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松山千春】編- 第12位『この道より道廻り道』-静かな名曲”の存在感
第12位『この道より道廻り道』──遠回りに意味があると教えてくれる一曲
知名度では語れない価値
第12位は『この道より道廻り道』です。「恋」や「長い夜」といった有名なバラードに比べると、派手さはありません。でもこの曲には、“人間としての松山千春”がリアルに刻まれていると感じています。
このランキングの12位という順位は、“わかる人には深く刺さる”という意味合いも込めています。たとえばこういう一節──
できれば強い男になって
この道真っすぐ歩きたいと
誰にでも、そう願った時期があったはず。でも、理想通りにはいかない。それでも、“それでいい”と思わせてくれるのがこの曲の魅力です。
🎥まずはいつものように、Youtubeの公式動画をご覧ください。
🎬 公式動画クレジット 提供元:ポニーキャニオン)|松山千春 – トピック タイトル:『この道より道廻り道』 ※YouTubeに公式配信された音源(アルバム『君のために作った歌』収録曲) 📖 2行解説 松山千春デビュー当時の等身大の思いを、まっすぐに描いた初期の名曲。 遠回りの人生を静かに受け入れるその姿勢に、多くのリスナーが励まされる。
デビューアルバムに潜んだ珠玉の一曲
『この道より道廻り道』は、1977年6月25日に発売された松山千春のデビューアルバム『君のために作った歌』に収録されています。アナログ盤ではSide Bの2曲目に位置しており、編曲は青木望さんが担当。
デビューしたばかりの若き松山千春が、こんなにも深みのある楽曲をすでに発表していたことに驚かされます。タイトルだけでは印象が薄いかもしれませんが、聴くたびに沁みてくるようなタイプの名曲。不器用だけどまっすぐな“初期千春”の魂が詰まっている一曲です。僕はこの曲と約50年のお付き合いです。
“本音”と“誓い”が滲み出す冒頭の歌詞
現実と願望のあいだで揺れる想い
できれば強い男になって この道真っすぐ歩きたいと・・・
続くのはこのライン:
心で硬く誓ったはずの
この道より道まわり道
決意したはずなのに、気づけば回り道。でも、この曲は「それを否定しない」ことに意味を置いているのです。間違ったとは言わない。そういう人生もあるよな、という柔らかな受容がここにあります。

ギターと声だけで成立する世界
「シンプル」の中に詰まった豊かさ
アレンジは非常にシンプルで、ギターとボーカルのみで成り立っている構成です。余計な装飾がないぶん、言葉のひとつひとつが自然に耳に入ってくるようになっています。

派手な盛り上がりもないし、ドラマチックな展開もありません。でも、だからこそリアルに響くんです。夜中に誰かがふとこぼした本音のような、そんな存在感を持っています。
「悔むまい」の反復が持つ説得力
自分を鼓舞するような言葉の使い方
この曲の中で繰り返される「悔むまい」というフレーズが、非常に印象的です。
「悔むまい」という言葉が何度も繰り返されることで、この歌は一種の“自己暗示”のような力を帯びてきます。最初は誰かに語りかけているように聞こえても、最終的には自分自身を奮い立たせる言葉として響いてきます。

後半に滲む「いさぎよさ」と「諦めのない諦め方」
後半に入ると、歌詞のトーンは一段と深まり、「やり直せたら…」という仮定の中で自分自身を見つめ直すような言葉が綴られます。
そのフレーズの中には、「できれば」「〜のつもりでも」といった微妙な言い回しが重なり、未練やためらい、迷いといった“人間らしさ”がにじんでいます。完全に吹っ切れているわけでも、後悔に浸っているわけでもない。
自分の過去を「しょうがない」と投げ出すのではなく、「まあ、これが自分の人生だよな」と、少しだけ前向きに、でも静かに受け入れているような印象を受けます。

一行で広がる情景の強さ
「流す涙に 夕日が赤い」が持つ映像力
この曲のなかでも、特に印象に残るのが、夕日の情景を描いた一節です。
涙を流しているとき、ふと目に映る夕焼け。
それだけの描写なのに、情景が驚くほどはっきりと浮かんできます。

