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第8位は『中央フリーウェイ』です
今回の「僕の勝手なBest15:【ユーミン】編」、第8位にお届けするのは、もはや説明不要のドライブ・アンセム『中央フリーウェイ』です。
ユーミンの全楽曲の中でも、「風景を音楽に完璧に固定した」作品は他にないでしょう。特定の地名を出しながら、それを洗練されたアーバン・ポップへと昇華させた手腕。この曲が1976年に発表された翌年、僕は東京での新しい生活をスタートさせました。

1977年、東京へ――。実体験として刻まれたメロディ
僕がこの曲を「Best15」のこの位置に据えた最大の理由は、単なる憧れではなく、自分自身の「原体験」と強く結びついているからです。
- 上京の記憶: 1977年、東京の大学へ進学。
- 初めての中央高速: そこで目にしたのは、まさにこの曲が描く世界そのものでした。
- シンクロする感覚: 楽曲の発表(1976年末)から間もない時期に、あの風景の中に自分を置いた時の衝撃。
大学時代、東京で過ごした日々の中で、初めて中央高速に乗った時のことは今でも忘れられません。ラジオから流れるユーミンの歌声と、フロントグラス越しに流れる景色が、寸分の狂いもなく一致する――。あの一体感は、僕の人生において最も鮮烈な音楽体験の一つです。
まずは公式音源でお聞きください
■ 日本語クレジット
「中央フリーウェイ(2022 Mix)」
作詞・作曲:松任谷由実
歌:松任谷由実
収録:『Yuming BANZAI! 50th Anniversary Best Album』
© 2022 UNIVERSAL MUSIC LLC
■ 2行解説
1976年発表の代表曲「中央フリーウェイ」を、デビュー50周年を記念して新たにリミックスした公式音源。原曲の疾走感と都会的叙情を保ちながら、現代的な音像で再構築されたアニバーサリー版である。
■ 日本語クレジット
「中央フリーウェイ」
作詞・作曲:松任谷由実
歌:松任谷由実
収録:『Yumi Arai The Concert with old Friends』
(1996年12月20日 VIDEO/LASER DISC発売/2001年12月12日 DVD発売)
■ 2行解説
1976年発表の代表曲で、都会的な情景描写と疾走感あるメロディが象徴的な初期ユーミンの名曲。
本映像はデビュー期の盟友たちと再演したコンサート映像で、円熟した表現力が光る貴重なライブ記録。
助手席からしか見えない「流れる景色」の正体
受動的で贅沢な「ドライブの美学」
『中央フリーウェイ』を語る上で欠かせないのは、この歌詞が徹底して「助手席の視点」で書かれているという点です。ハンドルを握る「あなた」の横顔をちらりと見やりながら、フロントグラス越しに広がる夕暮れを眺める。ここには、自らが運転する能動的な視点ではなく、流れる景色に身を委ねる「贅沢な受動性」が流れています。

ランドマークをロマンに変える比喩
有名な「右に見える競馬場、左はビール工場」というフレーズ。中央道を走ったことがある人なら誰もが「ああ、あそこだ」と膝を打つ具体的な描写です。
- 日常: サントリー武蔵野工場と府中競馬場。
- 非日常: 夜空へ続く滑走路。
この飛躍こそがユーミンの天才たる所以であり、退屈なはずの移動時間を「異世界へと続く特別な儀式」へと塗り替えてくれるのです。
「片手で持つハンドル」に込められた大人の距離感
歌詞の中で描かれる「片手で持つハンドル」や「片手で肩を抱いて」という描写には、1970年代中盤の、少し危うい大人の恋の空気が漂っています。
信頼が生む密室空間
今の時代なら安全運転の観点から野暮なツッコミが入るかもしれませんが、当時の僕たちにとって、この描写は「余裕のある男」と「それを信頼して身を預ける女」の完璧な構図でした。

