第10位は、【この新しい朝に】です。
いよいよベスト10です。
ごく最近2021年発売の、浜田省吾の初のデジタルシングルからの一曲『この新しい朝に』が第10位です。
1980年前後の若いころと違い、目線がより大人からのものになっています。リズミカルなメロディーと、厳選された短い単語の並びが好きです。
超約
まだ先の景色は見えなくても、確かに未来へつながる道を歩いている。
心細さも抱えたまま、好きなものと大切な人を支えに立ち上がる。
青く強く澄んだ空が、今日からの自分を励ましてくれる歌。
まずは公式動画をご覧ください。
クレジット
🎬 公式クレジット
『この新しい朝に』(Music Video)
浜田省吾 Official YouTube Channel
📝 2行解説
2021年発表、コロナ禍の世界で希望と再出発を歌った1曲。
夜明けを象徴する映像とともに、“今日から変われる”という祈りが響きます。
リリースと作品の位置づけ
『この新しい朝に』は、2021年3月に先行配信で発表された楽曲です。浜田省吾にとって初のデジタル先行シングルという形で世に送り出され、のちにCD版が発売されました。カップリングには「青春の絆」「壁にむかって」の2021年バージョンが収録され、配信版とは異なるニューミックスも話題となりました。長く続くキャリアの中にあって、変化を恐れず発信の形をアップデートした象徴的なシングルです。

「長い坂」のむこうを信じる物語
肌で感じられる街の体温
冒頭の主人公は「目深にフードをかぶって走ってる 誰もいない通りを」という描写から始まります。冷たい空気を吸い込みながらもどこか春の気配がにじむ日常のありふれた朝の風景です。そこに差し込む一筋の光として「ビルの地平を染める 新しい太陽」という描写が置かれます。大げさなドラマではなく生活者の視点に立った“今日”が歌われているのが、この曲の最大の魅力だと感じます。
「空は高く 青く深く 強く凛と輝いてる」
サビで掲げられるこの景色はとてもシンプルですが、そのシンプルさが強い説得力を持っています。「長い坂道の上に広がる空は高く 青く深く 強く凛と輝いてる」。今はまだ見えない未来だけど見上げれば確かな指標がある。希望が地に足をつけた形で描かれることで聴き手は自分の体温で受け止められます。

「弱くない」を支える言葉
抽象論ではなく“生活”
この曲が優れているのは希望を歌いながらも精神論に走らないところです。「でも人は弱くない そう君も弱くない ただ少し疲れてるだけ」。弱さを否定せず休めば回復する“疲労”として扱う語り口が聴く人を救います。励ましでも命令でもなく、隣を歩いてくれる歌なのです。
“誰か”を思い浮かべて立ち上がる
「愛する人の寝顔にそっとキスして 君は立ち上がる 好きな歌口ずさみ」。決意は突然空から降っては来ません。日々の小さな動作の積み重ねが人を前へ押し出す力になるという視点が、この曲の核にあります。それは派手なヒーロー像ではなく私たちが生きている現実のルールです。

2021年の世界と、この歌の距離感
『この新しい朝に』が発表された2021年。街は急に静かになり、日常が少しずつ回復していく時期でした。歌は特定の出来事の名称を挙げませんが「孤独な心」「途切れた未来図」といった言葉が少なからず社会の空気を思い起こさせます。それでも作品は悲しみに閉じるのではなく「ささやかな祈りの言葉」を胸に前へ進もうとする姿だけを切り取ります。特別な誰かではなく、いまを生きる一人ひとりの物語として響いてくる楽曲です。
単独曲としての“現在位置”
『この新しい朝に』は、既存アルバムに属さない形で発表された作品です。過去の楽曲世界を拡張するのではなく、いま、ここから始まる時間に寄り添うために生まれた──そんな鮮度の高さを感じます。配信リリースという選択自体が、変化を受け止め、適応しながら進むというメッセージと呼応します。