たとえば、泣いている自分の視界に、赤く染まった空がぼんやりと映っている──
そんな一瞬が、まるでスローモーションのワンカットのように、静かに映し出されます。
悲しみに浸らせるわけでも、無理に元気づけようとするわけでもない。
言葉は淡々としているのに、不思議と気持ちに染み込んでくるような力があります。
だからこそ、聴く人の心が動くのだと思います。過剰な演出がないぶん、自分の記憶や感情と自然につながっていく。そんな印象を残してくれる描写です。
終盤の語調変化が示す「自己激励」の力
「生きろ」ではなく「生きてやれ」🔹 終盤に訪れる静かな高まり
曲が終盤に近づくにつれて、歌詞の語り口が少しずつ変化していきます。
それまでの抑えた語りかけから、ほんのわずかに声のトーンが上がっていくような感覚です。
このタイミングで出てくるのが、「生きてやれ」という言葉。「生きろ」と言い切るよりも、どこか強がりのような響きがあって、ただの命令ではない、複雑なニュアンスを感じさせます。
まるで誰かに語りかけているようでいて、実は自分自身に向けた言葉のようにも受け取れるのです。

このあたりからメロディもわずかに持ち上がり、歌声にもしだいに熱が帯びてきます。
全体としては静かな構成を保ったままですが、内側からこみ上げてくるような感情の高まりが、自然と伝わってくるのです。
ラスト一行が描く「時間の流れ」とその重み
解決しない🔹 答えは出なくても、朝はやってくる
ラストに登場するのが、あの静かな一行です。
泣いているうちに、気づけば空が明るくなっている──
何かが解決したわけではなく、気持ちに区切りがついたわけでもない。けれど、朝は変わらずやってくるんです。

この描写の魅力は、「朝=希望」や「再出発」といった意味づけをあえて避けているところ。
特別な演出はないのに、自然と“次の一日”を受け入れる気持ちにさせてくれるんですよね。
だから、聴き終えたあとにこんなふうに思える。
「よし、じゃあ今日もなんとかやってみようか」
感動的でも劇的でもない。でも、じわっと残る感覚が確かにある。
それがこの曲の、静かな強さなんだと思います。
“初期千春”の精神が息づく一曲
若き日の松山千春が描いた「不完全な大人像」
この曲が書かれたのは1977年。松山千春はまだ21歳という若さでした。当時の音楽業界では、恋愛や青春を題材にした歌が主流。そんななかで、「人生の回り道」や「自己対話」をテーマにしたこの楽曲は、かなり異色の存在だったと言えます。
それでいて、内容は妙に大人びている。青さや勢いではなく、「世の中そんなに甘くない」という達観した視点があるんです。このギャップが、この曲の大きな魅力のひとつでもあります。

編曲家・青木望の静かな名仕事
最小限の音で最大限の情感を引き出す
この曲の編曲を手がけたのは、作・編曲家の青木望さん。松山千春の初期作品に数多く携わった職人で、クラシカルな要素を得意とする“静の美学”を持つ人物です。
本作でも、ギターとボーカルを中心にしながら、余計な装飾を一切施さず、言葉の余白を引き立てる構成になっています。「語るための音」があるとすれば、それがまさにこの曲のアレンジです。
他の代表曲との比較──“遠回り”というテーマの違い
『旅立ち』との対比で見えてくるもの
同じデビューアルバムには、希望に満ちた『旅立ち』という楽曲も収録されています。そちらは、“明日に向かって走っていく”ような直線的なエネルギーを持っています。
それに対して『この道より道廻り道』は、もっと内向きで、「自分の背中をそっと押す」ような静かな前進。どちらも前向きな曲には違いないのですが、その温度と角度はまったく異なります。
静かな夜にそっと聴きたくなる曲
派手さがないからこそ、寄りかかれる一曲
この曲をおすすめしたいのは、たとえば「なんだかうまくいかない日」の夜。焦りや疲れが残って眠れない──そんなとき、スマホを閉じて、部屋を少し暗くして、この曲をそっと流してみてほしいのです。

ギターの音、松山千春の声、そして「悔むまい」という反復。ドラマチックな展開はないけれど、代わりに”寄りかかれる静けさ”があります。
音楽って、なにも励ますためだけにあるわけじゃないんだな……と、ふと気づかせてくれる曲です。
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