- エンジン音にかき消される囁き
- フロントグラスを染める夕暮れ
- 車内を包む強すぎる風
これらすべてが、二人の密室空間を強調するエッセンスとなっていました。
時代を先取りした「音の滑走路」の構築
瀬尾一三とキャラメル・ママの共作
この曲の浮遊感を生み出しているのは、編曲を担当した瀬尾一三氏と、演奏を務めたキャラメル・ママ(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)による絶妙なアンサンブルです。
グルーヴが描く「加速感」
特にベースラインの動きは秀逸で、まるでタイヤがアスファルトを滑るような滑らかさと、加速していく高揚感を同時に表現しています。1976年当時、これほどまでに「横ノリ」のグルーヴを日本のポップスで体現できていたのは、彼らをおいて他にいませんでした。

記号化された風景が「物語」へと変わる瞬間
「ビール工場」をロマンの装置へ
この曲を語る上で、やはり「右に見える競馬場、左はビール工場」というフレーズの魔力について、もう少し深く掘り下げなければなりません。今でこそ中央道を利用するドライバーにとっての「お約束」となっているこの景色ですが、ユーミン以前と以後では、その意味合いが全く異なります。
日常風景の再定義
- かつての風景: 単なる工業地帯とレジャー施設の点在。
- ユーミン以降: 都会を飛び立つための「プラットフォーム」。

私的な記憶とのシンクロ
大学時代を過ごした世田谷区、特に東松原周辺の落ち着いた街並みから、環七を経て甲州街道へ、そして中央道のゲートをくぐる瞬間。それは僕にとって、一種の儀式のような高揚感がありました。
歌詞の裏側に潜む、静かなる「別れ」の予感
完璧なドライブに忍び寄る「影」
この曲は一見、幸福なドライブの風景を描いているように聞こえます。しかし、歌詞を読み解くと、その背後に「終わり」や「冷ややかさ」が忍び込んでいることに気づかされます。
変化した二人の関係性
- 過去: 毎日ドライブした熱狂的な日々。
- 現在: 「送りもせずに」という、少し冷めた距離感。
多層的な感情の描き方
街の灯がまたたき出し、二人が「流星になったみたい」と歌われる絶頂感の影で、実はこのドライブが二人の関係性を繋ぎ止めるための、あるいは最後の確認のための時間であるようにも読めてしまいます。この「手放しの幸福ではない、少しの毒や寂しさ」があるからこそ、この曲は単なる流行歌を超え、大人の鑑賞に堪えうる文学性を獲得しているのです。

現代の「タイパ」主義では味わえない贅沢な空白
目的地を持たない「移動」の美学
今の時代、目的地へはいかに早く、効率的に着くかが重視されます。しかし、『中央フリーウェイ』が描いているのは、到着することではなく、「移動そのものを味わう」という、極めて贅沢で文化的な時間の使い方です。
言葉を超えたコミュニケーション
「愛してるって言ってもきこえない、風が強くて」
この一節には、言葉に頼らない関係性の美しさがあります。大切なことは、あえて言葉にする必要さえない。ただ同じ速度で、同じ景色の中を駆け抜けているという共有体験。忙しさに追われ、常に「次」の予定を考えていた時代、僕はこの曲を聴くたびに、そんな「空白の時間」が人生を豊かにしてくれることを思い出させてもらいました。
結びに代えて:僕たちの心にある「滑走路」
普遍的なドライブ・アンセムとして
『中央フリーウェイ』は、今もなお調布の空の下に実在しています。しかし、この曲を愛するファン一人ひとりの中には、それとは別の、目には見えない「自分だけのフリーウェイ」が流れているはずです。
この曲を選んだのは、僕自身の歩んできた道のすべての景色に、この爽快なグルーヴが寄り添ってくれていたからです。今夜、もし時間があるのなら、少しだけ車の窓を開けて、この曲を流してみてください。きっとフロントグラスの向こうに、かつてのあなたが見上げた、夜空へと続く滑走路が見えてくるはずです。


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