僕の勝手なBest15:【風/kaze】編-第9位『あいつ』をご紹介!


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🎸【風/kaze】編・第9位『あいつ』です。

第9位は『あいつ』です。

『あいつ』は、雪深い季節の情景と、三人の関係が静かに揺れ動く姿を描いた楽曲です。
友人である男性が山へ戻っていった出来事が、残された二人にどのような影響を及ぼしていくのか。その余波を、季節の移ろいとともに描いている点に大きな特徴があります。

歌詞そのものは直接状況を語りませんが、聴き手の間では「冬の山に戻った彼は、もう帰ってこないかもしれない」という読み方が広く共有されています。
また、残された女性に語りかける主人公の口ぶりからは、彼女に対する静かな好意がにじむ と解釈されることも多く、この曖昧で繊細な距離感が曲全体に深い層をつくり出しています。

超約

主人公の友人である男性が、雪の山へ戻ったまま行方が分からなくなり、周囲には重い気配が漂います。
残された女性は動揺しつつ日々を過ごしており、主人公は彼女を励ます立場にいながら、心の奥に静かな好意を抱えています。
季節が変わり春が近づくにつれ、三人の関係は徐々に過去へと収まっていきます。
物語は、“突然失われた存在”と向き合う難しさと、残された者が新しい日常に踏み出すための心の準備を描いています。

まずは公式動画をご覧ください。

✅ 公式動画クレジット
曲名: あいつ(2021 Remaster)
アーティスト: 風(Kaze)
レーベル: PANAM(NIPPON CROWN レーベル)
作詞・作曲: 伊勢正三
© PANAM / NIPPON CROWN CO., LTD.
YouTube 掲載情報: Official Audio(レーベル公式による正規アップロード)

📝 2行解説
1970年代の PANAM レーベル期の録音をもとに、オリジナル・マスターテープを使用して最新リマスター化した公式音源です。
風の柔らかなアコースティックサウンドと、伊勢正三の内省的な詞世界を味わえる貴重な2021年リマスター版です。

曲の基本情報

リリース/収録アルバム

『あいつ』は、1975年6月5日発売のデビューアルバム『風ファーストアルバム』 に収録された楽曲です。
伊勢正三と大久保一久による“風”の原点となる1枚で、フォークの質感を残しつつも、ドラマ性のある楽曲が並んでいます。

その中で『あいつ』は、雪景色や山の描写を通じて人物の心情を浮かび上がらせる、情景と心理が密接に結びついた曲として印象に残ります。
のちの代表曲にもつながる、伊勢正三のストーリーテリングの早い段階での到達点といってよいでしょう。

2021年には、PANAM レーベル期の音源をまとめたコンピレーション『伊勢正三の世界~PANAMレーベルの時代~』で最新リマスターが施され、オリジナル・マスターテープを使ったクリアな音像で聴けるようになりました。公式YouTubeチャンネルで公開されている「2021 Remaster」音源も、この流れの中で届けられているものです。

チャートと時代背景

1975年前後は、かぐや姫解散後の伊勢正三が新しい表現を模索し、フォークからニューミュージックへの橋渡しを担っていた時期です。
メッセージ性を前面に出すというより、個人の感情や風景を丁寧に描く“叙情フォーク”が力を持っていた時代でもありました。

『あいつ』はシングル曲ではないものの、アルバム全体を語る際には必ず名前が挙がる、陰影の深い物語曲として評価されています。
派手なサビや大きな盛り上がりがあるわけではありませんが、静かな語り口の中に積み重ねられた情感が、今も根強い支持を集めている理由と言えるでしょう。

曲のテーマと世界観

三人の関係の輪郭

物語の中心にいるのは、次の三人です。

  • 山へ戻っていった友人(男性)
  • 彼を想い続ける女性
  • その女性を支えながら見守る主人公

主人公の語りは、表面的には「友人の彼女を励ます」形をとっています。
しかし、彼女のことを「こんなかわいい人」と表現する言葉の選び方から、彼が彼女を大切に思っている気持ちが伝わってきます。

とはいえ、主人公はあくまで節度を保ち、友人を失った直後の彼女に踏み込みすぎないよう振る舞っています。
この「支えたい気持ち」と「踏み込めない距離」のせめぎ合いが、三人の関係に独特の緊張感を与えています。

雪の中で始まる物語

歌詞は、「雪の中、一人の男が山に帰っていった」という印象的な場面から始まります。
ここでは、友人が山へ向かう姿と、それを見送る側の視線だけが示されるだけで、その後に何が起こったのかは一切語られません。

続いて、彼が残した言葉に触れつつも、それが雪どけ水の音にかき消されてしまう描写が続きます。
はっきりしたメッセージではなく、断片だけが心に残っているという感覚は、「大事な言葉だったかもしれないのに、もう正確には思い出せない」という切なさを伴っています。

