだ人生の本当の苦味も知らない若造でしたが、この曲が放つ「都会的な孤独」の匂いに、背伸びをして憧れていたのでしょう。
「歌い上げない」スティーヴ・ペリーの凄み
スティーヴ・ペリーのボーカルも、ここではいつものハイトーン・シャウトを封印しています。
囁くように、噛み締めるように、言葉を置いていく。この「歌い上げない」ことの凄み。全力を出せる人間が、あえて力を抜いてコントロールする時に生まれる緊張感。これこそが、この曲を名曲たらしめている最大の要因だと思います。

歌詞が描く「迷宮入り」した二人の関係性
今回、改めて歌詞の世界観と向き合ってみて、この曲が単なる失恋ソングではないことに気づかされます。ここには「別れ」という明確な結末はありません。描かれているのは、関係修復の難しさと、それでも離れられない二人の腐れ縁のような愛憎です。
終わりのないミステリー
冒頭で語られるのは、恋愛関係が陥ったミステリーのような状態です。
かつて心地よかったはずのものが、なぜこれほどまでに痛みを伴うものになってしまったのか。その原因を探ろうとしても、二人は一方通行(One-way street)の道に迷い込んでしまっています。

「ビタースイート(ほろ苦さ)」という表現が出てきますが、これは甘酸っぱい青春の味ではなく、もっと澱んだ、大人の関係性の味でしょう。それでも、愛はどこかで生き延びるはずだと信じている。この「諦めの悪さ」こそが、リアリティなのです。
一つの愛、二つの心
歌詞の中盤で繰り返されるのは、対照的な情景です。
一つの愛が情熱の火をくべる一方で、二つの心はすれ違い、誰かが涙を流している。
嵐のような夜を越え、正解か間違いかも分からぬまま、意地を張り合う二人。
ここが非常に人間臭いのです。お互いに強情で、引くに引けない。恋人同士の激しい口論(Lover’s rage)の描写などは、誰もが一度は経験する「どうしようもなさ」を見事に切り取っています。

「Who’s Crying Now(今、泣いているのは誰?)」という問いかけが、単なる言葉遊びではなく、お互いの傷つけ合いに対する深い嘆きであるということが、今更ながらようやく腑に落ちる気がします。
「静寂」から「慟哭」へ向かうギターワーク
ジャーニーといえば、ニール・ショーンの速弾きやハードなリフが代名詞ですが、この曲における彼のギタープレイは、前半において徹底した「引き算の美学」を貫いています。
バッキングにおける「沈黙」の雄弁さ
歌の最中、彼はほとんど弾きません。空間を埋めるのはピアノとベース、そしてスティーヴの声だけ。ギターは、要所要所で空間を彩る装飾音(オブリガート)に徹しています。この隙間だらけの空間設計が、曲全体に漂う緊張感と、冷ややかな都会の空気感を醸成しています。

感情が決壊するラストのソロ
しかし、だからこそ、曲の後半に向けて徐々に熱を帯びていくエンディングのギターソロが、圧倒的なカタルシスを生むのです。
歌が終わった後、ニール・ショーンのギターが主役の座を奪い取ります。
それまでの抑制から解き放たれたように、感情的で、メロディアスなフレーズが溢れ出す。まるで、言葉にならなかった二人の感情が、そのまま音になって溢れ出てくるかのようです。

フェードアウトしていく「答えのなさ」
特筆すべきは、このソロがクライマックスで「終わる」のではなく、延々と続きながら「フェードアウト」していく点です。
泣きじゃくるようなギターの音色が、遠くへ消えていく。それは、二人の関係における問題が解決したわけではなく、ただ夜が更けていき、雨音が遠ざかるように、葛藤を抱えたまま日常が続いていくことを暗示しているように思えてなりません。

結び:傷つきながらも続く、大人の愛のBGM
『クライング・ナウ』は、若者が好む「激しい情熱」や「分かりやすい失恋」の歌ではありません。もっと複雑で、澱んでいて、でも簡単には捨てられない「生活の中にある愛」の歌です。
派手さはないかもしれません。しかし、『Escape』というモンスターアルバムの中で、この曲が放つ渋い輝きは、時を経るごとに増しているように感じます。
誰かが泣いている。それでも、愛は生き残る。そんな答えのない夜に、そっと寄り添ってくれる最高の一曲です。


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