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俺の勝手なBest10:かぐや姫編-第3位『22才の別れ』の切ない別れと1970年代の青春の響き
かぐや姫の「22才の別れ」は、1975年にリリースされたフォークの名曲で、青春の終わりと別れの切なさが心に響きます。伊勢正三の詩とメロディが織りなすこの曲は、日本の音楽史に深く刻まれました。この記事では、「俺の勝手なBest10:かぐや姫編」の第3位として、その魅力を解剖。1970年代の背景、僕の思い出、そしてショートストーリーを交え、時代を超える切なさに迫ります。さあ、22歳の別れの旅の出発です。
かぐや姫と『22才の別れ』の誕生秘話
「22才の別れ」は、1975年2月5日にシングルとしてリリースされ、アルバム『三階建の詩』に収録されました。作詞・作曲は伊勢正三で、かぐや姫(南こうせつ、伊勢正三、山田パンダ)の終盤期に誕生。1975年4月12日の解散を控え、別れのテーマが色濃く反映されています。伊勢は自身の体験を基に、22歳という青春の転換点を描いたとされます。
僕が高校2年生(17歳)の1975年、ラジオかテレビ番組でこの曲を初めて聴いたと思います。受験を控え、友達との別れが近づく中、そのメロディが心に染みました。
1970年代の時代背景と別れのフォーク
オイルショック後の青春と旅立ち
1975年、日本はオイルショック(1973年)の余波で経済が停滞し、高度成長の夢が遠のきました。若者は進学や就職で故郷を離れ、都会での孤独と向き合う時代。フォークソングは、吉田拓郎、井上陽水、かぐや姫らが若者の心情を代弁し、「22才の別れ」は別れの切なさを静かに歌いました。(かぐや姫のベスト10紹介なので、同じような時代背景となります( ;∀;))
僕は、1975年(昭和50年)、高校2年生でした。高校生活も半ばとなり、気持ちの中ではいつも卒業後にどこの大学に進学しようか??がメインテーマでした。
考えるとそれは、故郷や仲間との別れが現実味を帯びてくることであり、この曲が青春(小さな解釈では)の終わりを象徴したようにも思えます。

かぐや姫の音楽性と伊勢正三の詩
かぐや姫は、南こうせつの温かさと伊勢正三の詩的な感性、山田パンダの安定感で独自のフォークを築きました。「22才の別れ」は、伊勢のソロ色が強く、アコースティックギターの素朴さに彼の柔らかな声が溶け込みます。この曲は、かぐや姫解散前の集大成とも言えるでしょう。
『22才の別れ』の音楽的魅力と歌詞の深み
切なさを奏でるシンプルなメロディ
「22才の別れ」は、静かなギターアルペジオで始まり、サビの「あなたに『さようなら』って言えるのは今日だけ」が伸びやかに響きます。伊勢正三の柔らかな声に、南こうせつと山田パンダのコーラスが寄り添い、シンプルさが深い情感を呼びます。以下、音源でその切なさを体感してください。
歌詞に描かれる青春の終幕
伊勢正三の歌詞は、別れの瞬間を繊細に綴ります。「明日になってまたあなたの暖かい手に触れたらきっと言えなくなってしまう」は、別れを決意するも揺れる心を。「私の目の前にあった幸せにすがりついてしまった」は、後悔と愛情の間で揺れる心情を映し出します。青春の別れが誰の心にも響く普遍性が魅力です。
- 別れの覚悟: 「今日だけ」の決意が切ない。
- 揺れる心: 触れ合う温もりに未練が。
- 普遍性: 青春の別れを誰もが重ねられる。
ショートストーリー:「22才の別れ」-街角の残響
「22才の別れ」にインスパイアされた僕のショートストーリー。1970年代の青春を投影しました。