この時点では、まだ友人の安否は明示されていません。
ただ、もう簡単には会えないかもしれない――そんな不安だけが、雪景色の静けさとともに漂っています。
ここまでが、後半で語られる“帰らぬ人かもしれない”という解釈へつながる、物語の土台になっています。

歌詞の核心部分と解釈

“帰らぬ人” を暗示する描写

『あいつ』の歌詞は、直接的に「死」や「遭難」という言葉を使ってはいません。
それでも、多くのリスナーが友人を“帰らぬ人”と受け取るのは、いくつかの要素が重なっているからです。

ひとつは、雪の山へ一人で戻る という状況設定です。
厳しい自然環境をあえて選ぶような描写は、それだけで危うさを感じさせます。

さらに、彼が残した言葉が雪どけ水の音に消えていく場面。
ここでは、最後の会話がはっきりした形で残らず、「あのとき何を言おうとしていたのか」を誰も確認できないまま時間だけが過ぎていきます。

そして、主人公が

「あいつにすれば 精一杯の愛だったんだね」

と語ることで、彼の行動が「不器用な愛情の結果だった」と受け止められていることが示されます。
これらの描写をつなげて読んでいくと、友人は既にこの世にはいないのではないかという解釈が自然に立ち上がってきます。

ただし、歌詞はあえて結論を示していません。
だからこそ、聴き手は自分なりの経験や価値観を重ねながら、この出来事の重さを考えることになります。

主人公の心理:彼女を支えながら揺れる心

主人公は、友人の恋人だった女性に向かって「あんなやつのことは忘れちまえよ」と語りかけます。
この言葉には、

  • これ以上、彼女が悲しみに縛られないようにしたい
  • 自分自身も友人を失った現実に折り合いをつけたい

という二つの気持ちが入り混じっているように感じられます。

さらに、

「こんなかわいい人を残して 一人でゆくなんて」

という一節では、彼女の魅力を素直に認めながら、友人の選択を惜しむニュアンスが表れています。
歌詞ははっきりとは書きませんが、ここから主人公の静かな好意を読み取ることもできるでしょう。

とはいえ、主人公はその感情を表に出そうとはしません。
まずは彼女が日常を取り戻すことを優先し、自分の想いは胸の奥にしまい込む。
この抑えられた感情が、曲全体の空気を少し張りつめたものにしているのがわかります。

サウンド/歌唱の魅力

アレンジ:情景を運ぶ静かな音

『あいつ』のアレンジは、アコースティックギターを中心に、少数の楽器で構成されたシンプルなものです。
大きな盛り上がりや派手なブレイクを作るのではなく、全体を通して一定のテンポと音量で進んでいきます。

  • 雪景色の冷たさ
  • 去っていった人の気配の薄れ
  • 時間がゆっくりと進む感覚

そうしたイメージが、ギターのストロークと控えめなリズムによって支えられています。

特に、低域を抑えめにした音作りは、重苦しくなりすぎない範囲で緊張感を保っており、
歌詞の描く風景をそっと背後から押し出すような役割を果たしています。

伊勢正三の歌唱解釈

伊勢正三の声には、明るさと翳りが同居しています。
本曲ではそのバランスが非常に良く働いていて、感情をむやみに強調するのではなく、
「物語を淡々と語り進めていく語り手」として機能しています。

フレーズの終わりを大きく伸ばしたり、ビブラートでドラマチックに盛り上げたりする場面はほとんどありません。
その代わり、言葉の抑揚や息の量を細かくコントロールすることで、主人公の迷いと、彼女を思う気持ちをじわじわと伝えていきます。

こうした歌い方のおかげで、聴き手は「この曲のどこに自分の体験を重ねるか」を自然に選び取ることができるようになっています。

Best9に選んだ理由

失われた存在と、残された者の物語

風には別れや季節をテーマにした曲が数多くありますが、『あいつ』はその中でも「描きすぎないことで物語を深くする」 タイプの楽曲です。

  • 友人の行方を明確に書かない
  • 主人公の好意をあくまで行間にとどめる
  • 彼女がこの先どんな選択をするのかも語らない

それでも、三人の関係の輪郭ははっきりと浮かび上がり、聴き終えたあとに人物像がいつまでも頭に残ります。この“情報を絞った描き方”こそが、『あいつ』の大きな魅力です。

読み返したくなるワンポイント

曲の終盤で主人公が語る

「春が来たら 去年と同じように また山でむかえよう」

という言葉は、とても象徴的です。
文字どおりに受け取れば、「来年も山で再会しよう」という約束のようにも読めます。
しかし、ここまでの流れを踏まえると、

  • もう彼は戻らないかもしれない
  • それでも、自分たちは彼の歌を覚えて山へ向かう

という、祈りにも近い決意のようにも感じられます。

この一節があることで、『あいつ』は単なる失恋の歌ではなく、喪失から再び歩き出すための物語として完成します。

こうした点を踏まえ、私は『あいつ』を Best9 に選びました。
風の初期作品の中でも、物語性の豊かさと人間描写の深さが際立つ一曲だと思います。

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