【5月20日】のCher(シェール)の誕生日によせて
5月20日は、アメリカを代表するシンガーであり女優、そして時代を超えて愛され続けるアイコン、シェール(Cher)の誕生日です。
1946年、カリフォルニア州エルセントロに生まれたシェールは、1965年にソニー&シェールとしての「I Got You Babe」で一世を風靡し、1971年にはソロ名義での「Gypsys, Tramps & Thieves(邦題:悲しきジプシー)」が全米1位を記録しました。
映画『月の輝く夜に』ではアカデミー主演女優賞も受賞し、音楽と映画の両方で成功を収めました。
今もなおステージに立ち続け、世代を超えて輝き続ける存在です。
「 悲しきジプシー」-(Gypsies,Tramps And Thieves)とは
まずはYoutubeの公式動画をご覧ください。
クレジット(公式情報)
タイトル:Cher - Gypsys, Tramps & Thieves (Official Audio)
チャンネル名:Cher(認証済み公式アカウント)
URL:https://www.youtube.com/watch?v=uuA_gCMiw0E
公開日:2024/09/20
公式サイト:https://cherforever.net
シェールの1971年の代表曲「Gypsys, Tramps & Thieves」の公式オーディオ動画。
差別と偏見の中で生きる少女の姿を、鮮やかに描いた社会派ポップの名作です。
🎬 クレジット情報
曲名:Gypsies, Tramps and Thieves
アーティスト:Cher(シェール)
作詞・作曲:Bob Stone
リリース年:1971年(アルバム『Chér』(後に『Gypsys, Tramps & Thieves』に改題)より)
公開日(動画):2013年5月31日
チャンネル名:CherChannelHD
URL:https://www.youtube.com/watch?v=FsFaVxcUMhQ
僕がこの曲を初めて聴いたのは
My Age | 小学校 | 中学校 | 高校 | 大学 | 20代 | 30代 | 40代 | 50代 | 60才~ |
曲のリリース年 | 1971 | ||||||||
僕が聴いた時期 | ● |
初めて聴いたのはリリース時の中学生の時ですね。当時の仲間内ロック会議で議題になっていました。ただ、この曲知ってる?いい曲よなぁってレベルでしたけど。(^_-)
僕の好きなちょっとしゃがれた、というかかすれ声で、パワフルに歌う彼女の歌唱は見事でした。
メロディーが特に良かったですね。生の音源では当然歌詞の意味など分かりませんでしたが、邦題の「悲しきジプシー」とあるだけで不思議とイメーがわいたものです。当時何度も何度も聴いた大好きな楽曲でした。
シェールが放った衝撃の一撃──『悲しきジプシー』に込められた真実と物語
1971年、ポップミュージックの転機-アメリカの空気を切り裂く一曲
1971年のアメリカでは、ベトナム戦争の泥沼化、公民権運動の余波、そしてウッドストック以降のカウンターカルチャーが渦巻いていました。社会の価値観が音を立てて崩れつつあるなか、シェールの『Gypsys, Tramps & Thieves』(邦題:悲しきジプシー)は、まるで切り裂くように登場しました。
この曲はボブ・ストーンが作詞・作曲を手がけ、シェールの当時のパートナーでありプロデューサーでもあったソニー・ボノの手腕で完成しました。1971年9月にリリースされ、11月にはBillboard Hot 100で見事1位を獲得。彼女の初の全米No.1ソロヒットとなりました。

テレビスターから“語り部”へ
当時シェールは『The Sonny & Cher Comedy Hour』でお茶の間の人気者でした。しかし、『悲しきジプシー』で見せた彼女の姿はまるで違いました。バラエティ番組の華やかさとは裏腹に、社会の底辺で生きる少女の目を通して描かれた現実。それを、飾らない声と抑制の効いた表現で伝えたことが、聴衆の心を打ちました。
物語性に満ちた歌詞と旋律
16歳の旅芸人の娘が語る現実
この曲の最大の特徴は、一人称の語りによって社会の“外側”から世界を眺めている構造にあります。主人公は、旅回りのショー一座で育った少女。家族はジプシー(ロマ)、ならず者、泥棒と呼ばれ、町ごとに差別を受けながら生き延びてきました。
彼女が16歳で出会った青年は、まもなく姿を消し、残されたのは赤ん坊と孤独。そして少女は再び旅に出ます。わずか3分にも満たないこの物語には、アメリカの階級社会、性の現実、そして生き抜く女性のたくましさが濃縮されています。
軽やかなメロディに潜む苦味
リズムは明るく、カーニバルやサーカスを思わせる陽気さを帯びています。しかしそれが逆説的に、語られる内容の重さを際立たせています。悲劇的な内容を、軽妙なポップチューンに乗せて歌うというギャップが、強烈な印象を残します。