また、カップリングされた過去曲のアップデート版には、表現の現在地を確認しながら前へ進む意志が感じられます。新旧を繋ぎながら、それでも“今日”を主語にして立っている。長いキャリアの中で、浜田省吾が「続けている理由」の答えがここにあるように思えるのです。
“坂・空・祈り”という三点構成
①坂 ── 見えない未来
長い坂は、努力や困難の象徴として多くの表現で用いられますが、この曲の坂は「その上に広がる空」を見上げられる場所として描かれています。「見通せない現実」と「信じられる光」が綱引きする、その狭間に立つ私たち自身の姿です。
「登りきった先に何があるのか」ではなく「その先を信じて今日登ること」。浜田省吾の物語は、結果ではなく過程に寄り添います。
②空 ── 指標としての希望
繰り返し歌われる「空」の描写は、決して物語を決着させません。ただ「青く深く 強く凛と輝く」事実として存在し、主人公はそれを根拠に進む。確信ではなく、信頼。大声で叫ぶ希望ではなく、静かに支える希望。負けそうになった時、ふと顔を上げたときの視界にいてくれる指標です。

③祈り ── 小さな始まり
祈りは巨大な力ではありません。生活の中に潜む、息を整える時間です。「強い意志」と「祈り」が両輪になっているからこそ、主人公の歩みは地に足がついています。
ライブでの響き方とリスナー体験
この曲は、ライブで聴くと印象が大きく変わるタイプです。音像が派手でない分、会場にいる一人ひとりの呼吸や鼓動が曲の一部になっていくからです。観客もまた、自分自身の「長い坂」を背負って来ています。その人たちが、歌の中で同じ空を見上げる。
観客席の誰かが今日を始める力を、もしかするとすぐ隣の誰かの存在が支えている。そんな連帯感を静かに生む曲だと感じます。
また、終盤にかけて主人公の視点が外へ開き、光を確かに感じ取る方向へと進む展開は、会場全体が同じ一点へ向かう瞬間を生みます。日常から持ち寄った弱さを肯定し、そのまま持ち帰っていいと促してくれるような時間です。
最小限引用で読み解くクライマックス
曲の締め括りでは、言葉の反復が印象的に使われています。
「大丈夫って 大丈夫って 大丈夫だからって」
この反復は力強い宣言というよりも、どこか震えを伴う自分への言い聞かせに近いものです。だからこそ、聴き手の胸に素直に届きます。人は完璧ではなく、揺れながら前に進む存在であること。強がりではなく、弱さを伴った前進こそ尊いのだと、歌は教えてくれます。

ここで終わるのではなく、音も言葉も少しだけ余裕を残して未来へ向けて開いたまま曲が閉じる。その“未完のかたち”は、まさに今日という1日の始まりを象徴しています。
私がこの曲を第10位に選んだ理由
ランキングにはいつも迷いがありますが、この曲を10位に置いたのは、次のような意味があります。
ひとつは、浜田省吾というアーティストが、長いキャリアの終盤に差しかかってもなお、未来に向かって作品を届け続ける姿勢を象徴する曲であること。
もうひとつは、この曲には「明日でも昨日でもなく“今日”を始める力」があること。日常の中で何度も繰り返される小さな葛藤や、背筋を伸ばしたくなるような瞬間──そんな“いま、この一瞬”を肯定してくれる音楽だからです。

特別なドラマではなく、目の前にある生活と結びついた歌。大人になり、様々な思いを背負った人にこそ、深く響くメッセージがあります。「人生の歩き方」を提示するのではなく、「歩こうとするあなたを信じる」と静かに語りかけてくれる歌です。
結びとして:今日を始める誰かへ
『この新しい朝に』は、あなた自身の物語に寄り添う歌です。仕事へ向かう朝、眠る家族を見送る時間、誰にも気づかれない努力を積み重ねる日々。そのすべてが未来へ繋がる「長い坂」の途中です。
今日が上手くいかないかもしれない。けれど、見上げれば空は、あなたを見失わない。高く、青く、強く、凛として、そこにあります。

弱っている時こそ、そっとポケットに忍ばせておきたい1曲です。
※歌詞の一部引用:浜田省吾『この新しい朝に』(2021)
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