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僕の勝手なBest10:第10位は『99 Miles from L.A.』です。
本日より開始する、僕の勝手なBest10は『アルバート・ハモンド』編です。
第10位は、アルバート・ハモンド『99 Miles from L.A.』──永遠に続く心の旅路!!
🎥🎼Youtubeの公式動画をご覧ください。
🎵 『99 Miles from L.A.』クレジット情報
アーティスト:アルバート・ハモンド
作詞:ハル・デヴィッド
作曲:アルバート・ハモンド
リリース年:1975年
レーベル:エピック・レコード
この楽曲は、アルバート・ハモンドとハル・デヴィッドの初の共作であり、ハモンド自身も「特別な意味を持つ曲」と語っています。また、アート・ガーファンクル、ジョニー・マティス、フリオ・イグレシアスなど、多くのアーティストによってカバーされ、時代を超えて愛され続けています。
はじめに──L.A.から99マイル、その先に広がる物語
南カリフォルニアの太陽が降り注ぐ海岸線から内陸へと延びる「99マイル」という距離は、1975年4月にリリースされたアルバート・ハモンドの代表曲『99 Miles from L.A.』の核となるイメージです。
この楽曲は、穏やかなメロディとともに、西海岸の心象風景を鮮やかに描き出し、旅・距離・愛という普遍的なテーマを通じて、世代や国境を超えて支持され続けています。

1975年という年は、ベトナム戦争の終結や第1回先進国首脳会議(G6)の開催、そして日本国内では沖縄国際海洋博覧会の開幕など、世界が大きく揺れ動いた時代でした。
そんな時代背景の中、『99 Miles from L.A.』は静かに、けれど力強く、人々の心に寄り添う存在となったのです。
アルバート・ハモンド──ジブラルタルから世界へ羽ばたいた音楽家
英領ジブラルタル育ちのシンガーソングライター
アルバート・ハモンド(Albert Hammond)は1944年5月18日、イギリス・ロンドンで生まれ、幼少期を英領ジブラルタルで過ごしました。
1960年代初頭に音楽活動を開始し、1970年代にはソロアーティストとして頭角を現します。
1972年に発表した「It Never Rains in Southern California(カリフォルニアの青い空)」は全米チャートで5位を記録し、大ヒットを飾りました。
以降、彼はシンガー、ソングライター、そしてプロデューサーとして、多くの名曲を世に送り出していきます。

世界的ヒットを裏で支えた影の立役者
ハモンドの才能は、自身の作品だけにとどまりません。
スターシップの「Nothing’s Gonna Stop Us Now」、ホリーズの「The Air That I Breathe」、ウィットニー・ヒューストンの「One Moment in Time」など、他アーティストへの楽曲提供でも大きな成功を収めています。
その幅広い活躍は、彼が音楽界において極めて柔軟かつ創造的な存在であったことを物語っています。
ハル・デヴィッドとの運命的な出会い──叙情性の結晶
伝説の作詞家、ハル・デヴィッド
ハル・デヴィッド(Hal David、1921年5月25日 – 2012年9月1日)は、バート・バカラックと共に数々のヒット曲を生み出したアメリカの作詞家です。
「Raindrops Keep Fallin’ on My Head」や「Walk On By」、「Do You Know the Way to San Jose」など、時代を超えて愛される作品を多数手がけました。
初のコラボレーションで生まれた『99 Miles from L.A.』
アルバート・ハモンドとハル・デヴィッドの初めての共同作業が、『99 Miles from L.A.』でした。
ハモンドは後に「この曲は私にとって特別な意味を持つ」と語っており、ハモンドにとっても、音楽キャリアの中で重要な節目となった作品です。
叙情的で美しい歌詞と、ハモンドの流麗なメロディラインが見事に融合し、普遍的な感動を生み出しました。

