【徹底解説】ジャーニー(Journey)の終わらない旅:スティーヴ・ペリーの黄金期と、アーネル・ピネダの奇跡の復活


  1. 🎧 この記事を音声で楽しむ
    1. 🎵 日本語ナレーション
    2. 🎶 英語ナレーション
  2. プロローグ — “終わらない旅”の始まり
  3. 形成期(1973–1977)— サンタナからの独立とプログレへの傾倒
    1. 凄腕ミュージシャンたちの集結
    2. 売れない日々からの方向転換
  4. 黄金期の幕開け(1977–1980)— スティーヴ・ペリーの加入と進化
    1. “ザ・ヴォイス”との運命的な出会い
    2. クイーンのプロデューサーが生んだ「声の壁」
  5. 世界的スタジアム・バンドへ(1981–1986)— 頂点と狂騒、そして亀裂
    1. ジョナサン・ケインの加入と『Escape』の爆発
    2. MTV時代と『Frontiers』、そして内部分裂
  6. 苦難と停滞の時代(1987–2006)— 幻の再結成とボーカリストたちの奮闘
    1. 10年ぶりの再結成と、残酷な運命
    2. 新たなる声を探して
  7. 奇跡のV字回復(2007–現在)— アーネル・ピネダという希望
    1. YouTubeでの運命の発見
    2. シンデレラ・ストーリーの体現者
  8. サウンドの核(整理)
    1. ニール・ショーンの「歌う」ギター
    2. 荘厳なキーボードと強靭なリズム隊
  9. 同時代比較と文化的影響
    1. 「産業ロック」というレッテルを越えて
    2. サブカルチャーでの再評価
  10. 年表(主要トピック・簡易版)
  11. 作品の“聴き方”ガイド
    1. 時代ごとの変化を楽しむ
  12. まとめ — 時代を超えて響くメロディの力
  13. 次回予告 — 僕が選ぶジャーニー「個人的 Best 10」へ向けて

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🎵 日本語ナレーション

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プロローグ — “終わらない旅”の始まり

「Don’t Stop Believin’」のイントロ、あのピアノの調べが流れた瞬間、世界中のスタジアムが一つになる。ジャーニー(Journey)は、単なるアメリカン・ロックバンドの枠を超え、世代や国境を越えて愛されるアンセムを生み出してきました。

しかし、僕らが知る彼らの歩んできた道は決して平坦なものではありません。結成時の方向性の模索、歴史的ボーカリストとの出会いと別れ、そしてYouTubeで見つけた無名のシンガーをフロントマンに大抜擢するという映画のような奇跡。彼らの音楽がこれほどまでに人々の心を打つのは、バンド自身の歴史がドラマチックな「旅(Journey)」そのものだからです。今回は、世界で最も愛されるメロディック・ロックバンドがいかにして頂点を極め、どん底を味わい、そして奇跡の復活を遂げたのか、その足跡を辿ってみたいと思います。

形成期(1973–1977)— サンタナからの独立とプログレへの傾倒

凄腕ミュージシャンたちの集結

ジャーニーの出発点は、ラテン・ロックの巨星「サンタナ」のバックバンドにあります。弱冠15歳でサンタナに加入した天才ギタリスト、ニール・ショーンと、キーボード兼ボーカルのグレッグ・ローリーを中心に1973年にサンフランシスコで結成されました。当初の音楽性は、のちのポップなスタジアム・ロックとはまったく異なり、卓越した演奏技術を前面に押し出したプログレッシブ・ロックやジャズ・フュージョン色の強いものでした。

売れない日々からの方向転換

凄腕の集まりでありながら、初期の3枚のアルバム(『Journey』『Look into the Future』『Next』)は、熱心な音楽ファンからは評価されたものの、商業的な大成功を収めることはできませんでした。レコード会社(コロムビア)からの「もっとラジオで流れるような分かりやすい曲を」という強いプレッシャーの中、バンドは専任のリード・ボーカリストを迎え入れ、よりメロディアスでポップな路線へと舵を切る決断を迫られます。この苦渋の決断こそが、のちの黄金期への重い扉を開くことになります。

黄金期の幕開け(1977–1980)— スティーヴ・ペリーの加入と進化

“ザ・ヴォイス”との運命的な出会い

1977年、バンドの運命を永遠に変える男が加入します。スティーヴ・ペリーです。一時は別のシンガー(ロバート・フライシュマン)を試したもののしっくりこず、マネージャーの紹介でデモテープを聴いたニール・ショーンがペリーの声を大絶賛しました。彼の突き抜けるようなハイトーン・ボイスと、サム・クックなどに影響を受けたソウルフルな表現力は、ニール・ショーンのハードなギターと奇跡的な化学反応を起こしました。