新宿の雑踏を抜け、僕はビルの谷間に佇む喫茶店に入った。
ガラス窓越しに、ネオンがチカチカと瞬いている。
午後6時過ぎ、仕事帰りのスーツ姿が街を埋め尽くす中で、ここだけが妙に静かだ。
カウンターに座り、ブラックコーヒーを注文する。
店内には、古いジュークボックスが置かれていて、誰かが選んだ曲が低く流れている。
懐かしいメロディじゃない。でも、なぜか胸がざわつく。
ポケットから、くしゃくしゃになった手紙を取り出す。
昨日、実家から届いた荷物の中に入っていたものだ。
差出人は、遥(はるか)。22歳の夏に別れた彼女だ。
あれから10年、突然の手紙に驚きよりも困惑が先に立った。封を開けると、短い文が綴られていた。「元気?近いうちに東京に行くよ。会えたらいいね」。
それだけ。住所も電話番号もない。ただの気まぐれか、それとも何か意味があるのか。
遥とは、大学二年で知り合った。
サークルの飲み会で隣に座った彼女は、ビールをこぼして僕のシャツを汚し、「ごめんね」と笑った。その日から、付き合い始めた。彼女は自由人で、計画を立てるのが苦手だった。
バイト先の喫茶店で待ち合わせしても、平気で30分遅れてくる。でも、その笑顔を見ると、怒る気になれなかった。
22歳の夏、僕らは別れた。原因は、はっきりしない。
卒業が近づき、僕は就職活動に追われ、彼女は「まだ何になりたいかわからない」とバイトを転々としていた。
すれ違いが増え、ある夜、彼女が言った。「私たち、そろそろ終わりかな」。
その言葉に、僕は頷いてしまった。別れを切り出したのは彼女だけど、受け入れたのは僕だ。
あの時、もっと何か言えばよかったのかもしれない。
手紙を手に持つ。コーヒーが冷めていくのを横目に、過去を思い出す。
あの夏、遥は最後に一枚の写真をくれた。二人で撮ったポラロイドだ。
裏に「22才の夏」と書いてあった。今でも実家の引き出しに眠っているはずだ。燃やす気にはなれなかった。
喫茶店のドアが開き、誰かが入ってくる。振り返ると、見知らぬ女だった。遥じゃない。
でも、一瞬、彼女かと期待してしまった自分が情けない。
10年だ。彼女だって変わっているだろう。僕だって、髪は薄くなり、スーツに慣れたサラリーマンだ。あの頃の僕らじゃない。
コーヒーを飲み干し、店を出る。
新宿駅に向かう道すがら、手紙を握り潰してゴミ箱に捨てた。
”会えたらいいね”・・・か。そんな曖昧な言葉に振り回される歳じゃない。
遥はもう、僕の人生に必要ない。そう言い聞かせる。
でも、その夜、眠れなかった。アパートのベッドで天井を見上げながら、手紙のことを考える。
彼女は本当に東京に来るのか。もし会ったら、何を話すんだろう。謝るのか、笑いものにするのか。それとも、ただ黙ってコーヒーを飲むのか。
翌日、会社帰りにまたあの喫茶店に寄った。なぜだか、自分でもわからない。カウンターに座り、同じブラックコーヒーを頼む。ジュークボックスから流れる曲が、昨日とは違う。少しだけ哀愁を帯びた旋律だ。
目を閉じると、遥の声が聞こえる気がする。
「ねえ、もっと一緒にいようよ」。そんなこと、言わなかったのに。
ふと、隣に誰かが座った。目を上げると、女がこちらを見ている。長い髪、細い指。遥だ。間違いない。10年経っても、あの目は変わらない。
「やっと会えた」と彼女が言う。声は少し低くなったけど、笑顔は昔のままだった。僕は言葉に詰まる。彼女はコーヒーを注文し、黙って僕を見つめる。
「お前、手紙…」とようやく口を開く。
「うん、書いたよ。どうしても会いたかったから」
「何で今さら?」
「わからない。ただ、最近、あの夏のことばっかり思い出すんだ。22歳の私、どこかで止まったままなのかも」
彼女の言葉に、胸が締め付けられる。僕だってそうだ。あの別れから、時間が止まったような気がしていた。仕事に追われ、恋愛もせず、ただ生きてきた。でも、遥は今、目の前にいる。
「元気だった?」と彼女が聞く。
「まあな。お前は?」
「いろいろあったよ。でも、今は落ち着いてる。東京に来たついでに、ね」
その「ついで」が本当かどうかはわからない。でも、彼女がここにいる。それだけでいい気がした。
コーヒーを飲みながら、僕らは少しだけ昔話をした。あの夏の喧嘩、バイト先での失敗、サークルの仲間たち。10年分の空白は埋まらない。でも、その空白があっても、彼女と話すのは自然だった。
店を出ると、夜の新宿が広がっている。遥は「またね」と言って、人混みに消えた。連絡先は聞かなかった。必要ないと思った。彼女はもう、僕の過去じゃない。今、この瞬間に会えた。それで十分だ。
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翌朝、会社に向かう電車の中で、ポラロイドのことを思い出す。実家に帰ったら、もう一度見てみよう。そして、今度は捨ててもいいかもしれない。22歳の別れは、確かに僕を縛っていた。でも、昨夜の再会で、少しだけ解けた気がする。
新宿の街は今日も騒がしい。でも、僕の胸の中は、静かだった。
僕の1970年代と『22才の別れ』の記憶
1975年、高校2年生の僕は、サッカーと受験勉強(あまり真剣に取り組んではいませんでしたが・・・)と大学生活へのあこがれ・・・とそれに伴う別れの予感に揺れ、この曲に出会いました。
この曲だけではないですが、何度聴いたかわからないくらい聴きました。
その後の大学生活中も、社会人になり、家庭を持ってからも・・・疲れを癒すように。どの時代も、この曲は僕の青春に寄り添いました。
ライブ映像(2:50の伊勢の表情が切ない!)で、その魂を感じてください。
『22才の別れ』の特別な魅力
「赤ちょうちん」の情景や「僕の胸でおやすみ」の癒しとは異なり、「22才の別れ」は決意と揺れが交錯する独特の魅力が。伊勢正三の感性が、僕の青春を彩り、今も響きます。関連記事「赤ちょうちん」「僕の胸でおやすみ」もどうぞ。
まとめ:22歳の別れが残す永遠の響き
「22才の別れ」は、風見鶏(伊勢正三)や中島みゆき(1981年『臨月』)にカバーされ、ドラマやCMで愛されました。SNSでは「卒業に泣ける」と若者に支持され、ストリーミングで広がります。別れの切なさは、2025年の今も色褪せません。
「22才の別れ」は、かぐや姫のフォーク魂と1970年代の青春が詰まった名曲。僕の高校時代を彩り、今も切なさを呼びます。あなたの「22歳の別れ」はどんな記憶ですか?コメントで教えてください。次回のBest10もお楽しみに!

おっと今日は3月9日ですね。ついでにレミオロメンの『3月9日」を紹介しておきますね。
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