『99 Miles from L.A.』──音楽的・詩的魅力の核心
穏やかさと広がりを湛えたサウンド
曲はピアノの静かなイントロダクションから始まり、次第に広がりを持つアレンジへと展開していきます。
ストリングスやコーラスが控えめに彩りを添え、聴く者を自然と物語の世界へ引き込んでいきます。
シンプルな描写に込められた深い感情
歌詞には以下のような一節が登場します。
“Keeping my eyes on the road, I see you
Keeping my hands on the wheel, I hold you
99 miles from L.A., I kiss you, I miss you, please be there”
運転しながら愛する人を思い浮かべるという、極めてシンプルな情景の中に、現実と幻想、愛と孤独が交錯する微妙な心理が巧みに表現されています。
「99マイル」という具体的な数字もまた、近づきつつもまだ届かない絶妙な距離感を象徴しており、聴き手の心に切ない共鳴を生み出しています。

チャートアクション
この楽曲は、全米イージーリスニング・チャート(現・アダルトコンテンポラリーチャート)で1位を獲得し、Billboard Hot 100では最高91位を記録しました。
派手さはないものの、深い感動を呼び起こす「隠れた名曲」として高い評価を受けています。
1975年の音楽シーンと『99 Miles from L.A.』の立ち位置
激動する音楽トレンドの中で
1975年、アメリカの音楽シーンではハードロック、プログレッシブ・ロックが全盛を迎え、
同時にヴァン・マッコイの「The Hustle」のヒットにより、ディスコブームが静かに始まりを告げました。
そんな中で『99 Miles from L.A.』は、ロックやディスコとは異なる、「大人のためのポップス」として独自のポジションを築きました。
時代の喧騒とは一線を画し、静かな叙情性に満ちたこの曲は、逆に当時のリスナーの心に深く響いたのです。

1975年の日本──海洋博と文化の躍動
沖縄国際海洋博覧会と時代の空気
1975年7月、沖縄本島で「海―その望ましい未来」をテーマにした沖縄国際海洋博覧会が開催されました。約348万人の来場者を記録し、沖縄の本土復帰後の象徴的なイベントとして記憶されています。
少女漫画『ベルサイユのばら』の大ブーム
また同時期には、池田理代子の『ベルサイユのばら』が社会現象となり、少女漫画文化の飛躍的な拡大に寄与しました。
歴史ロマンと華麗なビジュアルが、女性読者を中心に熱狂的な支持を集め、舞台化やアニメ化へと波及していきました。
多彩なカバーと文化的広がり
『99 Miles from L.A.』は、アート・ガーファンクル(1975年『Breakaway』収録)、ジョニー・マティス(1975年ライブアルバム『Feelings』)、フリオ・イグレシアス(1990年『Starry Night』収録)など、名だたるアーティストたちによってカバーされています。
これらのカバーバージョンは、世代や文化を超え、この楽曲の普遍性と感動が色あせないことを証明しています。
終わりに──時代を越え続ける心の距離
『99 Miles from L.A.』は、ただのラブソングではありません。
それは、心と心の微妙な距離感、旅の途上にある不安と期待、愛への渇望といった普遍的な感情を、シンプルながら深く描き出した楽曲です。
1975年のリリースから半世紀近くを経た今も、そのメロディと叙情性は、多くの人々の胸に静かに寄り添い続けています。

99 Miles from L.A.―意訳!
ロサンゼルスまで、あと99マイル。
ハンドルを握るたびに、視界の先に浮かぶのは、あなたの微笑み。
アクセルを踏み込みながら、指先には、いまもあなたの温もりを感じる。
キスしたい、会いたい、ただその想いだけを道連れに、ひた走る。白い砂浜を過ぎ、ラジオをつければ、ふたりで踊る幻がよみがえる。
どんなに距離があろうとも、心だけはあなたのそばにある。
99マイル先の未来に、私はあなたを探している。雨に煙るフロントガラス。
こらえきれずに涙が頬を伝う。
それでも足は止めない。
電柱を数えながら、心のなかであなたに電話をかけ、
道端のサインを読みながら、あなたへの想いを手紙に託す。99マイル──。
きっと、笑いあえる。きっと、愛しあえる。
だから、お願いだ。
その場所で、私を待っていて。
by Ken
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