クイーンのプロデューサーが生んだ「声の壁」

1978年のアルバム『Infinity』から、ジャーニーはヒットメーカーとしての道を歩み始めます。

このアルバムで重要なのは、クイーンのプロデュースで知られるロイ・トーマス・ベイカーを迎えたことです。

彼の手腕により、ペリーの圧倒的なボーカルに分厚いコーラス・ハーモニーが加わり、ジャーニー特有の「重厚で華やかなサウンド」が完成しました。

「Lights」や「Wheel in the Sky」に見られるように、楽曲の焦点が「楽器のソロ」から「歌のメロディ」へと明確にシフト。続く『Evolution』『Departure』でも立て続けにヒットを飛ばし、彼らは全米トップバンドの仲間入りを果たします。

世界的スタジアム・バンドへ(1981–1986)— 頂点と狂騒、そして亀裂

ジョナサン・ケインの加入と『Escape』の爆発

1980年、創設メンバーであるグレッグ・ローリーが長年のツアー生活に疲弊し、脱退を表明します。この危機を救ったのは、なんとローリー自身の推薦で加入した「ザ・ベイビーズ」のキーボーディスト、ジョナサン・ケインでした。1981年、ケインが持ち込んだ流麗なピアノと最新のシンセサイザー・サウンド、そして卓越したソングライティング能力は、バンドをもう一段上の次元へ引き上げます。

同年発表の名盤『Escape』は全米チャート1位を獲得。誰もが知る「Don’t Stop Believin’」、極上のバラード「Open Arms」、そして「Who’s Crying Now」といった永遠のマスターピースがこのアルバムから誕生し、全世界で1,000万枚以上を売り上げるモンスターアルバムとなりました。

MTV時代と『Frontiers』、そして内部分裂

続く1983年の『Frontiers』もメガヒットを記録。「Separate Ways (Worlds Apart)」のミュージックビデオはMTVでヘビーローテーションされ、「Faithfully(時への誓い)」はツアーバンドの哀愁を見事に描き出しました。彼らは名実ともに80年代を代表するスタジアム・ロックの王者となります。

しかし、過酷なツアーと巨大すぎる成功は、メンバー間の軋轢を生みます。1986年のアルバム『Raised on Radio』の制作過程では、スティーヴ・ペリーがバンドの主導権を完全に握り、オリジナルメンバーであるロス・ヴァロリー(Ba)とスティーヴ・スミス(Dr)を解雇するという事態に発展。ペリー自身も心身を極限まで削られ、このアルバムのツアーを最後に、バンドは長い眠りにつくことになります。

苦難と停滞の時代(1987–2006)— 幻の再結成とボーカリストたちの奮闘

10年ぶりの再結成と、残酷な運命

1987年以降、ジャーニーは実質的な解散状態に陥りました。しかし1996年、ファンが待ち望んだ黄金期メンバー(ペリー、ショーン、ケイン、ヴァロリー、スミス)での再結成が実現します。アルバム『Trial by Fire』を発表し、シングル「When You Love a Woman」はグラミー賞にノミネートされる大反響を呼びました。

ところが、いざツアーに出ようという矢先、スティーヴ・ペリーがハワイでハイキング中に股関節を負傷してしまいます。手術とリハビリに時間を要するペリーに対し、一刻も早くツアーに出たい他のメンバーは「手術を受けないなら別のボーカルを探す」と最後通牒を突きつけました。結果として、ペリーはバンドを去り、ジャーニーは最大のアイデンティティであった“あの声”を永遠に失うことになりました。

新たなる声を探して

その後、ペリーに声質が似ている実力派シンガー、スティーヴ・オージェリを迎え入れます。彼はプレッシャーに耐えながら長年バンドを支えましたが、過酷なツアーで喉を壊し脱退。その後はジェフ・スコット・ソートがピンチヒッターを務めるなど、「スティーヴ・ペリーの幻影」と常に戦い続ける厳しい時代が続きました。ファンが求めるジャーニーのサウンドには、どうしてもあの突き抜けるようなハイトーンが必要だったのです。(僕もその一人です)

奇跡のV字回復(2007–現在)— アーネル・ピネダという希望

YouTubeでの運命の発見

2007年、バンドの運命が再び大きく動きます。新しいボーカルを探し求め、毎晩ネットサーフィンをしていたニール・ショーンが、YouTubeでジャーニーのカバー曲を歌う無名のフィリピン人歌手を発見したのです。彼の名前はアーネル・ピネダ。スティーヴ・ペリーを彷彿とさせる圧倒的な声量と音域、そして規格外のエネルギーに衝撃を受けたニールは、すぐさま彼にメールを送りました。当初、アーネルは「いたずらメールだ」と思って取り合わなかったというエピソードも残っています。

シンデレラ・ストーリーの体現者

幼い頃に母親を亡くし、マニラの路上で寝泊まりしながら歌で食いつないできたアーネル。極貧の環境からマニラのクラブシンガーを経て、世界的なロックバンドのフロントマンへ。この事実は小説よりも奇なりと言えるシンデレラ・ストーリーは、世界中のメディアで報じられました。

長らくジャーニーから離れていたファンも、アーネルの歌声を聴いて「ジャーニーが帰ってきた!」と再び熱狂しました。アーネル加入後の2008年のアルバム『Revelation』は全米5位の大ヒットを記録。2017年には念願の「ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)」入りを果たし、バンドは完全なる復活を遂げたのです。