これは単なるヒット曲ではなく、ひとつの劇的構造を持った“語り”の作品です。メロディの構造も含めて、まるで短編映画のような完結性を持っています。
録音現場のエピソード
『悲しきジプシー』のレコーディングは、ロサンゼルスの有名スタジオで行われました。スタジオ・ミュージシャンたちは、楽譜に書かれたコード進行に当初戸惑ったものの、シェールのリードボーカルが乗ると一気に全体が引き締まったと言われています。彼女の表現力は、その場の空気を変える力を持っていたのです。
シェールという存在の拡張
女性シンガーとしての自立
『悲しきジプシー』は、シェールが夫ソニーの影を離れ、アーティストとして独立する大きな一歩でした。この曲がヒットしたのちは、『Half-Breed』(1973年)など、さらに踏み込んだテーマを扱う楽曲が続きます。彼女は単なる歌手ではなく、時代を語る“声”としての存在に変貌していきました。
社会とつながるアーティスト
シェールはLGBTQ+コミュニティや環境問題、政治問題にもたびたび発言しており、単なるエンタメの枠を超えて、社会的アイコンとしての地位を確立しています。『悲しきジプシー』の頃から、その萌芽は見られていたのです。

“語る女性像”の先駆者として
1970年代初頭、女性シンガーたちはラブソングや自己表現に重きを置く傾向がありましたが、シェールはその潮流から一歩先へ踏み出しました。彼女は自身の人生や社会問題を音楽で語る姿勢を明確に打ち出し、それが後のマドンナ、アラニス・モリセット、ピンクといった“語る女性アーティスト”の流れを形作る礎となりました。
1971年の日本とこの曲の受容
同時代の日本音楽
1971年の日本では、はしだのりひことクライマックスの『花嫁』が大ヒットし、吉田拓郎やかぐや姫、井上陽水といった“フォーク第三世代”が台頭していました。また、由紀さおりの『夜明けのスキャット』や森山良子の『この広い野原いっぱい』といった、内省的な女性シンガーの楽曲も人気を集めていました。
しかし、社会的なテーマを直接的に扱う女性シンガーはまだ少なく、シェールのように“声”で社会を描く存在は、日本にはほとんど見られませんでした。
ラジオから届いた衝撃
『悲しきジプシー』は、FEN(米軍放送)やFM東京、さらに深夜番組『全米トップ40』などを通じて日本の若者にも届きました。歌詞の意味までは分からずとも、楽曲のトーンやメロディに漂う哀愁に、心を動かされたという証言も少なくありません。

現代における再評価と継承
メディアに残る“映像美”
『悲しきジプシー』のプロモーション映像では、華美な衣装と共に古風なキャバレー風ステージが組まれ、シェールが物語を演じるように歌い上げる姿が印象的です。この演出は、音楽だけでなく視覚的な物語性を重視するスタイルの先駆けとされ、後年のMTV文化に通じる表現手法でした。
ファッションとポリティクスの交差点
この時期のシェールは、単なる歌手ではなく“動くポリティカル・ステートメント”のような存在でもありました。アメリカ先住民の血を引くというアイデンティティや、堂々と露出を取り入れた衣装など、彼女の外見は常に議論を呼び、それ自体がメッセージとなっていました。『悲しきジプシー』の舞台衣装もまた、差別と偏見の視線を逆手に取り、自身の美しさと声で社会に一矢報いるかのようでした。

今なお響くメッセージ
“ジプシー”という言葉は、現在では差別的な文脈も含むため使用に慎重さが求められます。しかし、シェールの歌声はその語を超えて、“疎外された存在の叫び”を普遍的に伝える役割を果たしています。
まとめ──舞台の上のジプシーから私たちへ
『Gypsys, Tramps & Thieves』は、シェールの代表作というだけではありません。音楽が“社会を語る手段”であることを明示した、稀有なポップソングです。
今日においても、格差、偏見、孤立といった問題は解消されていません。だからこそ、この歌の物語は、時代を超えてなお聴く価値があります。
一度きりのステージ。その上で語られた少女の人生は、50年経った今もなお、私たちの耳元で静かに語りかけています。
『Gypsys, Tramps & Thieves』(悲しきジプシー)-シェール
旅芸人の一座で生まれた少女が、偏見と差別に満ちた町々を巡りながら、生き延びる日々を語る。母は金のために踊り、父は説教と薬売りで糊口をしのぐ。町の人々は彼らを「ジプシー」「浮浪者」「泥棒」と蔑むが、夜になればその男たちが金を持って押しかけてくる。
ある日、南部の街角で一人の青年を拾い、彼と共に旅を続けるが、やがて少女は子を宿し、男は姿を消す。学もなく、愛の代償として孤独と責任を抱えた彼女は、再び旅の道へ戻るしかなかった。
物語は次の世代に受け継がれ、差別の中で生まれた少女は今、自分の娘を連れて同じ道を歩いている。名前のない日常、信頼されることのない生き方。
それでも彼女は、語るように、歌うように、笑顔を忘れず生きている。
ジプシーと呼ばれても、そこには確かな人生がある──そんな矛盾と希望が、軽快なメロディに乗って静かに響いてくる。
by ken
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