サウンドの核(整理)

ニール・ショーンの「歌う」ギター

ジャーニーのサウンドの屋台骨は、間違いなく唯一の結成時からのメンバーであるニール・ショーンのギターです。彼のソロは単なるテクニックのひけらかしではなく、ボーカルのメロディラインに寄り添い、時にはリードボーカル以上に「歌い」ます。このメロディックでエモーショナルなギターアプローチが、楽曲のドラマ性を極限まで高めています。

荘厳なキーボードと強靭なリズム隊

グレッグ・ローリーの時代はブルージーなオルガンが主軸でしたが、ジョナサン・ケインの加入以降は、煌びやかなシンセサイザーとピアノがサウンドの前面に出るようになりました。また、スティーヴ・スミスが持ち込んだジャズ・フュージョン由来のテクニカルなドラミングなど、強靭なリズム隊がポップなメロディを「本格的なロック」として底支えしている点も見逃せません。

同時代比較と文化的影響

「産業ロック」というレッテルを越えて

80年代当時、ボストンやフォリナーと共に「産業ロック(コーポレート・ロック)」と一部の評論家から揶揄されることもありました。大衆迎合的だという批判です。しかし、彼らが作り上げた徹底してキャッチーなメロディと緻密なアレンジメントは、時代を超えて生き残りました。

サブカルチャーでの再評価

彼らの楽曲が再び脚光を浴びた決定的な瞬間が、2007年に放送されたアメリカの超人気ドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』の最終回でした。ラストシーンで「Don’t Stop Believin’」が象徴的に使われたことで、全米のiTunesチャートに突如返り咲いたのです。その後も米ドラマ『Glee』でのカバーや、プロスポーツの応援歌などで彼らの楽曲が使用され続け、リアルタイムを知らない若い世代のファンを今なお獲得し続けています。

年表(主要トピック・簡易版)

1973】
サンタナの元メンバー、ニール・ショーンとグレッグ・ローリーを中心にサンフランシスコで結成。

1977】
スティーヴ・ペリー加入。プログレ路線からメロディック・ロックへの転換を図る。

1981】
ジョナサン・ケイン加入。大名盤アルバム『Escape』が全米1位を獲得し、黄金期を迎える。

1986】
アルバム『Raised on Radio』発表後、メンバーの疲弊と対立から事実上の活動休止状態へ。

1996】
オリジナルメンバーで再結成し『Trial by Fire』を発表するも、ペリーの怪我が原因で再び決裂。

1998~2006】
スティーヴ・オージェリらをボーカルに迎え、ライブ活動を継続するが苦難の時期が続く。

2007】
YouTubeを通じてフィリピン人シンガー、アーネル・ピネダを発掘。奇跡の復活へ。

2017】
ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)入りを果たす。授賞式にはスティーヴ・ペリーも登壇しファンを沸かせた。

作品の“聴き方”ガイド

時代ごとの変化を楽しむ

ジャーニーの歴史は、初期(プログレ期)、スティーヴ・ペリー黄金期、アーネル・ピネダ再始動期という3つの大きなフェーズで聴き比べるのがおすすめです。

ペリー加入直後の『Infinity』でロックとポップの融合の芽生えを感じ、『Escape』でスタジアムロックの完成形を味わう。そして、アーネル加入後の『Revelation』で「ジャーニーの魂が見事に継承された瞬間」を体感する。アルバムごとのドラマを知りながら聴くことで、彼らの音楽の真髄により深く触れることができるはずです。

まとめ — 時代を超えて響くメロディの力

ジャーニーの歴史は、栄光と挫折、そして出会いと別れの連続でした。しかし、メンバーが代わり、時代が移り変わっても、彼らが鳴らす「誰の心にも届く普遍的なメロディ」というサウンドの核だけは一度もブレることがありませんでした。

「信じることをやめないで(Don’t Stop Believin’)」。

ただのヒットソングのタイトルだったこの言葉は、彼ら自身の劇的な歩みによって、真実のメッセージへと昇華されました。彼らがそれを体現し続けているからこそ、ジャーニーの音楽は今もなお、世界中の人々の背中を押し続けているのだと僕は思います。

次回予告 — 僕が選ぶジャーニー「個人的 Best 10」へ向けて

ここまでジャーニーの波乱万丈な歴史を振り返ってきました。ボーカリストの変遷や奇跡の復活劇など、様々なドラマを持つ彼らですが、僕にとってのジャーニーの原風景は、やはりスティーヴ・ペリーの圧倒的な歌声にあります。

そこで、次回公開予定の「ジャーニー 個人的 Best 10」企画では、あえてボーカルがすべてスティーヴ・ペリー期の楽曲のみを厳選してご紹介したいと思います。

黄金期の彼らが残した、あの突き抜けるようなハイトーンと「時代を超えて響くメロディ」の魅力をじっくりと深掘りしていきますので、ぜひ背景を踏まえた上で、次回のランキング記事も楽しみに読んでみてください!

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